<ホド編>16.対峙 ―烈―
16.対峙 ―烈―
―――10時間前―――
『船長さん、聞こえるわね?』
「お、お前らちょっと待てぇ!ニンフィーからメッセージが入った!」
ニンフィーは思念伝達の魔法が使える。
ただし、この魔法は高度なものなので人間の限界を超えたクラス4でも一方的に思念を伝えるだけで相互の会話はできない。
そう考えるとスマホのある雪斗の居た世界はある意味この魔法世界よりも進んでいるということだ。
実際には無数にある基地局や海外と結ぶケーブルがあってのスマホだからそういう意味では、一方的であってもどこでも伝えられる魔法の方が上だろうか。
『世界竜を幽閉している鍵は70階層にあるようよ。おそらくは何重にも施錠の魔法をかけてあるだろうから、あらかじめ渡して置いた解除魔法結晶をつかってね?』
「ふむふむ、なぁるほどねぇ」
「一体ニンフィーはなんて言っているのよ?!勿体ぶってないで早く教えなさいよ!」
「うるせぇなぁ、一生懸命聞いてるんだろうがぁ!聞きもらすから黙ってろぉ」
「なによ!」
パシコン!パシケン!
エスティはアレックスに蹴りを入れている。
如何に柔軟なエスティーといえども身長差から蹴り上げた足はアレックスのケツあたりに当たるだけだった。
『鍵を入手したらなるべく戦闘は避けてね。くれぐれも鍵を奪われたらだめよ』
「この俺から誰が鍵を奪えるっていうんだぁ?俺が負けるわけねぇだろ!はっははー」
『俺が負けるわけねぇだろとか考えてそうだから繰り返すけど、鍵は必ず持ち帰る事!これが今後のそれこそ交渉の鍵になるのだから。これもエントワの作戦だから絶対守ってね』
「はい‥‥」
・・・・・・
・・・
―――時は戻って10時間後―――
「急いで地上に戻るぞぉ」
(やべぇ匂いがするなぁ)
アレックス一行は足早に鍵の部屋から出て地上を目指してダンジョンを進む。
世界竜の鍵を入手する事はもちろんレヴルストラメンバーしか知り得ないはずだった。
(たまたま、世界竜の使い魔、指蛇が現れた事から鍵の場所を移したとも考えられるが、既に指蛇は殺せる事が証明できているわけだから、それであれば鍵の部屋の守りを固めるでもいいはずだがぁ‥‥。俺たちの目的を探るために泳がせてわざと部屋にいれたかぁ?)
走りながらアレックスの頭の中でこの先に起こる事を予測すべく分析が行われていた。
見た目も性格も豪快で大雑把で単純だが、レヴルストラが生き残れたのは単にエントワが頭脳として導いているだけではない。
ここぞという時のアレックスの思考と判断がレヴルストラメンバーを生かして来たといってもいい。
(すると、世界竜と接触した事がバレてるって事だなぁ。なぜバレたかも気になるが、それを知った元老院が次に何をするかの方が重要だなぁ、これぁ急がねぇとなぁ)
「ワサン、斥候頼む。ソナー忘れんなよぉ」
「誰ニ言ッテイル」
「はっはー、頼むぜぇ」
それを聴き終える間も無く姿を消すワサン。
「アレックス、でもどうして私たちが鍵の部屋に向かう事が知れていたのかしら?!」
「さぁてねぇ、あの元老院のじじぃの事だ。先を読んだか、俺たちに分からねぇように探りをいれてるか、何れにしても今考えてもしょーがねぇ、とにかく急いで戻るぜぇ」
「珍しく意見合うわね。何かこの先とても危険な気がするわ」
・・・・・
・・・
アレックスの3km先を進むワサン。
既に階層では2階層上を走っている。
今の所、敵の気配はない。
今警戒すべきは魔物ではなく、元老院の手の者。
噂だけで未だ剣を交えていない正体不明の三足烏という存在だ。
アレックスの元を離れる瞬間からクラス2のロゴス系感知魔法のエクステンドマジックソナーとエクステンドライフソナー、そしてダークネスミストで自身の気配を消しながら進んでいるが、身知れた魔物だけでそれ以外の生き物の存在は感知していない。
