<ティフェレト編>14.救出
14.救出
エスティはケリーを連れ、レンは羽が入った箱を持って荷馬車倉庫まで来ていた。
ケリーを馬車に乗せた後、エスティはケリーが囚われていた場所に戻り、先ほどバッグから取り出した鳥型の魔物の死骸の周りに火を付けて燃やした。
火の手はあっという間に燃え広がる。
荷馬車倉庫は少し離れているため、火の粉が飛んで燃え移る心配は無かった。
エスティたちは逃げる準備は整った。
後はスノウが先ほどのローマンを倒していれば晴れてケリー救出作戦は成功となる。
しばらく待機していたがスノウの戦いが気になってしまいエスティ、ケリー、レンはスノウが戦っている場所まで出向いた。
そこで驚きの光景を目にする。
『!』
スノウが膝をついて苦戦していたのだ。
ところどころ火傷をしたように焦げている箇所があった。
「スノウ!」
「どう言う事?!」
「あれを見て下さいっす!
エスティとケリーはレンが指差す方向をみて驚く。
「なんなのあの魔物‥‥」
「魔物じゃないっすねあの風貌は‥‥。きっとあれはお伽話とかにしか出てこないと思っていた堕天使ってやつっすよ‥‥」
「堕天使?!本当にいたって言うの‥‥‥」
「オイラも本でしか読んだ事ないっすが、元々は天使だったって話っすからいくら地獄に落ちたからと言ってもアークデーモンとかそういうレベルじゃないっすよ。おそらくもっと階級が上のやつに違いないっす‥‥」
状況を飲み込めないエスティだったが、スノウが苦戦している事実を目の当たりにし、レンの言っている事が真実なのだと実感した。
「どうすればいいの?!」
「そうっすね。これも本で読んだ情報っすから効くかどうか分からないっすけど、神聖魔法か神聖武技なら効くはずっす!」
「神聖魔法‥‥そんなの知らない‥‥それに知っていても私には使えない。スノウは見た魔法はコピーできる天技を持っているけど、この場で誰も使えなければ意味がない。スノウは神聖魔法なんて見た事ないもの‥‥」
「神聖武技でもいいんすよアネゴ。ほら、こう、なんていうんすかね、聖なるナントカとか、そういう技持ってないんすか?」
「!」
「ちょっと試してみる!バイタリア、アジリアル‥‥」
エスティは肉体強化魔法を唱えると剣を抜き堕天使ローマンに向かってジャンプする。
ローマンは2回目の爆裂3属性同時12斬撃を繰り出すべく魔法詠唱している最中だった。
スノウとの戦闘に集中しており、トドメを刺せる瞬間とあって甘美に酔いしれておりエスティが詰め寄ってくるのに気づくのが遅れた。
「ロワール流奥義、聖魔斬!」
背後から忍び寄りエントワ直伝の聖なる斬撃を堕天使ローマンにあびせる。
ザバババン!!
ローマンの右腕2本が切り落とされる。
ザババババン!!
エスティは前宙し、その回転の勢いで続け様に聖魔斬で左腕2本も切り落とす。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
両腕を失ったローマンは一瞬何が起こったのか分からない様子だったが、エスティの存在を確認しニヤリといやらしい表情に変わった。
「フハハ!食材が増えた!最高だぜ今日は!」
堕天使ローマンは腕を回復すべく力み始める。
「不意をついて致命傷を負わせたと思っているんだろうが残念だったなぁ!人間技如きが俺を真の意味で切り刻むことなんざ出来ねぇんだよ!さぁ見てな!」
だがいっこうに腕が生えるとか、切られた腕が元通りくっつくなど回復する兆しは見えない。
次第にローマンの顔色が赤く変わっていく。
「ま、まさか!お、前‥‥神聖属性攻撃を使った‥のか?!」
「ええそうよ!」
「そうかその手があったか!エスティ最高だよお前!」
「何よ!そんな大声でそんな事言わないでよ!あなた馬鹿すぎるわよ!」
顔を急激に赤らめてモジモジしながら隣にいるレンの肩を叩く。
急に叩かれたレンは吹っ飛ばされたが、肩が外れていた。
「聖ダンディズム!」
スノウは見様見真似でエントワの奥義を繰り出す。
驚きを隠せない堕天使ローマンは初動が遅れ、スノウの一撃を食らってしまう。
見事なまでの縦一刀両断だった。
「ぐえぇぇぇ!!」
再生できない状態で力なく倒れるローマン。
「この俺様が人間如きに負けるとはな。スノウ‥‥とか言ったな。お前の名前と顔は覚えたぜぇ。俺は必ずお前を殺す。いいな、必ずだ‥‥」
堕天使ローマンの体からは黒い煙が立ち込めている。
まるで気化するように煙を噴き出している。
と同時にどんどん燃え尽きる木炭のようにその存在が消えていく。
