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<ティフェレト編>12.潜入

12.潜入



 レンは音変化すると人が変わったように堂々と振る舞える性格だった。

 これは幼い頃から貧しい生活を強いられてきた中で身につけた音変化を使った処世術なのだろう。

 変幻する事で自分の存在は消え、周りも自分とは気づかない。

 音変化とはレンにとって変幻した相手になり切る事で自分の存在が気づかれないというセーフティーゾーンでもあった。

 そして成り切ればなり切るほど、自分では出来ない事ができた。

 そんな生活の中で、他人になりきっている間は自信に満ち溢れ度胸の据わった性格になるのだった。

 だが、音変化を持続させるアイテムのバレンを持ってしても30分の変化時間だ。

 レンは頻繁に御者の部下に触れなければならず、レネトーズ邸の直ぐ近くに気絶した御者の部下の入った木箱をさりげなく置き、30分以内に音変化しなおす事が必要だった。

 御者の部下はもちろん縛り上げ猿ぐつわもしているため、騒がれる事はないだろう。

 万が一何かあれば、レネトーズ邸から直ぐ近くのカフェで控えているスノウとエスティに連絡を取る手筈も整えている。


 「コボル、旦那様はフルーツを御所望だ。いつものをいつもの店で直ぐに買ってこい」

 「コボル、旦那様が狩りに行かれる。銃の手入れをいつも通りやっておけ。銃弾も買っておけ」

 「コボル、旦那様の御子息をお昼過ぎに迎えに行け」

 「コボル、奥様が買い物に行かれたいとのこと。付き添って差し上げろ」

 「コボル、昼食の食材を全て直ぐに用意しろ」」

 「コボル、・・・」

 「コボル、・・・」


 レンが音変化した御者の部下はコボルという名前らしい。

 そして、人生でこれほど休む暇なく働いた事がないというほどこき使われていた。

 だいたい読めてはいたが、御者はレネトーズ卿に対しパーフェクトイエスマンだった。

 レネトーズ卿の信頼を勝ち取っているというより、言った通りに素早く動く便利さだけでレネトーズ卿に遣われている存在だった。

 そのため、頭を使う指示というよりとにかく体力勝負な雑用がほとんどで、御者自身はほぼ何もせず部下に指示して実行させ、うまくいけば自分の手柄とし、ミスがあれば部下のせいにしてクビにするといういわゆるハラスメント上司だった。

 レンはコボル本人を羨ましく思った。

 なぜなら今彼は縛られ猿ぐつわされ箱に閉じ込められてはいるものの、この地獄のような雑用力仕事から解放されている分、今の自分より数段マシだと感じていたからだ。

 1日経ち、レンはクタクタを通り越してボロボロになっていた。

 翌日も同様に過酷な肉体労働が続く。

 レネトーズ夫人は毎日のように買い物に出かけている。

 どうやら物欲にどっぷりとまみれているらしい。

 夫人を買い物に連れていくのは流石に変幻時間を超えてしまうため、別の部下にお願いした。

 夫人のわがままは度を越しておりさらに性格も最悪で、移動中も何かと蔑むような言葉を浴びせ人格否定するような人物であったため、肉体的疲れはないものの精神的苦痛から皆嫌がる仕事だった。

 だが、召使いの中で一番若い青年が代わってくれた。


 「コボルさん、最近お疲れ気味ですし、僕はまだ一番下っ端ですから遠慮なくこき使ってください!」


 なんという好青年だろうか。

 レンは思わず泣きそうになるが、グッと堪えてコボルに成り切り軽く礼を言って代わってもらった。

 自分は大量の買い出しをしていたが、帰宅後、専属コックが料理を行なっている間に昼食の支度をしていると御者がすかさずコボル(レン)の前にやってくる。


 (はぁ‥‥また命令っすかね‥‥このおっさん自分は何もしないってなんなんすか‥‥)


 うんざりする顔は見せない。コボルに成り切っているレンはプロに徹している。


 「コボル、予定通り今夜、旦那様と奥様がパーティーに出席される。それまでに馬車を綺麗に磨いておけ」


 レンは顔で微笑み心で落胆する。


 「あ、それとパーティーから帰られたら例の羽と羽女をスメラギ様に引き渡す事になっている。旦那様が帰られる前に荷馬車に積み込んでおけ。羽女は暴れたら困るから必ず鎮静剤を打っておけよ?少し多めに打っておけ。弛緩して涎垂らす程度がちょうどいい」


 「はい、かしこまりました」


 (きた!)


