序章 2.越界
2.<序章> 越界
確実に非現実的な状況下にあった。
明らかに気を失っていると自覚できるにも関わらず、こじ開けた目というかゲートの中に手を繋がれて引っ張られ、体が半分ゲートをくぐった瞬間、体が強引に中の宇宙に引き込まれる感覚があった。
急に体が浮き上がる瞬間無理やり引き込まれる感覚‥‥そう、昔クラスの男共に強引に連れて行かれたプールで乗りたくもないウォータースライダーに放り込まれて凄まじいスピードで流されていく感覚に似ていた。
因みにその後は体の至る所を打って大変だったのだが‥‥。
そして宇宙を流れる光の川のような線に飲み込まれ、ものすごいGと共に急激な流れに沿って体が前方へ運ばれて行く。
しかし、音はない。
無音の世界。
耳鳴りがする。
その直後‥‥おかしな表現だが‥‥きちんと気を失うように意識が薄らいでいく‥。
俺はどれくらい気を失っていたのだろう。
ゆっくりと目を開くと意識を失う前と同様に宇宙の中の川の流れに乗っている状態だった。
「う、、うぅ。。」
「気がつきましたね?マスター。どうやら無事にマルクトを出られたようです。もう少し休んでも大丈夫ですよ?先ほどは無理に引きずり回して申し訳ありませんでした」
「こ、ここは一体‥‥これは夢?俺はどうなった?」
「そうですね、記憶を奪われているので分からないのも当然です。ここはカルパ。世界を紡ぐものによって作られた多重世界を繋ぐワームホールのようなものですね」
「???」
混乱しながらも、目の前の状況から決して嘘を言っているのではないと信じる。
なぜなら、非現実的な光景が生々しく感じ見えるからだ。
しかもなんとなくだが、わずかに懐かしい感覚もあった。
「えぇっと‥‥この状況についてはあとでひとつずつ質問させてもらいたいんですけど、さっき言ってた俺が記憶を無くしているってのはどういうこと?俺は生まれてからの記憶は一応全てあると自覚しているし、質問してくれれば俺の過去を説明することだって出来るんだけど‥‥‥‥‥‥あと、そもそも君は人間ですよね‥‥?」
恐る恐る聞いてみる。
女性に馬鹿力だねって聞くのは相当失礼にあたるに違いない。
「えぇっとさ、掴まれてた右腕のこの部分が内出血おこしてましてさ。普通女子に掴まれたらというか掴まれたのも初めてなんだけれども、こんなにならないよなと思ってましてさ‥‥」
もはや語尾が可笑しなことになっているのも気づかない。
「ああ、い、いやごめん!人間に決まってるよね‥‥失礼なこと言ってごめん‥‥ただちょっと驚きの連続なのと、普通じゃないこの状況からちょっと普通じゃない質問をしちゃっただけなんで気にしないでね‥」
(や‥やべぇ‥俺一体何言っているんだ?!)
混乱して支離滅裂状態。
「何からお話すればよいでしょうかね。まず私は生物を超えた存在。マスターの伴侶となるべき存在であり、人間のようなモータルな生物ではありません。マスターと永遠を共にする存在であり普遍です」
「ぶふーー!!」
思わず吹き出す。
「ふ!ふ!富良野さん!君みたいな可愛い子がさ!人間を超えた存在ってのは一旦置いておいてもさ、俺のは、は、伴侶って!ドッキリであとで嘘―ってなってバカにするゲーム?これ。」
混乱の極み。
訳も分からず思ったことを口走る。
「マ、マスター!」
何やら急に顔を赤らめて叫ぶ。
そしてもじもじしながら答えてきた。
「か、か、可愛いだなんて!それほどでも‥‥ありますけど!正直嬉しゅうございます!」
(嬉しゅうございます‥‥キャラがぶれてないか?なんだかよく分からんが、どうやらこの子に好かれているらしい)
雪斗にとってこんな事はこれまでの人生であり得ないことであり、疑り深い性格の彼としてはそれを真実とを受け入れるには時間がかかりそうだった。