「だが、なぜだ‥‥なぜこんな‥‥事になった‥‥!!!そ、そうか‥‥そういう事だったか‥‥クソ‥‥忌々しい奴だ‥‥あの方が貴様を殺す‥‥か‥な‥ら‥」
シュウゥゥゥ‥‥
そう言い終えたあたりで完全に存在が消えた。
スノウはその場に膝をついて項垂れた。
「スノウ!」
ケリーとエスティがすかさずスノウの元に詰め寄る。
ケリーが急いで回復魔法を唱えた。
その効果は強力でみるみる内に傷が癒えていく。
(何この子やるわね‥‥)
スノウはその場に座り込んで疲れた表情を浮かべる。
「少し休ませてくれ‥‥」
早く逃げなければならないが、堕天使ローマンの最後の攻撃がよほど効いたのか疲労を隠せないようだ。
次の瞬間。
「火事だー!火事だー!!誰か消火隊を呼んでくれー!!」
近隣住民が火事に気付いたのか、大声で火事を知らせる叫びが聞こえる。
このままでは見つかってしまい、あらぬ容疑をかけられる可能性があるため疲れている体に鞭打ってレネトーズ邸を後にする。
丁度撤収した直後にコグランが突然現れ姿を見せる。
「火事‥‥まさか!」
というと先ほどと同様に消え去り、荷馬車倉庫に姿を現したコグランは荷馬車の中身を確認し、ハーピーの羽が積み込み済みであるのを見て安堵する。
しかし、火事の場所とこの荷馬車の中にハルピュイアがいないのを見て、ハルピュイアが最悪焼け死んだと推測した。
だが、すぐ異変に気づく。
「うむ。ローマンはどこに行ったのでしょうか。それに使用人たちがいませんね」
コグランは当たりを見回し、匂いを嗅ぐような仕草をしながらあるところで立ち止まる。
そしてしゃがみ、地面から何かをつまみ上げて味を確かめるように舐めた。
「そういう事でしたか」
そこは堕天使ローマンが焼失した場所だった。
「全く。仕事を増やしてくれますね。有能な者はいないのでしょうか。なんでしょう、腹が立ちますね」
ガタン!
門の外で音がした。
その直後に門が開き出す。
そして馬車が入って来た。
レネトーズ卿がパーティーに出席するために乗って行った馬車だった。
馬車のドアが勢いよく開き、中からレネトーズ卿が出てきた。
どうやらパーティー会場で、自分の邸宅から火の手が上がっているのが見えたらしく自分だけ途中退席して急ぎ戻ってきたようだ。
「コォグラン!!」
「は!おかえりなさいませ」
「おかえりじゃないだろう?!燃えている!燃えているぞ!あそこにはスメラギ様に献上する羽があったのに!!地下は燃えているのか?羽は大丈夫か?!」
「ご心配には及びません。羽は無事に荷馬車に積み込まれており延焼も受けない位置にございますから問題ありません」
それを効いたレネトーズ卿は尻餅をつくように座り込む。
「そうか‥‥助かった‥‥」
「ただ、ハルピュイアはおそらく逃げ切れずあの中で焼け死んでいるものと思われます」
「ああ、あれはもういい。羽さえ無事ならな!だがコグラン!なぜ火事になった?!お前は何をしていたのだ?」
「申し訳ございません。御者が殺されたとの連絡があり調べに行っていたのです。おそらく僕をこのお屋敷から遠ざけるためかも知れません」
「どういう事だ?!」
「この火事を見ればお分かりでしょう?どこかで旦那様がスメラギ様と進めている計画を聞きつけた者が火事を装ってスメラギ様にお渡しする例のブツを焼失させ、旦那様を失墜させるのが目的だと思われます」
「なにぃぃ!!必ず探し出せ!わしに逆らうものは皆殺しだ!必ず殺せ!」
「承知しました」
「しかしローマンはどうした?あれほどの手練れがみすみす賊の侵入を許すなど考えられん!」
「ローマンは死にました」
「なんと!?」
「おっしゃる通り、ローマンを殺せる者などこの街にはおりません。おそらくは新たにこの街にやって来た者か、旦那様を失墜させようとしている者がどこかで拾った傭兵か、いずれにしても相当な戦闘力を持った者でしょう」
「わしが知るところではスノウくらいだな」
「スノウ?」
「あぁ、メルセン樹林で拾った冒険者でここまで護衛させたのだが、めっぽう強くてな。ある意味わしがここに戻れたのもあやつがいたからなのだよ。まぁわしに媚を売っている程度の男だからあいつがこれを企んだとは思えんがな」
「念の為調べておきましょう。さて、旦那様、この火事の整理は僕に任せてスメラギ様のところへ例のブツをお届けにあがってはいかがでしょうか?そろそろ約束のお時間かと」
「おお!そうだな!役に立つ男だ貴様は!ハッハッハァ!」
