第二話 ガール・ミーツ・BICYCLE
第二話 ガール・ミーツ・BICYCLE
それは2年前、わたしが高校に入って少しした頃の話でした。
普通の家にうまれて、普通に中学を卒業し、そして普通に近所の高校へと通い始めたわたしは、高校生活を満喫していました。
新しい環境、新しい友だち。
何もかもがいたって普通。でも、普通であることは幸せであることだと思い、わたしは毎日学校で、普通に楽しく過ごしていました。
でもある日、わたしの普通は儚くも崩れ去ったのです。
いいえ、ある1つの強烈な存在によって破壊された、と言ってもいいのでしょう。それほどまでに彼女は強く、美しく、そしてなによりも熱い、熱い何かをわたしの中に残していったのです。
今日は、その日のことを話させてもらおうと思います。
あ、自己紹介がまだでしたね。
私の名前は中川ほど子、ほど子の“ほど”と言う字は漢字では火床、と書くそうです。火床とは囲炉裏の中央、火を炊く部分のことで、おばあちゃんが“みんなを温かく、幸せな気持ちに出来る子になってほしい”という願いを込め、名付けてくれました。
けれどもけども、実際のわたしと言えば至って普通。あまりの普通さに友逹からは“何もかもが程々のほどほど子”だなんて呼ばれてしまうこともあるので、ちょっと困ってしまうこともあったりします。
あ、でも、この名前が嫌いって言う訳じゃないんですよ? だって、おばあちゃんがつけてくれた大事な名前なんですから。
話がそれました。わたしの名前はさほど重要ではないです、ごめんなさい。
大事なのはわたしよりも彼女の名前です。
2年前のあの日に出会ったその人の名前は、集湊子。私と同じ学校に通う、3年生の先輩でした。
その時部活に入っておらず、そしてクラスも違えば学年も違う。そんなわたし達が出会ったのは通学路でのことです。
その日は日直の仕事があったため、わたしは少し早目の時間にママチャリで学校へと向かっていました。天気がすごく良かったのを覚えています。
うちから学校まではおおよそ3km。まあ、これも至って普通の距離なのだとおもいます。とにかく、わたしは学校へと向かっていました。
学校までの道はほぼ平坦なのですが、一箇所だけ、ポコリ、と言った感じの小さな丘があるので、そこを越えて行かなければいけません。
わたしは普段、その丘を自転車を降りて、押しながらゆっくりと登っていたのですが、その日はなんとなしに、いえ、きっと天気が良かったからなのでしょう。ママチャリに乗ったまま、ギコ、ギコ、と立ち漕ぎで登っていました。
制服のスカートをヒラリ、ヒラリとたなびかせながら、わたしはゆっくりと丘を登っていきます。
立ち漕ぎを始めてすぐに、あたしは後悔していました。
何がって、それはこの丘を自転車に乗ったまま登ることを、です。
だって、すごくしんどいんですよ、立ち漕ぎ。
ハンドルを軽く握りしめて、わたしはぴょーん、と、身体を跳ねさせるように右足を踏み込みます。すると、左足が上へと跳ね上がってくるので、こっちも同じように、ぴょーん、と、踏み込みます。すると右足が再び上に持ち上がってきて……。
と、こういう風に立ち漕ぎをしていたのですが、ぴょーん、ぴょーんというその動きはまるで、縄跳びで何回も連続で二重飛びをするようなもので、ひどく疲れるのです。
そうやって、丘の1/5ほどを登ったあたりで、あたしはもうクタクタになっていて、やっぱりここからでも自転車を押して登ろうかな、と、思い始めたその時です。
わたしの右隣を、やはりわたしのような立ち漕ぎで、同じ学校の制服を着た男の子が追い越して行きました。
うん、まあ仕方がありません。だったわたしは女の子で、その体力は男の子の体力には遠くおよばないのですから。
男の子はそのまま立ち漕ぎで、いつの間にか丘の中頃にまで到達していました。
