》21話
なんともまた間抜けなことをしてしまった。遅くまで起きています!と自分で吹聴したも同然だったなんて。
今度は明かりも配慮しなくては。良いことを聞いたわ。
「……意地悪ですね、アイン。遅くまで起きていたと知っていて敢えて今言うなんて」
「まぁ少しの無理くらいなら俺も止めはしない。騎士団に所属して数年はそうやる者も多いからな」
「ならば数日の私などまだまだでしょう?」
そこまで頑張る人がいたなら私など到底敵わないじゃない。
そう反論しようとしたところでアインに止められた。
「ヒルダもエレンも根を詰めすぎ。努力は決して悪くはないが、空回りしては意味ないだろう?」
「――空回り……」
どうしましょう。
言われた言葉は単純なのに理解が出来ませんが。
私が固まってしまったのを見たアインは徐に道端に咲く花を一輪摘んだ。
「例えば、花は充分な光と水を浴びて種から花まで成長するだろう?それが順番だからな。だがお前たちはその花を咲かせる為に必要以上のスピードで成長しようと足掻いている。それは悪くはない―――だけど、傍目に思う訳だ。焦りすぎだ。まぁそう仕向けた俺達に一番問題があったけれど」
「………………」
「成長は喜ばしい。だけど、先ずは足元を見ろ。何が必要か一人で走るな。『相棒』を頼ること。それが何処まで必要なのか見極めること―――いいか?」
「私には難しそうですが……」
何となく難しい応酬に困ったようにぽつりと呟くと、アインはくつくつと笑いながら言う。
「ヒルダは真面目な侯爵令嬢だな。何もサボれとか言っていないぞ?」
「はぁ」
「まぁヒルダらしいけど」
なお笑うアインに―――何だか呆気に取られた。
そんなに面白いかしら?
……いいえ特に面白くも無いわよ?
「意外と笑い上戸ですか?」
「いや?」
「…………」
いえいえ、そんなに笑っている姿、この一年そうそうお目にかかっていないですよアイン。
……最も、遭遇率の高い場面にやたらケインが絡んでいるけれど。何だか怒ったり呆れたりしている場面の方が多いわ。
「まぁ今はこれで大丈夫だろう。後は応用だな、こればかりは復習より経験のほうが重要だぞ?」
「経験、ですか?」
そうだよと言いながら確認を終えたアインの手が、すい、と一点を指し示す。
「何事も足下が覚束なければ積み上げるのは難しい。で、だ。本題はこいつ」
「……あら」
「こっちは先日近衛隊の方でやった『応急処置』。一目瞭然だろう?」
「ええと……」
なんとも言えず言葉を濁してしまった。
示された場所は公共の立看板だった。しかし注視すれば根本の辺りがちょっとぐらついている。……これ、腐っていない?
私の頬がひくついたからだろう、アインの方も苦笑いしながら付け足す。
「この処置、どうもケインが確認したところによると少し前に魔術師達の間で流行った『効率的』な修復方法らしくてな。魔力の扱いが不得手な者達にも簡単に扱えるというところが近衛隊などに広がっているらしい。だかな、使用をしていたら弊害が発覚した」
「弊害、ですか?」
「そう。どうもこの方法で修復した様々な箇所は『脆い』らしい―――こんな感じに」
再度示された看板に思わず顔をしかめてしまう。
「……確かにこれでは修復の意味が無いですね」
「だろう?」
一見何も問題が無さそうに見えたがこれでは逆に危険だわ。このままだといつ壊れてもおかしくないもの。たまたま人が通りかかった時に壊れたらきっと被害が大きくなってしまう。
「この『処置』、結構複雑そうに魔法構築されているんだ。見た目も派手だし最初はキチンと修復したように見える。だが最近は被害届が目に見えて増えていて、近衛なんかにも申し立てたんだが―――頭が固くてな」
「えぇ……?でもそれでは……」
「そう、困るのは一般市民だ。『我、乞う。伝わりしは―――礎なり』」
言いながら簡単な呪文を口ずさむ。腐敗しかけた看板の根本に魔術を唱えると―――私も知っている初級魔法。だけど力強く光るその力は一点に集まり、先程までの腐敗した部分をすっぽりと覆い、みるみるうちに修復していった。
「あ……」
「この魔法は初級だ。誰もが知っているし魔術を学ぶ者は最初に習得するだろう?だけどこういう使い方も『知っている』と『使いこなす』では大分違くなってくる」
「……はい」
「初級だけど使い方を知っていれば『たかが』も『されど』になるわけだ」
「………………」
すごく簡単に魔術を操ってみせたアイン。
……だけどこれ、使い方の発想が尋常じゃないわ。
あっという間に腐敗した部分は元の―――いいえ、新品よりなお頑丈そうに構築されていく。
―――お見事、としか出てこない。
「凄いです」
「構築自体は簡単だけれどな」
アインは苦笑いを浮かべているが、簡単な呪文を使いこなすことの意味を充分に実感出来る。
光が弱くなるとその看板は何事も無かったかのようにそこに存在していた。
「さて、ヒルダ?」
「はい」
「これを見て思うことは?」
「……基礎の、重要性ですか?」
「正解」
ぱちん、と指を慣らすと光は弾けて消えた。看板はまるで今建ったかのような新しさを持ってそこに在った。
―――正直、感嘆しか出ない。
「ヒルダ、俺は暫くこの件の調査に回ることになっている。ケインとエレンもな。この情況を見てどう思う?」
「……出来るだけ早急に。市民への被害が起こる前に対応をしないと……」
「そう。そこでだ」
ニッ、と。
まるで楽しいものを見つけたかのように無邪気に彼は笑った。
「この案件。ヒルダ、君が対処してみようか?ああ、大丈夫。フォローはちゃんとするから」
「………………は?」
何事でもないようにあっけらかんと言いますが。
え。
待って。
それって重要事項じゃないの?