 レンはたかだか1日半にも関わらずもはや一年近く働いたかのような感覚だったが、晴れてこの地獄から解放されるという思いで嬉しくなる。

 御者からケリーとハーピーの羽が保管されている場所を聞いた。

 その後隙をみてレネトーズ邸から抜け出しスノウとエスティが待機しているカフェの方に向かった。

 御者から聞いたケリーと羽の場所情報を手のひらサイズの弓のようなものに音として吹き込み、手のひらに隠した状態でさりげなく近づきバレないようにそっとスノウに手渡す。

 音変化し直す事も忘れない。

 作戦はレネトーズ邸のケリーが捕らえられている場所に火をかけるというものだ。

 つまりケリーを死んだ事にする。

 一方、再度ハーピーの村が襲われないよう羽は荷馬車に移すことに成功し火事から免れた事にする。

 決行は、レネトーズ卿がパーティーに出かけている間だった。

 日が暮れ、作戦決行の時間が近づく。

 レネトーズ卿は夫人と共にパーティーに出かける準備をしていた。

 御者とその部下たちは忙しくしている。

 要はこき使われているのだ。

 一方、卿は背の高いイケメンのコグランに何か指示を出している。

 見るからに信頼を置いているのは御者ではなく、このコグランだ。

 レンはこのコグランには近づかないようにしていた。

 頭の切れる存在というのは分かっていたので音変化がバレてしまう可能性を案じたのだが、それ以上に言い知れぬ恐怖というか、得体の知れない鋭くて冷たい刺すような何かを感じていたからだ。

 レネトーズ卿が夫人と共にパーティー出席のために馬車に乗り込む。

 卿の子供は祖父の家に預けられていた。

 ケリーを救出する絶好の機会だ。

 召使い総出のお見送りで、レンによって磨かれた綺麗な馬車が卿夫妻を乗せて邸宅を出発した。

 馬車が視界から消えるまで召使い一同は深々と頭を下げている。

 そして門が閉まったと同時に頭を上げて、安堵のため息と共に体勢を崩し楽にする。


 「ふぅー」


 「あー」


 伸びをしたり、額に流れる汗を吹いたりと総勢20名ほどいると思われる召使いは途端にリラックスモードになった。


 パン!!


 一同がいる庭に大きな手を叩く音がこだまする。


 「みなさん」


 手を叩き、そう切り出したのは高身長イケメンのコグランだった。


 「主人が不在だからと言ってリラックスできるとお思いでしょうが、少し気が緩み過ぎですね」


 一同はビクッと驚くが、自分たちの上司に当たる存在は御者でありその御者の発言ではないと分かったとたんにまたリラックスモードに入った。


 「整列してください」


 コグランが発する言葉は音の波動となって庭一面に広がる。

 声を張り上げているわけではないのだが、高いのか低いのかわからないその声は一同の耳に響き、まるで操り人形のように言われる通り整列してしまう。

 操られているわけではなく、一人一人意識はあり自分がなぜ整列したのかが分からず怪訝な顔をしながら整列している。

 体を動かせないわけではなく自分の部屋に戻ろうと思えば戻れるのだが、なぜかコグランの言葉に従って整列してしまっている状況に一人一人が困惑しているような感じだ。

 レンも同様に困惑しているが、一方で驚きもあった。

 コグランの言い放った一言で発せられた音の波動が通常の光っているようなものとは違って黒い煙のようなものだったからだ。


 (なんすか?!あのどす黒い音の波動は!)


 コグランに近づきたくないとの直感で避けていた自分は正しかったと思った。

 チラリと時計に目をやる。

 あと5分程度で音変化魔法が切れてしまう。

 スノウとエスティが侵入してくるタイミングは1時間ほど先だ。

 コボル(レン)の額から汗が滴る。

 整列した召使い一同は自由なのに自由が奪われている感覚で依然困惑している。

 その前を爪を噛みながら歩いき一人一人の様子を伺うコグラン。

 目線をコグランの先に移すと、短刀を3本腰に下げた男が座り、光る目で一同を凝視している。


 「ん?なんでしょう。いつもと違う匂いがしますね」


 「!!」


 レンの額に嫌な汗が滴る。


 「おやおや。僕とした事が。賊が紛れ込んでいる事に気づかなかったとは。なんでしょう、腹が立ちますね」


 (アニキー!!やべぇっすよぉーー!!)