「あ、ありがとう‥」
何かの罠だと思いつつも一応礼を言う。
「あ、あとですね‥なんで俺のことマスターって呼ぶのかな?俺、マスターじゃなくマネージャーだけど‥‥」
「そうですね、今はわからないかもしれませんが、あなたは私の愛しいマスターです。マスターの本来のお名前はスノウ‥‥スノウ・ウルスラグナ様です」
「はぁ?!」
俺の驚きというより意味不明といった呆けた顔をよそに彼女は話を続ける。
「私はマスターに私の全てを捧げると誓ってから一瞬たりともマスターのことを考えない時はありません。マスターの幸せこそが私の幸せですから。これは無償の愛というものですよね?とても人間らしい感情で自分自身とても気に入っています」
さらに飛びすぎてて理解が追いつかない俺。
というより愛の告白でそれ以外の内容が頭に入ってこないといった方が正しい。
彼女は一応気遣って話しているようではあるが、俺にとってはひとつひとつ質問をしていかないと整理できない状態だった。
「では、ひとつひとつ質問させてもらいたいのだけど、富良野さんはさ、俺の配属され‥」
と質問している最中突然彼女が俺の話を遮る。
「だめ!いけない!もう追いつかれた?!いやそんなことはないず!マスター避けて!!きゃ!」
その声を聞き終えるかどうかの一瞬で突然殴られたかのような衝撃が俺の頭部に走り目の前が真っ暗になった。
どうやらものすごい衝撃と共にこの川の流れから弾き飛ばされたようだ。
(がはっ!!‥‥い!いてぇ!!!いてぇ!!! マジか! 誰だよ!!思いっきり殴りやがって!てか、誰もいる気配なかったのに誰かになぐられたのか?!痛すぎる!頭が割れそうだ‥‥)
そう思いながらもあまりの衝撃で徐々に目の前が真っ暗になっていく。
(くそ‥‥マジか‥俺死ぬ‥のか?‥‥訳のわからない連続で殺されるっていわれたからから逃げたのに結局殺されるのか‥‥)
そして、また意識を失う。
(今日は‥よく‥‥気を‥‥失う‥な‥)
・・・・・
・・・
(‥‥死ぬとゆりかごに揺られてるような感覚になるのか‥‥しかも波の音も聞こえる‥‥‥あったかいなぁ‥潮の香りまで‥それにしてもあったかい。しかもなんだかバーベキューの匂いもする‥‥)
まだ夢現といった感じだ。
徐々に感覚が戻ってくるのを感じる。
(‥‥いや、ってか暑いな‥‥っていうか熱い!!)
あまりの熱さに目が覚める。
腕を見ると若干やけどしている。
「な、なんだぁ?‥熱い‥し、痛い‥‥。このリアルさは絶対に夢じゃないな。ってか死んだはずじゃ‥‥この熱さは!まさか天国じゃなく‥‥じ、地獄?!」
頭の中に鉄板で焼かれている地獄絵図が浮かんだが、次の瞬間さらなる驚愕が襲う。
驚くのも無理はなかった。
なぜなら周りを見渡す限り水面だったからだ。
「えええええーーーー!!!!」
見渡す限り水平線。
(こ、これって‥‥海?!)
そして自分が生きていると実感する殴られたものと日焼けを通り越した若干のやけどの痛み。
無理もなかった。
地面は灼熱の太陽に鉄板で目玉焼きがやけるかのごとく熱せられているのだ。
痛みが自分を冷静にさせる。
ありえないことの連続に頭は混乱しているはずが、痛みのせいで妙に冷静だ。
これまでの自分に起こったことを思い返す。
(落ち着かない感じからひとりで飲みに行った時に突然富良野さんが現れ、黒い男に狙われてる感じになってそのまま逃げた後に彼女が何やら魔術のようなもので開いた入り口みたいなところに入ると、星の川で流されている中でいきなり鈍器で頭殴られた感じになって気付いたらフライパンの上で炒められてる感じだと‥‥)
「!!!」
(そういえば富良野さんがいない!!)