ええ、まあそんなものですよね。男の子って元気ですもの。わたしみたいな普通の女の子では敵いません。
でも、でもです。わたしは、なんだかここで自転車から降りると負けなような気がしました。したんです。
だから、わたしは頑張りました。
頑張って、ぴょんぴょんと立ち漕ぎで、丘を登っていきます。
わたしが丘の半分まで登ったあたりで、男の子は丘の頂上まで後少し、と言ったところまで登っていました。さすが男の子、すごく速いです。
そしてその男の子は、わたしの後ろから突如現れた一人の女の子に、一瞬で、追いぬかされたのです。
すみません、興奮して色々とすっ飛ばしてしまいました。
男の子が頂上まであと少しといった所で、わたしは彼女、集先輩に追いぬかれたのです。
後ろ姿でもすぐに女の人だとわかったのは、多分先輩の身体のラインが凄く女性らしかったからだと思います。
青いヘルメットに青いジャージ、そして黒い自転車にまたがった彼女は、わたしや、わたしを追い抜いていった男の子のようなぴょこぴょこといった立ち漕ぎではなく、身体の軸がブレていない美しい立ち漕ぎて、車体を大きく左右に振りながら、ギュオン、ギュオンと、タイヤが地面に擦れる音を響かせながら、わたしを追い越したのです。
最初はその青いシルエットも相まって、突風が吹いたのかと思いました。
それが一人の自転車に乗った人間だと気がついたその時には、彼女はもう、わたしのだいぶ前を行っていた男の子すら追い抜いて、丘の頂上へと達していたのです。
美しい、と、思いました。
強烈な強さを、感じました。
そして、突風のような彼女は、わたしの心のなかに熱い、熱い何かを残していったのです。
そんな彼女に触発されたのか、わたしは丘の頂上まで、なんとか足をつかずに登ることに成功したのでした。
◆◆◆
数日後、わたしは学校から帰ろうと駐輪場から自転車を押して出てきた所で、あの日見た青いジャージの人を見つけました。恥ずかしながら、わたしはその時初めて、彼女が自分と同じ学校に通っている生徒だと知ったのです。
彼女の背中を見た瞬間、トクン、と、心臓が高鳴ったのを今でも覚えています。
声をかけずには居られませんでした。
だって、その人を見たあの日から、わたしの心のなかによくわからない、モヤモヤとした霧のようなものが漂っていたのですから。
あの日以来、わたしは毎日がんばって、立ち漕ぎで丘を越えて学校へ通っていました。
でも、わたしの心のなかに生まれたもやは、何時まで経っても晴れなかったのです。
だから、声をかけずには居られませんでした。
「あ、あのっ! 見てましたっ!!」
今思うと、他にもうちょっと言い用があったのではないかと思います。でもまあ過ぎたことを考えても仕方がありません。
わたしが声をかけた彼女はわたしの声に反応して、くるり、とこちらを向いてくれました。
わたしよりもちょっとだけ大人びた顔立ちと、そして高い身長。さらにはその短い髪の毛も相まって、その人はすごく格好良く見えました。なんというか、さっきとは別の意味で心臓がトクン、トクンと音を立てるほどに。
こちらを振り向いた彼女は、笑顔でわたしに返事をしてくれます。
「えっと、なにかな? 告白?」
こ、こくは……ええっ!?
い、いえ、そういう話ではないんです、と、ただ一言そういえばいいのにわたしは軽いパニックを起こして、両手を顔の前や横でパタパタと、よくわからない動きで動かします。
そんなわたしを見て彼女は苦笑いして、
「あれ? ごめん、自意識過剰だったみたいね」
そう言ってくれました。
で、でも、別に自意識過剰ではないと思うのです。だって、格好いいし。
そんなことを言うと、彼女はあはは、と、笑い、ありがとう、と、言ってくれました。
「それで、うちに何かお話?」
そう言われて、わたしは、はた、と、身体の動きを止めます。
あれ? そういえばなんで呼び止めたんだっけ?