 レンは時計を見たいと思ったが動いた瞬間に殺される緊張感で動けない。

 スノウが来る時間まであとどれくらいあるのか知りたいが、見られずにこの重圧に襲われるか見て殺される恐怖に晒されるか、いずれにしても地獄だと思った。

 この1日半のゴミのように扱われこき使われた雑用地獄が天国に思えるほどに。


 「賊は招かれざる客ですから殺さなければなりませんね。面倒なので皆さんを全員殺して差し上げてもよいのですが、それではレネトーズ卿も困るでしょう。さてどうしたものでしょうか」


 丁寧な口調だが、言っている内容が異常だった。

 高いのか低いのか分からない声で話される不気味さから余計に恐怖を感じてしまう。


 「待て!殺すとは何を言っている!そんな事旦那様が許すはずがないし、この国で殺人がどれほどの重罪かしっているだろう!?」


 突如、御者がコグランの前に出て抗議する。


 「おや?僕の言霊に抗える人間がいらっしゃるとは。しかもあなたのような人に従う事しかできない低脳なクズに僕の言霊が破られるなんて。なんでしょう、腹が立ちます」


 「お前何言ってんだ!」


 「不快です。ローマン」


 コグランがそう言うと、後ろで座って鋭い目線を一同に向けていた男がゆっくりと立ち上がる。

 腰に下げていた短刀の一本が手を触れていないにも関わらずまるでサイコキネシスのように勝手に鞘から抜けて飛んでいく。


 ザバ!!


 「な、なんなんだ!いい加減にしろ!この事は旦那様に報告するからな!そしたら貴様なんへすすす‥‥」


 ゴロン!


 御者の首に綺麗な赤いスジが入ったかと思った瞬間、頭部がずれて床に落ちる。


 「ぎゃー!!!」


 目の前で上司の御者が殺された事で部下一同は一斉に悲鳴をあげる。


 「うるさいですね。黙りなさい」


 コグランの一言で一斉に口をつぐむ一同。


 (アニキアニキアニキアニキーーー!!)


 「どうしても今の人間は好きになれません。あの忌々しい存在が現れなければといつも考えますよ。おっと、余計な事を話してしまいました。ローマン、あなたに任せますからこの中に紛れ込んだ鼠を殺してください」


 「了解した、コグラン様。全部殺してもいいかい?これだけあればいい料理ができる」


 「ダメですよ。目立つ行動をとればあの真面目すぎる若造の目に止まってしまいますから。3人までにしてください。これは命令です。いいですね?3人ですよ、3人。そして3人以内に必ず鼠を殺してください」


 「了解した」


 「いい子です。それでは僕は用事がありますからしばらく留守にします。戻るまでにこの臭い匂いを漂わせている賊を始末してハルピュイアと羽を荷馬車に積み込ませておいてください。今は一応レネトーズ卿の部下ですから。今はね」


 そう言うと、コグランはまるで地面に吸い込まれるように消えた。

 膝をついて主人が消えるの見送ったローマンはゆっくりと立ち上がり、御者を切り捨てた短刀を自身のそばに動かし、召使い一同の方に振り返る。

 目は赤く光っている。

 そして少し不適に微笑んでいる。


 「3度念を押された。守らねばならない。だが、3人は殺してよいと言う事だ。3人分料理が作れるって事だな。今日はそこそこのご馳走が作れそうだ。フハハ」


 よく見ると担当は料理に使う包丁で良く研がれている。

 御者の首を一瞬で切り落としたのも納得できるほどの研がれ様だ。


 (アニキアニキアニキアニキアニキィィィィィ!!)


