<ホド編> 5 リゾーマタ覚醒
5.リゾーマタ覚醒
「キョエアァァァァァァ!!!!」
スノウたちが視界に入ったのだろうか、バジリスクはトサカのついた頭を瞬時にこちらに向けてけたたましく泣き叫ぶ。
「ニンフィー、私の後方へ回り、ダークネスミストをかけてください!ワサン、君は側方の岩を登りやつの頭上からトサカの後ろへ回り急所の首へ攻撃、スメル オブ デインティをかけて私が囮になりましょう。スノウ殿はニンフィーとともに後方へ、決して前には出ないこと!いいですね!」
的確な指示を瞬時にこなすエントワ。
すかさずニンフィーの方へ走る。
エントワが何やら呪文を唱えるとあたりにBBQのようなうまそうな匂いが立ち込める。
スメル オブ デインティという魔法の効果だった。
同時にニンフィーも何やら呪文を唱えていたが、その直後に暗い洞窟内をさらに暗闇にするような霧が立ち込める。
(なるほど‥‥嗅覚と視覚を奪ったってことか)
暗闇ではほぼ目が見えないはずで、加えて餌の匂いが充満すれば自分たちの匂いを嗅ぎ分けることも難しくなる。
ちなみに餌の匂いは常にエントワから発せられているから文字通り囮だった。
一方ワサンはスノウ曰くワンコロだ。
夜目も利くだろうしサイトオブダークネス効果ではっきりとバジリスクを捉えているはずだった。
仮にバジリスクが物音に反応するならエントワが囮になって音を出せばワサンが攻撃しやすくなる。
(このエントワという男、一瞬でそこまで考えて指示を出すとは‥‥しかも何も使えない自分のことまで気遣っている‥‥)
戦い続けてレベルが上がり、すっかり自分も一人前の冒険者だと思い込んでいたスノウは、戦力としてカウントされていない現状に悔しく、そして恥ずかしくなった。
サイトオブダークネスの効果によってスノウでもダークネスミストの中でもはっきりとバジリスクの動きが見える。
その横の岩場を身軽に素早く動くワサン。
ワサンは忍者のように駆け上がるが、バジリスクは音に敏感なのか反応して石化液を吐きかける。
ワッシャー!!!
「危ない!」
スノウが叫ぶ。
間一髪避け切ったワサンは駆け上がった岩場には戻れず、先ほど居た場所に着地する。
「ナカナカテゴワイ」
「ええ、そのようですね!」
エントワが落ち着いた口調で応えながら剣を持った右手を下から振り上げる。
「エアダンディズム!」
ズバァァン!!シュワワワン‥‥
振り上げた剣先からかまいたちのような真空の刃がバジリスクの方へ飛んでいく。
見事命中。
バジリスクの胸元あたりにヒットした。
「ギョエェェェェ!!!コゲェェェェ!コココゲェェェ!!!!」
(怒っている!‥‥明らかに!)
しかし傷はない。
怒っているのはダメージを受けたからではないようだ。
むしろ、これまで攻撃を当てたものなのいないのに生意気な!と言いたげな、プライドを傷つけられたかのような怒りの叫びだった。
ふと横を見るとワサンの姿がない。
かまいたちのエアダンディズムをエントワが放っているのを見逃さず、瞬時に先ほどの岩場を駆け上がろうとしている。
さらに畳み掛けるように攻撃を繰り返すエントワ。
「ダンディズムフレイム!」
ズバァァン!!ヴォワァァン‥‥シュパパパァァァン!!!
今度は振り下ろした剣から鞭のような炎の連なりが現れ、まるで調教師のようにバジリスクに炎の鞭を当てている。
「ギョギョギョエェェ!!コゲーココココゲェェェ!!!!」
相当プライドを傷つけられたのかさらに怒りを露わにする。
美味そうな匂いと相まってバジリスクの興味はもはやエントワのみだった。
この紳士の攻撃を二度も許していることでトサカにきているは明らかだった。
「ダンディズムブリザード!」
ズバァァン!!シュワワワン‥‥シャァァァァァァァン!!
今度は剣を肩の位置に地面と水平に構えてつくようにしてダイヤモンドダストのような凍てつく氷のブリザードをぶつける。
一瞬にしてバジリスクの足が凍り、続いて胸元、首までが凍りついた。
(強い!このエントワ、めちゃくちゃ強い!技の名前はどうしてもダンディズムなんだけど!)