勢いで呼び止めたものはいいものの、何を話すかは全く考えていなかったことに、今更ながら気が付きます。
「えっと……その……」
しどろもどろになるあたしを、その人は、いいよ、ゆっくりで、と言って、優しく見守ってくれます。
「えっと……えっと……」
わたしは必死に、自分の中から言葉を探します。けれど、普段普通に使っている言葉からはなかなかその言葉が見つかりません。
「その……あっと……」
しかし、いつまでも彼女を待たせているのは失礼だと思い、わたしはもう何も考えずに、口が動くに任せて言葉を放ちました。
「あ、あのっ! わたしもあなたみたいに格好良くなれますかっ!?」
◆◆◆
彼女、わたしよりも2つ上の先輩である集先輩は、わたしが先輩が自転車で丘を走っているのを見かけたこと。それからずっと丘を立ち漕ぎで頑張って登っていること。そして、先輩のことを格好いいと思ったこと。わたしのそんな話を、じっくりと聞いてくれました。
そして、今さっき、わたしの口から勢いに任せて飛び出した言葉。普通なわたしも先輩のように格好良くなれるのか、という言葉も、笑わずに聞いてくれたのです。
先輩はわたしに、うちが格好いいのかどうかはうちにはわからないけれど……と、言い、しかし、
「じゃあさ、あなたが格好良くなれるかどうか、確かめに行かない?」
そんなことを言ってくれたのです。
そして、その日はお互いの自己紹介と、メールアドレスの交換だけを行なって、次の日曜日、わたしは運動しやすいように、Tシャツとハーフパンツという軽装に身を包んで、いつも通学に使っているママチャリを傍らに、学校の前で湊子先輩を待っていました。
「おっ! 早いわね。やる気満々ね?」
そんな言葉とともに、湊子先輩はあの日と同じ、青いジャージに黒い自転車という出で立ちでわたしの前に現れました。
「それじゃあ行こっか」
そう軽く告げる先輩について、わたしは北のほうへと向かっていったのです。
先輩は、ママチャリで走るわたしのペースに合わせてゆっくりと走ってくれていました。
わたしに向けてなにか言葉を発するということもなかったのですが、その背中を見ているだけで、すごく安心出来ました。
そして20分ほど走った頃でしょうか、わたし達の目の前には延々と伸びる坂道、いえ、山道が現れていたのです。
「ここで、あなたが格好良くなれるかどうか確かめてあげる」
えっと、えっと、あの、先輩、それはどういうことなのでしょう?
「あなた、毎日あの丘を、ずっと立ち漕ぎで登っているのよね」
ええ、そりゃあまあ、確かにそう言いましたけど。
「じゃあ大丈夫、これぐらいの山簡単に登れるから」
「え、ええっ!?」
まさかそんな、と思い、わたしは目の前の山を眺めます。少し上の方では、先輩と同じなんだか本格的な自転車に乗って、本格的っぽい服装をした人たちがえっちらおっちらと、苦しそうに山を登っているのが見えます。
無理無理っ!絶対に無理っ!
こんなところを登る人たちって、毎日いっぱい走って練習してるんでしょ? 普通なわたしには絶対に無理です! 口にこそ出しませんでしたが、そう思いました。
でも、先輩はそんなわたしに、大丈夫よ、これ以上進めなくなったら足を止めて、そしてゆっくり休んでからゆっくり下に降りましょう、と、言ってくれ、さらに、
「一番上まで登れるから。そして、速く登れるから。だから格好いいんじゃないのよ?」
そんなことを言ったのです。速く登れるから格好いいわけじゃないって、それはどういう意味なのでしょう? わたしは、あの丘をものすごい勢いで登っていった先輩のことを格好いいと思ったのに……。
だからわたしは、先輩のそんな言葉の意味を確かめるために、この山を登ることを決めました。ちょっとだけ、自分にできるところまで、です。
◆◆◆
先輩はわたしが登り始める前に、わたしのママチャリのサドルを調整してくれました。
今までよりもすごく高くなったサドルにわたしはこわごわとまたがり、走りだします。
先輩はどんな魔法を使ったのか、サドルが高くなっただけなのに、いつものママチャリが羽のように軽く感じました。
先輩いわく、サドルが高いほうが足の力を使いやすいのよ、とのことだそうです。サドルの高さ1つとっても、すごく大事なんですね。
その山は、わたしがいつも登っている丘と同じぐらいの傾斜でした。わたしは立ち漕ぎで、坂道を登り始めようとします。
と、先輩に肩を叩かれました。先輩は、座ったまま登りなさい。と言います。なぜなら、立ち漕ぎは体力を大きく消耗するので、ゆっくりと坂道を登るのには適さないのだとのことです。
なるほど、と、思いました。そして、今のこの脚の軽さなら、立ち漕ぎをしなくてもあの丘ぐらいは登れるのではないか、とも。
だから、わたしは先輩の言葉に従って、ギィ、ギィ、と、チェーンの音を響かせながら山を登り始めました。
先輩はあたしの後ろから、急かすわけでもなくゆっくりと付いて来てくれます。
「ほどほどのペースでいいからね」
普段あまり好きでない、ほどほど、という言葉に安心したのは、これが初めてかもしれません。
◆◆◆
山を登り始めてどれぐらいがたったでしょうか?
