新魔王、襲来Ⅱ
――数日後、昼下がりのロストの家にて。
「うむ、いい天気だ。こんな日は日光浴に限るな」
「はい、兄様」
昼食を終えたロストは、レティと共に庭でのんびりと日光浴を楽しんでいた。
「兄様、魔茶をどうぞ」
「おお、ありがとう……ふむ! やはり、レティの淹れてくれる茶は格別だな」
ロストは微笑みながら、レティの頭をやさしく撫でる。
「えへへ……」
しばらく陽光の下で穏やかな時間が流れた後、レティがふと尋ねた。
「兄様、ご家族ってどんな方たちなんですか?」
「ん? 急にどうしたんだ、レティ?」
「その……兄様のこと、もっと知りたいなと思って……」
レティは両手を胸の前でぎゅっと合わせ、少し照れたように視線を伏せる。
「家族か……俺を含めて、四人家族だったな」
「四人ということは、兄様にはご兄弟が?」
「うむ。弟が一人いる」
「弟様……どんな方なんですか?」
「そうだな……弟は俺よりずっと頭が良くて、いつも冷静沈着なやつだった。色んなことを教えてもらったよ」
「すごい人なんですね……」
「ああ、俺の自慢の弟だ。……そういえば、あいつには何も言わずに出てきちまったな……ん?」
その時――ロストの家の上空に、突然巨大な白竜が現れた。
「ひっ……兄様、あれって……!」
驚いたレティが咄嗟にロストの腕に抱きつく。
「シロ……? どうしてここに?」
白竜シロは、ふわりと庭へ降り立つ。
「クルルルゥ」
その背には、一人の男が跨っていた。
男はレティを一目見るや否や、顔に青筋を浮かべて叫ぶ。
「小娘ぇぇぇっ! なァに兄上に抱きついてやがるんだぁぁぁっ!! その手を今すぐ離さんかぁぁぁっ!!」
あまりの剣幕に、ロストもレティもぽかんと口を開けて硬直する。
「……兄様、もしかして、あの方が……?」
「ああ、弟だ」
「え、ええっ? さっきのお話と全然イメージが……」
「うむ、俺も驚いている」
「ハッ!? いかん、兄上に抱きつく小娘の姿に思わず正気を失っていた……!」
我に返った男は竜の背から下り、ロストの前に歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「兄上、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「ああ、久しぶりだなゼノム。お前も元気そうで何よりだ」
「クルルルゥ♪」
シロがロストの元に寄ってきて、頬をすり寄せる。
「シロも元気そうだな」
「グルルゥ?」
音に気づいたクロが庭へ現れ、シロの姿を認めて駆け寄った。
「グル! グルルゥ♪」
「クルルルゥ♪」
二匹は顔を舐め合い、頬を寄せ合いながら、まるで再会を喜ぶようにはしゃいでいる。
「クロちゃん、あの竜さんとお友達だったんですね」
「いや、シロとクロは双子の兄弟なんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「うむ。クロの方が少し早く生まれたから兄ってことになってるがな」
「へぇ……シロちゃんはクロちゃんの弟なんですね」
微笑ましく見守っていたロストがふと気づき、弟に言う。
「そういえば紹介してなかったな。ゼノム、彼女はレティ。手紙にも書いたが、俺の妹にした人間だ」
レティは丁寧に頭を下げた。
「初めまして、レティと申します」
「ふん。ゼノム・モナークだ」
「ところでゼノム、城のほうは大丈夫なのか?」
「はい。兄上が突然魔王をお辞めになった際は多少混乱もありましたが、ロウズと協力して早急に収拾を図りました。その後、私が第350代魔王に就任しました」
「そうか……すまん。俺が勢いで辞めたせいで、お前とロウズに迷惑を……」
「気にしないでください、兄上。兄上に過剰な書類仕事を押しつけていた愚か者たちと、この数年攻め込んでこなかった愚かな人間どもこそが元凶です。兄上は何も悪くありません。それに……兄上はもっと自由な生活の方が似合っています。手紙からも、とても楽しそうなのが伝わってきました。……あと、お菓子も美味しかったです」
「それはよかった。後で蟻人たちにも、そう伝えてやってくれ」
「承知しました」
「ところでゼノム、お前がここに来た理由は?」
「ご安心を。仕事はすべて終わらせ、城のことはロウズに任せてきました。それより……兄上に一つ、どうしても聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
「――なぜ兄上は、人間の小娘を妹にされたのですか?」
ゼノムはレティを鋭く睨みつけながら問う。
「レティのことか?」
「はい、理由をお聞かせください」
「癒しだ」
「……は?」
「レティと一緒にいて、笑顔を見るだけで心が癒される。だから俺は、彼女を妹にして、毎日愛でている」
ロストがレティの頭を優しく撫でる。
「兄様……えへへっ……」
笑顔を浮かべるレティ。
「な? この笑顔を見ていると、疲れがすべて吹き飛ぶんだ」
だが、ロストがゼノムの方を見ると、弟の身体が小刻みに震えていた。
「……い、癒し……癒しが欲しかったから妹にした?」
「ぜ、ゼノム……?」
「それなら、なぜ私を側に置いてくれなかったんですかぁぁぁっ!!」
「ゼノム!?」
「兄上、私だって癒せます! プリンを“あーん”だってできます! 笑顔だってできます! それなのに何故、私ではなくその小娘なんですかっ!」
「お、落ち着けゼノム……お前、何を言ってるのか……」
「妹が欲しかっただけなら、私はいつでも女になりますのにぃぃっ!」
「本当にどうしたんだゼノム!?」
「おい、小娘っ!」
「は、はいっ!?」
「これからお前に試練を与える!」
「えっ、試練!?」
「兄上に相応しい妹かどうか、この私が見極めてやる! もし不合格だった場合は……兄上の“妹”を辞めてもらう!」
「そ、そんな……!」
レティが顔を青ざめさせた。
「ふん、怖じ気づいたか。やはり人間風情に、兄上の妹など務まらんようだな」
その言葉に、レティがむっとした表情になる。
「……何ですかそれ! わかりました! 受けて立ちます!」
「ほう?」
「あなたに、私が兄様の妹として相応しいって認めさせてみせます!」
「ふんっ。その威勢、いつまで続くかな……」
レティとゼノムの間に、火花が散る。
「……何がどうなっているのか、さっぱり分からんのだが……」
「グルルゥ?」
「クルルゥ?」
完全に置いてけぼりのロストであった。