レネトーズ卿は乗って来た豪華な馬車に再び乗り込み、荷馬車とともにスメラギが住む領主邸に向かった。
「フン。せいぜい踊って下さい。そして僕たちの盟約成就のために尊い犠牲になって下さいね。旦那様。カカカ」
コグランは不気味な笑みを浮かべていた次の瞬間真顔に戻り火事の方に目をやる。
「消えなさい」
そういうとコグランは右手の人差し指をレ点を描くように動かした。
すると激しく燃え盛っていた家屋が一瞬にして消火された。
「さて。スノウとか言っていましたね。会ってみたいものです」
・・・・・
・・・
―――宿屋―――
無事にケリーを救出し、ホッとするスノウたち。
「今回はレンのお手柄ね!」
「いやぁそれほどでもあるっすよ!へへへ。ってか助けられた本人はそんな事どうでもいいみたいっすけどね」
ケリーはスノウにひっついている。
スノウの体力も戻っていた。
そして、ケリーにも回復魔法がかけられた。
ケリーの腕に生えている翼はムシられた見るも無惨な状態であったが、これまで回復魔法をかけなかったのはレネトーズ卿やコグランたちに感づかれないためであった。
だが、死んだ事になった今元の姿に戻すべく回復魔法をかけたのだ。
羽がみるみる内に戻っていく。
「うわぁ!綺麗っすね!」
「悔しいけど、これ以上ないってほどの鮮やかでありながら透き通った感じの綺麗な碧だわ」
エスティの表現の通り、碧い羽に覆われた美しい翼が蘇った。
「どう?スノウ?綺麗?」
「ああ、とっても綺麗だよ」
嬉しくなったのかケリーはスノウに抱きつく。
と同時に突き刺さるようなオーラがエスティから発せられ、レンは泡を吹く寸前になっている。
「それで!このあと!どうするのよ!」
エスティは床を蹴りながら質問する。
「確かめなければならない事があるんだ」
「え?何?」
「おれたちがカフェにいた時、丸いボールのようなものが飛んできてレンのピンチを知らせるアイテムがあったからレンやケリーを救う事ができたんだよな?」
「ええ」
「おかしくないか?レンはコグランの言霊によって動けない状態だった。にも関わらずローマンとの会話を記憶したアイテムが飛んできたんだぜ?」
「確かに‥‥」
「そして、おれたちが逃げる直前に聞いた、火事だーっていう声」
「それは消防隊を呼ぶために近所の人が叫んでくれたんじゃないの?」
「確かにその線が濃厚だ。でもおれは、あれはおれたちに早くその場を立ち去れっていう合図で何者かが叫んだと思ってる」
「どう言う事?」
「もしあのタイミングでコグランが戻ってきた場合、おれたちがケリーを救って無事に宿屋に戻ってくるのは相当難しかったはずだ」
「コグランがどれほどの強さか分からないじゃない」
「ローマンは自分が堕天使だと言った。そしてレネトーズ卿ではなく、コグランを主人と言った。つまり、コグランはローマンが堕天使であることは当然知っていたはずだ。だとすれば、コグランもまた堕天使の可能性が高い。いや、居るかどうかわからないが、もしかすると魔王みたいな存在なんじゃないかって思うんだ。言霊を使いこなせる程の存在だしな」
「確かに‥‥」
「と言うことは、ローマンはたまたま倒せたが、それを従えるコグランはローマンより強いはずだし、聖ダンディズムが効くのかも分からない状況で、コグランと対峙していた場合最悪全滅していた可能性があるってことだよ」
「‥‥‥‥」
エスティは無言になった。
容易に状況を想像できたからだ。
「つまり、敵か味方は知らないが、誰かがおれたちの手助けをしていてレンのピンチを教えたり、全滅しないようにわざと逃げるように火事だと叫んだって思えてならないんだ。そしてそれはメルセボーであった碧い目をしたキタラ聖教徒だとおれは思っている」
「辻褄が合うような気がするけど、でもなんでそんなことを?」
「分からない。だから聞きに行こうかと思ってる」
「キタラ聖教会に出向くってことっすね。だったらオイラ案内できるっすよ。なんつっても炊き出しとか施しをうけてましたっすから!」
「よし、それじゃぁ明日キタラ聖教会本部に乗り込む」
「ケリーは?」
「ケリーも一緒だよ。このローブを着れば翼が隠せるからね」
スノウは袋から綺麗な青いローブを袋から取り出しケリーに手渡した。
すっぽりとかぶるタイプのポンチョのようなローブで翼がしっかり隠せる形をしていた。
それでいて自然な感じである。
「ケリーの翼の色と一緒!」
「そうだね。ケリーを想って選んだらこの色になったよ」
「嬉しい」
エスティの不機嫌オーラによりレンは気を失った。
12/11修正