5分? 10分? それとも30分?
わたしはまだまだ、山の中腹にすらたどり着いていませんでした。
顔中をダラダラと汗が伝います。
心臓はバクバクと激しい音を奏でています。
でも、わたしはまだ、地面に足をつけていません。
だって、だって、止まろうとするその度に、後ろからわたしを追い抜いていく見知らぬ人たちが“がんばれ”だの、“まだまだいけるぞっ!”だの、そんな言葉を残していくんですから。
彼らだってすごい苦しそうに登っているのに、見ず知らずのわたしに対してそんな言葉を投げかけていってくれます。
だから、わたしはまだ地面に足をついていません。つけていません。
「ほら、スポーツドリンク。飲まないと足が止まるわよ」
そう言って湊子先輩が飲み物の入ったボトルをわたしに差し出してくれ、そして、少し迷ったような仕草を見せてから、その飲み口をわたしの口元へと寄せてくれました。
わたしは飲み口にかぶりつき、チューチューとその中身を吸い出します。先輩は、そんなわたしが少しでも飲み物を飲みやすいようにと、ボトルを強く握ってその中身をわたしの口の中へと送り込んでくれました。
◆◆◆
ようやく、半分と少しの位置まで来ました。
少し傾斜のゆるくなっている所で脚の力をゆるめ、ちょっとだけですが脚を休ませます。先輩が言っていたように、ほどほど。ほどほどの力で登らなければ、山頂まではたどり着けないと、今はもうはっきりとわかっていたからです。
脚を緩めると、あたりを見渡す余裕が出て来ました。なので、わたしは上……を見ると、これからの道のりを想像して足がすくんでしまうので、下を見ることにしました。
木々が少なく、この高さからでも大阪の町並みが一望出来ます。
わたしの住む柏原市も見えますし、学校のあるあたりも見えます。
更に遠く、大阪市内の方も見えますし、小さく見えるあれは通天閣でしょうか? そしてそのさらに向こうには、キラキラと太陽光を反射する青い海までが見えるのです。
不意に、わたしは景色ばかりを見ていたので身体をよろけさせてしまいました。
このままでは転けてしまう、そう思った時、横に先輩が並んで、わたしの体を支えてくれました。
「こらこら、景色が綺麗なのは分かるけれど、走りながらずっと見てたら今みたいにこけちゃうわよ。それに、頂上からの景色はもっと綺麗なんだからね」
頂上、そうか、頂上まで行けばもっと綺麗なんだ。
その時、あの日以来わたしの胸の中にとどまり続けていた熱い何かがポッと弾け、それは小さな炎となりました。
その炎はみるみる間に大きくなり、わたしの全身を熱く、熱くしていきます。
そして、前を向き直し、大きく息を吐いたあたしは先輩に言いました。
「先輩、わたし、このまま頂上まで登ってみたいです」
◆◆◆
頂上まで登ってみたい、と言ったあたしに、先輩は“それはあなた次第よ”と言いました。そして先輩は重ねて言います。
「登り切りたいのなら、それは脚の強さとかそういうのよりも、あなたの気持ちの強さ次第よ。だから、うちはここから、ほど子ちゃんのその気持ちが、少しでも強くあり続けられるように、あなたを応援することしか出来ないわ」
気持ちの強さ、先輩はそう言いました。
そして今、わたしの胸の中では大きな炎が燃えています。
「だから、わたしは登り切ります。絶対に」
荒い呼吸とともにそういったわたしに、先輩は笑顔で応えてくれました。
◆◆◆
段々と空が近づいてきます。
同時に、疲労によって頭がクラクラしてきます。