スノウが感心して見守っている中、動きを封じられたバジリスクは怒りがマックスになったのかトサカが赤く光っている。
その横からジャンプしてきて剣を下に突き易いように逆手に持ったワサンがバジリスクの頚椎の辺りを目掛けて突っ込んでいく。
(行けー!)
スノウは思わず応援に熱が入る。
だが、何の役にも立ってない自分に気づき情けないと落ち込んだ。
次の瞬間。
グガキーーーン!!
振り下ろした剣が突き刺さらない。
「まさか!本能で急所を石化し防御するとは!ここのバジリスクはちと手強い」
剣がはじき返されたワサンはすかさず岩を蹴り回転しながら元居た場所へ着地する。
「石、コワスヨ」
「ええ、頼みますよ」
ワサンがおもむろに背負っているバックパックの口に手を伸ばす。
目線はバジリスクから一瞬も逸らさない。
何か柄のようなものを掴んだ手をゆっくりと前の方に持ってくる。
それと同時にバックパックには入りきらないはずの大きなハンマーが出てくる。
(四次元のポケットか!)
もはやこの戦いに参戦せず応援しているだけの存在どころか、ツッコミまで入れている始末。
(おれは今、サラリーマン人生同様に最高に使えないダサい男だ‥‥横にいる女性のニンフィーに守られて安全地帯で口だけ動かしている役立たずだ‥‥)
スノウは生まれて初めて何一つ貢献できていない状況を悔しく思った。
一方ワサンは、そのハンマーをエントワに投げると、今度は逆方向にある岩へ駆け寄りものすごい跳躍で一気に岩の上の方までたどり着く。
「ダンディズムフレイム!」
ズバァァン!!シュワワワン‥‥ヴォワァァン!シュパパン!!!
炎の鞭が再度バジリスクにヒットする。
続け様にハンマーを蹴り上げて飛ばすエントワ。
そしてさらに剣技を繰り出す。
「エアダンディズム!」
ズバァァン!!シュワワワン‥‥サババン!!
かまいたちを放つが放った方向はワサンの方だった。
(ミスった!?‥‥‥‥いや違う、ハンマを蹴り上げてそのハンマーに勢いを持たせるためにかまいたち放ってワサンの方まで飛ばしたんだ!)
だがそれだけではなった。
ハンマーをブーメランのように回転させながら飛ばしたため、ジャンプしそれをつかんだワサンはその回転にさらなる力を加えて一気にバジリスクの石化した頚椎めがけて鉄槌を振り下ろす。
ドンガァァァン!!
「砕いた!」
思わず声を漏らすスノウ。
割れる石化した頚椎。
このエントワとワサンのコンビはまるでテレパシーで通じているかのように無駄のない連携をしている。
ワサンも間違いなく相当強い。
再度回転しながらワサンはエントワの横に着地する。
「イッキニイク」
(そうだ!畳み掛けるチャンス!勝ったも同然!この2人に敵なし!)
「ふむ、油断しましたね」
落ち着いた声で予想外のコメントを漏らすエントワ。
「えっ?!えっ?!」
(何が起こっている?!)
すぐにワサンも声を漏らす
「トリヤロウ‥‥」
一体何が起こっているのか。
「!!!‥‥おかしい!エントワの足が固定されているかのように動かない、いや動かせないんだ!」
(石化!‥‥‥‥いや、石化液は吐いていないはず!)
ふと横を見るとワサンも動けないでいる。
足は石化し始めたようで少しずつ石化侵食されているのが見えた。
「な、なんだあれは!」
赤く光っていたトサカが割れ、キノコの胞子のように何かを噴霧しているのが見える。
「石化の霧、早く回復魔法をかけなくては」
なんと横のニンフィーの左手が石化し始めている。
「ええ?!まさかおれまで?!」
いやどこも石化していない。
いや、スノウだけ一応石化侵食は始まってはいるが他の三人に比べて侵食速度が異常に遅い。
おそらくニンフィーが何か加護の魔法か何かをかけてくれていたのだろう。
「ふむ、ここで死ぬわけにはいかないな。若の夢が遠のく。ワサン、そのハンマーで私の石化した足を砕いてくれまいか?そうすれば風魔法で浮遊して動けるようになる。そしてニンフィーのところまで行き、こちらに連れて来て石化解除の魔法をかけてもらうことができよう。そのあとはワサン、頼みましたよ」
「ワカッタ。奴ハカナラズ殺ス」
(おいおい、一体何言ってんだよ!足砕くって、そしたら足無くなっちゃうんじゃないの?なんでそんな平気な顔してんだよ!しかもワンコロも平然な顔して ”ワカッタ” っておい!‥‥‥‥もしかすると回復魔法とかで後から足を治せるとかがあるのか?)