慌てて周りを見回す。
(そういえば意識を失う直前に光の川から放り出されたのはおれだけで、富良野さんが川から手を伸ばして何やら叫んでいるのが見えた)
どうやら富良野紫亜とは逸れてしまったようだった。
(こんなところでひとりぼっちかよ‥‥てか、この先再会できるのか?!こんなところに飛ばされて‥‥)
平穏で目立たない暮らしを望んでいたはずが一気に環境が変わってしまった。
(うーむ、状況をまとめてみても非現実的で納得はできない。これからどうしたもんかね‥‥これまでの状況を整理しるにしても光の川からいきなり海じゃ関連付けよもないな‥‥。それならば、今の状況を把握して次何をするか考えて行動するしかないな‥‥)
痛みがさらに冷静にさせる。
とにかくこの灼熱のフライパンの上にいるような状況は抜け出したい。
(抜け出して落ち着いたら富良野さんを探そう‥‥)
まずはそれしかないと考えた。
(今自分のいる場所、波に合わせて揺れているが船じゃない。なんだろう、波に揺られている小さな陸地という感じだ。見たことないけど。大きさは半径20メートルくらいのほぼ円形の島のような形で土もあるし草木も生えてる。真ん中には小さな突起が出ているけど、なんだかは分からない)
さらに整理する。
(しかし、なんだかどこからか美味そうな匂いがするな‥‥)
腹も減っているから余計に惹かれる匂い。
痛みといい、食欲といい、やはり夢ではなく現実だと実感する。
「おーうおーう、目が覚めたと思ったら騒がしいこった」
「のわぁ!びっくりした!!!なんだ人がいたのか!」
背後からの突然の声に驚いて振り向く。
「しかし、よくこの近くにピンポイントで光の川から吹っ飛んで来れたな!下手したら今頃ザークの腹ん中だったぜ、はっははー」
BBQみたいに串刺しになったマンガみたいに大きな肉を豪快に食っている男がいる。
相当な大男だ。
身長3m近くある。
明らかに普通じゃない身長だ。
筋骨隆々という感じで肉を食う姿が似合っている。
「びっくりしたのこっちだぜ?隕石かと思って来てみれば人じゃねーか。しかもあの速度で着水して傷一つないとか普通じゃないぜ?生き物ならだいたいべしゃんこでザークの餌になってたところだ」
(うまそうな肉とこの男のことばの節々に聞きなれない内容があるのはいったん置いておいて、なぜ気配に気づかなかったのだろう‥‥こんなすぐ後ろに人がいたことに‥‥しかもここまでの大男だそ?!)
アメリカのプロバスケ選手どころか、びっくり人間ショーでも見たことない。
(まぁこの状況、そんな生き物もいるわな‥‥そんなことより、とにかく情報が手に入りそうだ)
安心したのか、我にかえったようで一気ににこれまでの異常な状況の連続に遭遇した疲労感が押し寄せる。
「あなた誰 《ぐぐうーーーーぐぐーーーーぐううう!!》‥‥ですか‥‥?」
喋ろうとしたのを遮るように腹の虫がさけびをあげる。
今まで聞いたこともないような腹のなり具合で自分で笑ける。
「ははは!!腹減ってんのか!まぁ食え!ヒポジラの肉は美味いぜ?」
「すいません‥おれも自分に何が起こったか把握できてなくて、正直困惑してて‥‥‥とりあえずなんだか、助けて下さったみたいで‥‥ありがとうございます」
「はっはは、まぁいいよ。俺の名前はアレクサン 。このヴィマナのキャプテンをしている」
次の瞬間、海から巨大なサメのような恐ろしい牙むき出しの怪物が飛び上がり、おれと目の前の男目掛けて襲いかかって来た。
ザッパァァァ!!!ガッバァァ!!
逃げる間も無く目を背けるしかアクション取れないおれに対して、アレクサンは瞬時にBBQの串で怪物を真っ二つに切った。
「えええええええぇ?!」
最早ええーーとしか言いようがない。
言葉が見つからない。
呆然とする雪斗。
真っ二つにされた怪物はそのまま海に着水し、プカプカ浮かんでいる。
その直後、小さめの怪魚が何匹も集まって浮かんだ死骸を食い漁り、ものの10秒で骨と化した。
「ザーグは不味いからな。食えねぇのに襲ってくるもんだからめんどくせぇ‥‥」
(このアレクという男、デカイ上にマンガみたいに早くて強い。見た目は20代中盤という感じで若々しく力強い感じだ。しかし普通このデカさだとなんつーか、動きがノロそうだけど異常な早さだった‥‥信じられん‥‥いや信じるとかどうでもいい。目の前でおこった事実だ。これも受け入れて理解するしかない)
「串って包丁みたいにきれるんだ‥‥」
混乱からか意味不明な感想が自然と出てくる。
「そうそう、にーちゃん、名は?」
「え?」
「名前だよ、な・ま・え。まさか名無しってわけじゃないだろう?」
「あ、あぁ」
(そっか、自己紹介されたんだったっけ)
「おれの・・」
と言いかけた時一瞬で思考が動き出す。
(おれの元いた世界からこの世界に来たとすると、戻れることも想定しておそらくこの非現実的な世界で起こることは元の世界にも影響するってことだよな‥‥そうすると身元を特定されるような情報は与えない方が無難だよな‥‥偽名を使うか。何がいいか‥‥そうだ!)