でも、わたしはペダルを踏むことをやめません。
登り続けることをやめません。
先輩と、それと自分も苦しいのに、追い越し際にわたしを応援してくれた沢山の人達。
そして何よりも、自分の中で燃えている何かに突き動かされて。
わたしはペダルを踏み続けました。
山頂は、もうすぐそこです。
◆◆◆
ついに、ついに、ついに。わたしは果てしないとも思えた登り坂を登りきりました。
はぁ、はぁ、と、荒い息をつき、そして身体中に力が入らなくなって、わたしはその場に、自転車とともに崩れ落ちます。
お疲れ様、と、いつの間にか先回りしていた先輩が、わたしに冷たく冷えたスポーツドリンクを差し出してくれました。そして先輩はわたしの自転車をじゃまにならない場所にまで移動してから、わたしが起き上がることが出来るように肩を貸してくれます。
そしてようやく、顔を前に上げることのできたわたしは、わぁ、と、声を上げて感動しました。
眼下には大阪の町だけではなく、その向こうの神戸までを眺めることが出来ました。
青い空と、青い海。そしてそれらにアクセントを加える白い雲。
遠くに見えるあのキラキラとした何かは、明石海峡大橋でしょうか?
とすると、そのさらに向こうに小さく見えるのが淡路島?
まさか、そんな遠くまで見渡すことが出来るとは思っていなかったわたしは感動して、そしてポロポロと涙をこぼしてしまいました。
「よく頑張ったね」
先輩はそう言って、わたしの頭を優しく撫でてくれます。
そして、先輩は続けて言うのです。
「ほど子ちゃん、あなた、格好良くなりたいって言ったわよね?」
ええ、言いました。先輩みたいに格好良くなりたいって。
「じゃあさ、この写真に映っているほど子ちゃんは、格好いいかしら?」
そう言って、先輩は携帯電話の画面をわたしに向かって差し出します。
その画面に写っていたのは、いつのまにか撮られたわたしの写真です。
空と、海と、そして果てしない坂道を背景に写っているわたし。
一生懸命に坂道を登っているわたしの写真は、なんだか誇らしくて、いつもより少しだけ、少しだけですけど、格好良く映っているように見えたのでした。
◆◆◆
あれから2年がたちました。
わたしは家族や親戚から、入学祝いにともらったお金を使って、先輩と同じような自転車、ロードバイクを買い、日々走り続けています。
友逹からは、フツーが取り柄のほどほどがフツーじゃなくなった、などと失礼なことを言われましたが、気にしません。だって、いまのわたしはロードバイクに夢中なのですから。
レースにも出ました。
先輩と一緒に走った初めてのレースは、鈴鹿サーキットを時間内に何週できるか、という、いわゆるエンデューロレースというものでした。
わたしは頑張って、頑張って、頑張って、先輩について行き、一緒にゴールすることが出来ました。思えばあの時の先輩は、わたしに合わせたペースで走っていたのだと思います。でも、それでもわたしは嬉しかったのです。
わたしと先輩は、部活も立ち上げました。
わずか二人だけ、そして先輩が卒業してしまうまでのほんの少しの間ではありますが、わたしたちは学校公認で、日々練習に励み、少しでも速くなるために切磋琢磨していました。
やがて先輩は卒業し、新入部員獲得も叶わず。1年間、わたしは一人で部活を行なっていました。
そしてこの4月、たった一人きりの自転車部に新しい部員が増えました。
彼女の名前は、大空空ちゃん。
我が部の期待のルーキーです。