自分のいた世界では有り得ないが、こっちの世界では有り得るのかもしれないとスノウは思った。
ワサンがエントワの足を砕こうとハンマーを振り下ろそうとした瞬間、バジリスクが叫びながらの石化液を吐こうとしている。
「グエェェェガァァァァ!!!!」
「クッ!トリヤロウ!!」
「若、申し訳ない。せめてニンフィーとスノウ殿だけはこの場から逃がすとしましょう」
ドッバーー!!
まさに石化液がワサンに降りかかろうとした瞬間。
(トキハナテ‥‥)
「!」
(この声!まただ!‥‥出会ってたかだか3日の付き合いだが何か見返りを求める訳でもなく装備を揃えてくれてレベル上げまでサポートしてくれて‥‥‥そんなやつらがこんな何の役にも立たないおれを守って庇って逃がそうとして‥‥死を選ぼうとしているなんて‥‥おれには守ってもらう価値なんてないんだよ!)
長い一瞬だった。
0.01秒にも満たない一瞬だったが、走馬灯のように自分の人生が頭の中に流れた。
つまらない自分の人生に縛られ諦めた自分の心。
そんなつまらない人生に争ってしまう今の自分の心。
複雑に絡み合う心で混乱するスノウに、どこからともなく聞こえてくる ”トキハナテ” という不思議な声は一つの行動を決意させる。
今度は前回と違い確実に意識があった。
耳元で ”トキハナテ” という囁きが聞こえ終えた瞬間、異常な速さで動きそして石化液を浴びそうなワサンの前に立ちはだかり今まさに石化液をワサンの代わりにスノウは浴びようとしていた。
スローモーションで動く石化液。
(このチャンスを逃さずに、さっきの案で対応して必ずこの鳥野郎をぶちのめしてくれよ?)
スノウは石化液を浴びる寸前にワサンの方へ目をやり、この後のお前の行動に全てを託したという合図を送った。
(あーあ、こいつの悔しがる顔が見たっかたよ、ははは‥‥)
次の瞬間、スローモーションが解けて吐き出された石化液を全身に浴びるスノウ。
ドゥップサー!!
「うぐぅ!!」
恐怖で思わず情けない声が出る。
(みるみるうちに!!い、石に!‥‥なって!‥‥いかない?!)
石化スピードが遅いのを確認しながら考えるスノウ。
(石化が遅い‥‥?ああ、ニンフィーの加護か‥‥あの子は優秀な魔法使いの精霊なんだな‥‥)
「スノウ殿、痛み入る!」
エントワがかまいたちを放ち、バジリスクの頭上にある尖った岩を切断する。
ガラガラドッゴォォン!!
尖った岩はそのままバジリスクの噴霧中のトサカに突き刺さりトサカはその勢いで引きちぎれた。
相当な痛みなのか、バジリスクはその場に倒れ込みわめき散らしながらもがき苦しんでいる。
「ギェェェェェェェ!!!!!」
バタバタと暴れるバジリスクとは対照的に動けなくなる一行。
石化が遅いとはいえ、ついに全身が動かなくなってきた。
(ダサい人生だったが、まぁ誰かの役に立って死ぬのも悪くないな‥‥でもなんだかちょっと変わったかな、おれ‥‥)
まんざらでもないとスノウは思った。
そう気づくのは死ぬ直前とはなんと人生とは皮肉なものか。
「スノウ、あなたに返すよ。預かってたチカラ」
いつのまにか真横に詰め寄っていたニンフィーが耳元でそう囁く。
すると、幽体離脱ように水色の物体がニンフィーから抜け出てスノウの中に吸い込まれていく。
「!!」
スノウは一瞬意識を失いそうになるが直ぐに我に返る。
自分の体の中に入って来た ”何か” が次第に体の細胞に溶け込んでいくような感覚に襲われた。
直後、ニンフィーは鞄の中から石化を解くアイテム ”キュアストーン” を取り出して使う。
エントワやワサンだけでなく、スノウの石化までがニンフィーのアイテムによって解除されていく。
一方で、バタバタと苦しんでいるバジリスクも徐々に我に返り、切り落とされたトサカの恨みをはらすべくエントワたちに攻撃の矛先を向け始める。
(さぁ、エントワ、ワサン、頼むよ!おれはどうやら死んでないらしいけど、ここから先は元の役立たずに戻っちゃってるから!)