「スノウだよ‥‥どうやら記憶喪失になっているみたいだ‥‥」
富良野紫亜が雪斗の本当の名前といっていたものを咄嗟に思い出し、口にする。
スノウのあとはウルなんとかといってたか、もはや思い出せないので ”スノウ” とだけ名乗った。
この瞬間から自分はスノウだ、と雪斗は心に刻んだ。
そして、この後の会話で怪しまれないように記憶喪失という事にした。
「おお、あの英雄神と同じ名前かー度胸あるなぁ、お前。はっははー」
「英雄神?」
「知らないのか?お前どっから来たんだ?あぁ、記憶喪失だったか。まぁいいさ、英雄神は英雄神だよ。昔最悪竜ロン・ヴァールを倒した剣技や魔術に優れた戦神でいずれは世界を崩壊させると言われているんだぜ」
「世界を崩壊させるのに英雄?なんだかよくわからないけど、すごいんですね。てか竜とかいるのか」
「ん?お前ほんとにどこから来たんだ?光の川から来たってことは世界の連なりは知ってるはずだよな。でも竜の存在を知らねーとは。へんなやつだ」
(いかん、迂闊に知らないことを素直に知らないと言ってしまうと怪しまれて警戒される恐れがあるな。次から発言には気をつけよう)
自分の置かれている状況がわからないスノウと名乗った雪斗は状況を把握するまで一応の警戒を怠らないようにと決めた。
「あ、いや竜は知ってますけど実際にはまだ見たこと無いって意味ですよ、ははは」
「はっははー、お前ほんとどこから来たんだ?まぁいいさ、こんなところで立ち話もなんだ、俺のホームに入れよ。このヴィマナによぉ。英雄神と同名を持つスノウ。あ、あとな堅苦しい言い方はなしだぜ?おれはそういうの、なんつーか背中がむず痒くて嫌れーなんだよ、わかるな?」
「ははは。。わかり、、わかったよ。じゃぁ遠慮なく。ところでヴィマナ?だっけ?それってなんだい? アレク‥‥さん?」
「アレクサン が名前だ!それに「さん」はつけなくていい。アレクサン さんで、なんだかバカにされた気になるじゃねーか!」
「すんません!」
すかさず謝る。
串で胴体真っ二つにされてはかなわない。
「サンサンサンサンって能天気な筋肉バカみたいな感じじゃねーか‥‥ブツブツ‥‥だいたい自分でさんづけするかっての‥‥‥ブツブツ‥‥」
何を言っているのかよくわからないが名前をバカにされたと思ったのか、不機嫌そうにブツブツいいだした。
(意外と小さいやつか?根に持つタイプかも‥‥)
でもアレクサン という男はなんだか楽しそうだった。
「それでアレクサン」
「誰がアレクさんだ!」
(さん付けで言ってねーっての!ややこしいなぁ)
「えぇっと、なんか難しいな、そしたらアレックスっていう呼び方はどう?おれのいた世界ではアレクサンとかアレクサンダーとかの名前は親しみを込めてアレックスって呼ぶからさ。」
「おお、俺の仲間もそう呼ぶぜぇ!じゃぁお前もアレックスと呼んでいい!」
(なんか丸く収まったな‥‥そう言えば今更ながらだが、日本語喋ってる!いやこの非現実的な世界のことだから、日本語喋ってるつもりで別の言語に勝手に変換されているってこともありうる‥‥)
まぁ何にせよ最も重要なコミュニケーションができるこの状況は非常にありがたいとスノウは思った。
ぶつぶつ言い終えるとアレクサンは何やらこめかみに指を押し当てて喋り始めた。
「よし、ガース、内部に転送してくれ、一緒にいるにーちゃんも頼むぜ」
(にーちゃんって明らかに自分の方が若いだろっ!37歳のおれを捕まえてにーちゃんとは・・よくよく冷静に考えるとおれの方が年上になるぞ?あ、いやそういう問題じゃないな。現時点の情報が全くない状況でこういう考えはあまり意味がない。よく考えて行動したほうがいい。‥‥あぁ、でも身長も体つきもイケメン度合いも負けてる‥‥)
そんな事を考えていると突如アレックス とスノウが青い光に包まれて明るくなったと同時に視界が変わる。
どうやらSFでよくある転送ってやつだ。
(すごい科学力だな‥‥)
そして言われるがまま案内された。
序章がながくなりましたがここから長い旅が始まります。次は<ホド編>です。