しかし、何故かワサンの心がザワついている。
(オカシイナ‥‥)
ワサンの野生の勘か、それともこれまで幾多の死線を乗り越えて来た戦闘感覚か、とにかく感知魔法で敵対する存在が見当たらない状況にも関わらず落ち着かない。
むしろ細胞が警報鳴りっぱなし状態になっている。
しばらく進むと巨大な毒蜘蛛の群れが現れる。
「フン!雑魚ダナ」
蜘蛛の糸で数々の冒険者の動きを止め、強力な毒で一瞬で仮死状態にしじっくり体液を吸い尽くす巨大毒蜘蛛だった。
レベル70前後の中級冒険者では手こずる魔物だがワサンの実力なら造作もない。
急所の胴と腹の付け根を斬りつければ糸を吐けずに動きが鈍くなる。
ワサンのスピードであれば1分もかからず20体ほどの毒蜘蛛は片付けられるだろう。
スタタタ‥‥
「!」
1体目に攻撃しようとした瞬間にワサンの額に冷や汗が出る。
次の瞬間、体を仰け反り何か光るものを避けた。
「へぇ。なかなかやるじゃぁないか獣のくせに」
「獣だからだろうが!だから侮るなと言ったのだ!たわけ者が!」
「!」
ワサンの細胞が鳴らしていたアラートは正しかった。
毒蜘蛛が急に痙攣を始めひっくり返る。
蜘蛛の腹から刃が飛び出て一気に腹わたとともに何かが飛び出す。
それと同時に何か飛び道具のようなものがワサンめがけて飛んでくる。
シュルシュルシュル‥‥カキン!
すかさず持っている剣で飛び道具を弾く。
弾いたものは忍者が使う手裏剣のようなものだった。
方々から手裏剣が飛んでくるが、一つ残らず弾き返すワサン。
全てはじき返した後に前方に目をやると10人程度の人影が見える。
「全てを弾き返すとは流石だねぇ。獣だけどさ」
「貴様のその油断がこの者に気取られたのだ!未熟者が!」
アレックスと同じくらいの大男が怒鳴りつけている。
頭の上に赤毛の髪をとぐろを巻いたようにまとめた変わった容姿だが、明らかな戦闘力の高さが伺える。
一方、怒鳴りつけられている男は身長は赤毛と同じくらいだが、痩せていてくねくねした挑発するような動きをしながらワサンの方を見ている。
そこそこの冒険者でも明らかに弱そうだと判断する見た目だが、ワサンはその実力を見抜いていた。
(三足烏ダナ‥‥)
腕を組みながら “とぐろ赤毛” が周りを見渡して言う。
「斥候か。貴様はワサンだな。いちメンバーとは言えなかなかの実力とみた。だが運が悪かったな。アレクドロスが到着する前に貴様は死ぬことになる」
「ナンダ、俺1人ニ随分大勢デオ出マシカ。一人一人ハ大シタ事ナイトイウ事ダナ」
「ホウゲキさん!こいつ俺が殺していいですか?破手に行きますから!」
「連隊長と呼べと言っているだろうが!まぁ、いいだろう!破手にやれ!貴様に譲ろうカヤクよ。だが次も油断したら我輩が貴様を滅してやるからそう思え」
ホウゲキと呼ばれた “とぐろ赤毛” がそう言い放つや否や、先ほどと同様に手裏剣をワサン目掛けて投げつける。
「キカネェヨ」
先ほどの手裏剣の雨を余裕ではじき返したワサンにとっては造作もない事だったが、また額から冷や汗が流れとっさに地面に伏せる。
シュララン!!!
背後から男の振りかざす刃を辛うじて躱すワサン!
「あれ?これを躱すのか。舐めてかかってるわけじゃないんだけどさぁ!」
このカヤクという男、手裏剣を投げつけた後に恐ろしく素早いスピードで手裏剣を追い越してワサンの背後に回り、手裏剣を弾き返す動作で背後が無防備になった隙に首を搔き切る行動に出たが、ワサンも咄嗟の反応でなんとかこれを躱したのだった。
「カヤク、貴様!破手にと言ったであろう!まさか小賢しい手で殺そうというわけではあるまいな!我輩らは烈だぞ!迅のような蠅のごとき振る舞いをするなら今ここで殺してやる!」
「ホウゲキさん相変わらず短気ですよ。最終的に怒破手に勝てばいいですから少しは気長に見て頂きたいですね!怒破手太陽光!」
シュワン!!