「さぁ、スノウ。あなたのチカラの片鱗を示して!」
ニンフィーが突然叫んだ。
「ええ?!」
(何をいっているんだニンフィー‥‥ん?でもなんだか体に力がみなぎっている気がする)
「さぁ、あなたに戻ったチカラのイメージを形にして!」
スノウには、ニンフィーの言葉が何だかわからなかったが、その言葉に導かれるように頭に浮かんだイメージを自分の認識している言葉で表現する。
「ブラストレーザー」
両手が意思を持つように水を汲むような形で動き、そこから湧き出る水がまるでものすごい圧力で潰されていくような状態になったかと思った瞬間に、超高圧の水のレーザーが立ち上がろうとしているバジリスクの首を直撃し、貫通する。
そのままレーザーを動かすと、バジリスクの首は見事に胴体から離れ吹き飛んだ後、地面に転がった。
バシュウゥゥゥゥゥゥゥ!!‥‥‥‥ドサァ‥‥
「なんと、これはリゾーマタの水魔法!それもクラス1の低位魔法にも関わらずこの威力。なるほどそういうことでしたか」
勝手に頷く、エントワ。
何が起こったかわからず、気づくと両手から水がこぼれ落ちてスノウの服はびしょびしょになっていた。
「冷たぁ!なんじゃこりゃ!」
(まさか魔法ってやつ?‥‥ニンフィーからもらった水色の物体の力なのかな?)
困惑しているスノウだったが、なんとかこの危機を乗り切ったようでホッとする。
「さすが、スノウね。ありがとう、助けてくれて」
笑顔で語りかけるニンフィー。
ついさっきまでの戦闘の恐怖が嘘のように思えるほど、心が落ち着き始め和む。
(ニンフィーにはそういう力があるのかな‥‥)
「私からも礼を申し上げる。スノウ殿がいなければ我々は全滅していたことでしょう。」
「‥‥‥‥」
いつものようにワサンは無言で睨みつけている‥‥と思ったが、そんな感じではなかった。
なんとなく優しい目と感じた。
よく見ると、こいつも犬社会じゃぁイケメンってやつなんだろうなとスノウは思った。
「いや、おれ、何がなんだか‥‥でもみんな無事でよかったよ。おれの石化の進行が遅かったのもきっとニンフィーの魔法のおかげだね、こちらこそありがとう。それとエントワさんにワサン、改めてすごい人たちと冒険してるんだって実感したよ。こちらこそ、色々と庇いながら戦ってくれてありがとう」
スノウは素直に感謝の言葉を述べた。
「いつの時も自らを振り返り、そして自分を生かした存在への感謝を忘れない。ダンディズムです。それでは先に進みましょうか。先ほどの転移クリスタルは一方通行のようです」
「ドウヤラ、ビンゴラシイ」
古びた羊皮紙を取り出し何かを確認したワサンが言った。
「つまり、ここが53階だと?」
「ソウダ」
「ソシテ、コノ先ニ下カラ吹キ上ゲル風ヲカンジル。‥‥ツマリ、落トシ穴ガアル」
「ほう、スノウ殿がいなければおそらくは見つけることが難しかったトラップに我々はいきなり行き着いたようですね。ただし、今日はダメージも蓄積している。一旦宿屋に戻りましょう。その手前に転移魔法陣があるようです」
(とりあえず帰れる!無事でよかった!なんだかホッとしたら腹減ってきた)
だがスノウにはひとつ確認しておかなければならないことがあった。
「そういえばエントワさん、さっき石化された時に自分の足を砕いてって言ってたけど、砕いたらそのあと魔法か何かで治すつもりだったの?」
これはスノウにとって重要だった。
もし魔物に腕を噛みちぎられたりしても魔法で元通り治るのと治らないのでは、戦闘に臨む緊張感や真剣さに大きな違いが出てくる。
いや、体の一部を失って戻ってこないとすると、戦闘力は格段に落ちるはずだ。そうなれば死ぬ確率が格段に上がってしまう。
「ふむ、もし足を砕かれたら魔法でも足は戻りませんね。むしろ砕いたあとに魔法で石化を解くと、砕けた足から一気に血が吹き出たでしょう。あの時はすかさずダンディズムフレイムで傷口を焼き止血する予定でしたがね」
(やはりおれは出しゃばらず、謙虚に堅実にいこう‥‥そう、おれらしく‥‥ははは‥‥)
そう言い聞かせるスノウだった。
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