 一同は動く事ができない。中には失禁しているものさえいる。

 レンは考えていた。今ここで自分が名乗り出れば他の召使いたちは殺されずに済むかも知れない。だが、自分がここで殺されることによってスノウやエスティの侵入がうまくいかなくなる可能性が高い。しかもあのコグランの恐ろしさをスノウたちに伝える必要がある。

 あのコグランという男。

 自分の完璧に人をコピーする音変化に対して何か気づいていた。

 今まであり得なかった状況だ。

 これは相当危険な人物であり、コグランが帰ってくる前にハルピュイアを救出し火を放つ必要があるが、自分がここで死んでしまったらコグランへの警戒の必要性を伝えられず最悪スノウたちまで殺される。

 そして何より自分自身死ぬのが怖い。

 一方で自分の目の前で関係のない人たちが殺されるのも見ていられない。それも自分のせいで殺される。


 (戦うか?)


 いやあり得ない。

 レンは自分の実力を誰よりも分かっていたし、このローマンという男に勝てる自信は1億パーセント無かった。

 レンは決めた。

 辛いがここは自分以外に犠牲になってもらうしかないと。


 「うーん。そうだな、お前にしよう。一番若くて肉が柔らかそうだ」


 そういうと肩のあたりで浮いていた包丁が召使いの中で一番若い青年の頸椎のあたりに飛んでいきサクッと切り裂いた。

 次の瞬間、青年はその場に崩れるように倒れ込んだ。

 言霊で動くことを許されなかったため、声もあげることなく糸の切れたマリオネットのように地面にひれ伏した。その表情は恐怖に慄き涙を浮かべていた。

 レンが立っている位置的に殺されたところは見えなかったが、崩れ倒れた体が視界に入ってきて一気に心が苦しくなった。

 嫌な仕事だった夫人の買い物への付き添いを代わってくれた好青年だった。

 目の前の惨劇で一同は涙を浮かべ必死にもがいているが、声も出せず体もろくに動かせずとにかく震えている。

 レンは心を鬼にして唇を噛み締めながら音変化がバレないようにじっとしている。


 (耐えるっすよ‥‥)


 と思った矢先に体の異変に気づく。


 (まじっすか?!時間切れ!?)


 そう、音変化の時間がリミットを迎えコボルではなくレンに戻ってしまう瞬間が目前に迫っていたのだ。

 体が震えだす。

 声は出さなかったが体が痙攣徐々に元に戻ろうと変体し始める。


(終わったっすね‥‥)


 コグランの言霊で動けないはずの召使い一同の中で1人痙攣する者を見たローマンは、レンの事を一瞬見たあと、物色しだす。


 (な!なんなんすか?!ま、まさかこいつ!潜入したのがオイラだって知っててわざと殺さないってことっすか?!きっちり3人殺すために?!)


 「うーん、そうだな、次はお前にしよう」


 ローマンは今度は若い女性を選んだようだ。

 先ほど好青年を殺した包丁が若い女性の方に飛んでくる。

 一瞬だった。


 ドサッ!


 女性は青年と同様に頸椎をバッサリ切られて崩れ落ちた。


 「さぁて、じゃぁ最後に本命だ」


 ローマンはレンの前にゆっくりと歩いてくる。姿は完全にレンに戻っている。


 「殺す前に目的を聞いてやる。なぜこの屋敷に潜入した?」


 ローマンは左手の人差し指をレンの口の前で横に空を切るように動かした。

 するとまるでチャックが開いたように口が自由になり喋れるようになる。


 「マジで下衆ヤロウっすね!!さぁ殺したければ殺せばいいっす!!オイラを殺したところでお前らは死んで地獄行きっすから!!コグラン!!そしてローマン!!お前ら下衆ヤロウたちはきっと報いを受けるっすよ!!」


 レンは出せる最大の声で思いっきり言い放った。

 その声が音の波動となってスノウたちに届くように。

 しかし音の波動が光となって飛んでいくのをローマンの包丁が切り刻みかき消してしまう。


 「なるほどナァ!仲間がいるのか!そいつはどんな肉だ?!まぁいいコグラン様の言いつけは3人まで殺して良いだった。それは守る。縛りがあるからな。だから今こられちゃぁ困る。だがしばらくして攻撃してくる奴らの話はしてねぇ。ってことはそん時は殺してもいいってことだ。フハハァ、今日は料理日和だなぁ、ええ?!」


 そう言うとローマンは宙に浮いている包丁をレン目掛けて放つ。


 「アニキー!!」









12/5 修正


・・・・・・・・・

最近忙しくて書くペースがかなり遅くなっていましたが少しペースを上げて書きたいと思います。

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