そう言い放ちながら手から黒い球体を天井に投げつける。
天井にあたるや否やその球体はまるで太陽のように猛烈な光を発しワサンの目を眩ませる。
「怒破手円月輪!」
次の瞬間、カヤクの足に刃が現れ両足を横に180度広げ猛スピードで回転しながらワサンの方へ向かってくる。
咄嗟にワサンは持っている短刀を声のした方向へ投げつけるが、回転する刃にいとも簡単に跳ね返されてしまう。
「そんなもの効くと思ってんのかね」
続けざまにワサンは魔法の衝撃破デストロイウインドを天井に放つ。
ガドガガガドドン!!!
天井が破壊され、そこから無数の瓦礫がド派手な連続回転蹴りを続けるカヤク目掛けて落下する。
「もー、ほんとうざいでしょ!バカにしてんの?」
カヤクは軽々と見事な動きで全ての瓦礫を蹴りで弾き飛ばし、再度回転の進む方向をワサンに向ける。
「あれ?ずるいでしょ!、これだから獣は嫌いだよ。強い者の前では臆病でさぁ」
その隙に再度距離をとっているワサン。
「単なる時間稼ぎでしょ。そうはいかないよ!」
カヤクはスピードを上げる。
取った間合いが一瞬で詰められ、いよいよ高速の回転蹴りがワサンを襲う。
ガキ!カカン!カン!ガカン!コン!ガキ!カン!
全ての蹴りをなんとか短剣で受けきるワサン
「生意気だよ!獣のくせに!」
そういうと無数の蹴りの中、フレイルの球体が真上からものすごいスピードでワサン目掛けて飛んでくる。
「チッ!ソリッドスキン!」
ワサンは、”しまった!” という表情を一瞬浮かべすぐさま皮膚強化の呪文を唱え腕をクロスして球体を受ける態勢をとる。
グォッドォォォォォン!!!
球体がワサンにヒットした瞬間高圧の爆発が起こる。
カヤクは空中を優雅に仰け反りながら数回転してホウゲキと呼ばれる “とぐろ赤毛” の方に着地する。
ガッツン!!
着地したカヤクの頭を拳骨で殴るホウゲキ。
「連隊長と呼べと言っておろうが!しかし、なかなかの修羅場をくぐっているようだあの獣」
爆破の煙が立ち込め洞窟風で徐々に晴れていくにつれてワサンと思われる影が見え始める。
煙が流れ切った後に見えるのは血まみれでクロスに組んだ腕の隙間から恐ろしい程の殺意を向けているワサンだった。
相当なダメージを負ったようだが元々かけていた肉体強化魔法と直前にかけた皮膚強化魔法で致命傷には至っていない。
だが、レヴルストラに入って以降の戦いでここまでの手傷を負うことのなかったワサンは長い間見せることのなかった獣の殺意を前方で裕に構える三足烏の面々に向けた。
「あらら、しぶといな。すみません、ホウゲキさん、舐めてたわけじゃないんですがね、想定以上でしたわ。ちょっと本気出して行きますよ!」
「たわけ者が!怒破手=本気、常に我輩らは本気だ!油断しおって。あとで殺してやろう。それと連隊長だぞ!たわけ者!」
「僕のこと殺したら、ホウゲキさんのイジメの対象が居なくなってつまらなくなりますよ。他の分隊長のやつらはユーモアありませんからね」
そう言い放ちながら、周りの部下たちに合図を送り一斉に斬りかかる。
「フレイムレイ!」
「デストロイウインド!」
カヤクの指示で動く三足烏の部下たちは魔法を唱え、炎の熱線と破壊の風を引き起こしワサンを火災竜で焼き殺そうと試みる。
「ジオエクスプロージョン!」
カヤクは追い討ちをかけるように人間で唱えられる最高魔法クラス3の高熱の爆発を引き起こす呪文を唱える。
「な!」
爆発を引き起こす球体はワサンから逸れて火災竜が生み出されようとしている源に当たり爆発によって火災竜をかき消した。
「ハハ‥‥間ニ合ッタゼ‥‥」
「貴様!僕に何か神経毒を?!」
「アァ、オ前ガ飛バシタ短刀ニハ、吸イ込ンデモラエルヨウ、俺オ手製ノ微量ノ神経毒ガ塗布サレテイタカラナ。ドウダ?美味カッタカ?代金ハイラネーゼ!アジリアル、ジノ・アジリアル」
スバババン!!!
そういうと、吹き出した血を撒き散らしながら素早い動きで三足烏の部下たちを切り殺していく。
そして、片膝をつきそうになり必死に神経毒に抗っているカヤクに回転しながら刃を突き刺そうとするワサン。
ガシヤン!!!
突然目の前にホウゲキが現れ、突き立てた担当の刃先を指で押さえ受け止められる。
そして次の瞬間ものすごい勢いの蹴りが、爆発魔法ジオ・エクスプロージョンとともに繰り出される。
バッグオォォォォォォォォォォォォォンン!!!
強烈な爆発と共にものすごい勢いで吹き飛ばされるワサン。
「完全完璧な油断だな、カヤクよ。後で殺してやるから早く解毒せよ」
カヤクの前に仁王立ちし腕を組みながらワサンの吹き飛ばされた方向を見つめるホウゲキ。
「デトフィキシケーション‥‥‥‥なんだよ!複雑な毒ふっかけてくれるじゃんか!ジノ・デトフィキシケーション!」
あっという間に痺れていた様子が解けて元気を取り戻したカヤク。
「部下はほぼ全滅かぁ。やってくれたね。きっちりと殺してやるし!ホウゲキさんとどめは僕が刺しますから!」
「フン!どうやら油断はないようだな。まぁいい譲ってやろう。我輩は本命をいただく」
奥から数人の人影が見えてくる。
「んぁ、見事にやられたなぁ、ワサン。大丈夫かぁ?」
大男の影に担がれているワサン。
「大丈夫じゃないでしょ!血だらけ傷だらけよ?ジノ・レストレーション!ジノ・レストレイティブ!」
強力傷修復魔法と回復魔法をかけられたワサンは素早く跳ね上がり地面に着地する。
「中々ヤルゾ、アイツラ」
「のようだなぁ。おめぇがそこまでやられるってぇのはおそらくあいつらが三足烏の烈ってやつか。それも結構な手練れだなぁ」
「トグロ赤毛ガ “ホウゲキ”。連隊長ト言ッテイタ。モウ1人、弱々シイノガ “カヤク”ト言ウ名ダ。アレハ大シタコトハナイ」
「貴様がレヴルストラのアレクサンドロスだな!元老院様の命で貴様らを殺しに来た。」
「おぅ!随分おっかねぇんだな、いきなり殺すってよぉ。俺たちが一体なにしたってぇんだい?元老院のじじいの我儘に付き合ってるってか?」
(世界竜の鍵を奪ったのもあいつらか‥‥)
「貴様のその態度が万死に値する。それだけだ。他に理由は必要なかろう?」
「ホウゲキさん。そのでかいのは任せましたよ。僕はあの獣を斬り刻んでやりますから。その後にあのガルガンチュアの小娘と横にいるガキも殺しちゃっていいですね?」
「あぁ構わん」
「こりゃぁ完璧に先手打たれたなぁ、はっははー」
「笑い事じゃないでしょ!」
「じゃぁ手合わせと行こうかね。ライゴウ!」
強力ないなづまがホウゲキ目掛けて轟く。
「ブラストレーザー!」
ホウゲキが唱えた高圧の水の流れに沿って稲妻がホウゲキを伝って地面に落ちる。
次の瞬間、アレックスの大剣がホウゲキの頭上に振り下ろされる。
ライゴウを囮に素早く近づき一撃をくらわそうとしたのだ。
ガゴキィィン!!!
ホウゲキも同様に背中にさしていた大剣を一瞬で抜きアレックスの剣を受ける。
「ほう!中々の力だな!腕が痺れたのは久しぶりだ。これは怒破手にやりあえるな!」
「んぁ、おもしれぇ。楽しむか!」
(稲妻は効かねぇのかい‥‥どんな体してんだよぉ)
豪腕同士が魔法を繰り出しながら凄まじい速さで剣の応酬を繰り広げている。
「さぁて、大男たちの戦いを見物している暇はないよ?すぐに僕に殺されるんだから。君たちはね」
カヤクが血走った目でワサンを捉えて構えた。
8/29 修正




