第七話 ウィナー
第七話 ウィナー
その日のレース展開は、ボクにとってはすごく走りやすいもの、でした。
スタート前におっぱいさんに言われた通り、ボクは序盤からおっぱいさんの後ろにただついていくだけ。平坦では全く脚を使わずに済み、そして上りに入ってからも目の前におっぱいさんのおっきなお尻という、絶妙なペーサーがいた事で、ペースをほとんど乱さず、無駄な脚力を使わずに済んだです。
でも、そのおっぱいさんは今、僕の目の前で倒れようとしてて。
でも、ボクはそれに手を貸すことは許されなくて。
だって、おっぱいさんは言ったのだ。
“行って”と。
だからボクは行かないとダメ、なのです。
そして、あの先輩に勝たなければいけない、です。
だから。だから。だから。
ボクは倒れて行くおっぱいさんを横目に、ダンシングで、今まで溜め込んでいた脚力をすべて使ったアタックを仕掛けるです。
それが、アシストに勝利を託された者の役目だから、です。
◆◆◆
先輩はおっぱいさんの度重なるアタックで披露しているのか、15%区間に入ってから目に見えてペースが落ちたです。
だからボクは、その隙を突いて、ダンシングを使って、短い15%区間を駆け登るっ、ですっ!
腰を上げ、上半身を使って身体をがっしりと固定して、ハンドルは振らず、ボクは脚の回転数を上げていくですっ。
倒れつつあるおっぱいさんをパスして、そしてその3メートル先、ボクと同じジャージを着たその背中。
今までだったら、いや、今でも、一対一でやりあったらその背中にボクは届かなかった、です。
でも今日は、今日だけは、おっぱいさんの献身的、いえ、犠牲的と言えるほどの全てを投げ打ったアシストで、ボクはその背中を射程圏内に捉えているです。
「うっ……」
だけれど、だけど、先輩はやはり強い、です。
ボクの気配を背後に感じ取った先輩は、もう体中のエネルギーがすっからかんであるはずなのに、再び腰を上げて、そして筋肉の膨張により体を一回り以上大きくさせて、ダンシングで激坂を駆け上がっていきます。
詰まりつつあった距離が、あと30cmというところで詰まらなくなった、です。
コースは残り200mほどの激坂区間と、そして最後に曲がりくねった平坦路。
平坦路は幅も狭く、曲がりくねっているせいで視界も悪いので、そこで前に出るという作戦は危険、です。
じゃあどうすればいいか。です。
決まっているです。
ボクはここで前に出るしかない、です。
だから、ボクは回転数が上がりきったダンシングの状態から一つ、ギアを上げたです!
コンッ
小気味よい音が響いて、だけれどその音とは反対に、ボクの身体にかかる負荷が大きくなるです。
激坂区間は残り150m。
ボクは、
今までため込んできたものをすべて吐き出すために、
受け取った思いを胸に抱いて、
この激坂区間の終わりをゴールだと思って、
叫んだ、です。
「あああああああああああああああぁぁぁぁぁッ!!!!」
叫ぶと同時、ボクの身体の中でもガチャリ、と、ギアが一段重いものに入れ替わった感覚があるです。
これがボクの最後のギア《トップギア》、これがボクのすべてを振り絞った、全力。
ギアが上がったことにより落ちたケイデンスが、叫びとともに再び同じ領域、いや、それ以上にまで上がる。
ボクは先輩と並び、そして先輩の苦しそうな顔を横目で確認して、そして激坂区間の中間、ついにトップへと躍り出たです。
先頭の景色、前に誰もいないそれはすごく心細いものに見え、そして後ろから追ってくる先輩のプレッシャーに身体が震える。
だからどうした。
ボクは最後に4度、ハンドルを大きく振って加速を完了し、そしてサドルへと腰を下ろす。
先輩の気配はボクの真後ろにぴったりとくっついている。きっと、先輩はきっとまだあきらめていない、です。
きっともうアタックをかける力も残っていないけど、それでもボクが少しでも隙を見せたら、ボクなんてとたんにやられてしまう、です。
だったら、ここからは根競べ。
ボクは隙を見せないように、このままずっと先輩の前で、ゴールにまで飛び込むだけです。
腰を下ろしたことによって上半身が解放され、その分だけ心臓に余裕ができる。
ボクは余裕ができた心臓に、血液を脚へと送り込むように命令を送ったです。
上半身でガッチリと固定したハンドルと、そしてシッティングに移行しても回転数が、速度が落ちないボクの全力のクライミング。
喉の奥からはヒューッ、ヒューッっと、呼吸に合わせてよくわからない音が響いてくる。
脚が乳酸でパンパンに張って、今すぐ動きを止めろと警告を送ってくる。
後ろからは先輩の自転車のチェーンが軋む、ギシギシという音。
ボクはそれらすべてを振り切るかのように、ペダルを回し続けるです。
そして、ついに見えた。カーブを曲がった50m先に、激坂の終わりが。
反応は先輩のほうが早かったです。
既に身体中ガクガクで、それでもまだ使える筋肉を総動員してダンシングでボクを抜きにかかる先輩。
ボクはそれに、更に回転数を上げることで応じた、です。
先輩はボクの隣に並び、追い抜こうとし、でもボクはそれを引きはがそうと必死でペダルを回し、再び先輩がボクの後ろへと遅れそうになり、でも先輩は必至で食いついてきて……。
気が付くと激坂区間も終わり、ボク達は最後の曲がりくねった平坦路を横並びで、走っていたです。
道路の幅は自転車二台がぎりぎり通れる程度。ボク達は右へ左へとカーブを曲がるたびに引き離され、そしてまた追いついて。
そしてボクは覚えている。次のカーブを抜けたら最後の100mの直線、その終わりがゴールだと。
だから、ボクはカーブを抜けると同時にギアを2枚上げる。
ガンッ、と、脚への負荷が大きくなる。
それを、ボクはただ、先輩に負けたくないから、全力で踏み抜いた。
自分でもどこにこんな力が残っていたのかと思うような、はじけるような加速。
でも、先輩も同じように加速してきて、
僕らは横一直線にゴールに向かって突き進んで、
最後、僕ら二人は最後に、少しでもゴールに早く飛び込むために、上半身でホールドしていたハンドルを、思いっきり、ゴールへと突き出した、です。
◆◆◆
激坂区間に入った途端に倒れたあたしは、スタッフによって無事保護された。
ちょっとだけ、身体に擦り傷ができたけれど、頭を打ったということもないし、まあ本当に、これぐらいの怪我で済んで幸いというものだろう。
リタイアするか、今からでもゴールまで走るかと聞かれたので、あたしは走るほうを選ぶ。もう身体中ガクガクだけれど、まあここまで来たら登り切りたいじゃないか。
ゆっくりと、試走のときよりも何倍も遅いペースであたしは山を、再びのぼり始める。
勝負の行方はどうなっただろうか?
空ちゃんは、勝つことができたのだろうか?
はやる気持ちに、しかし身体はついてくることが出来なくて、ゆるゆると、フラフラと、あたしは山を登り続ける。
◆◆◆
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
「ゼエ……ゼエ……ゼエ……」
あたしがほかの走者達に追い越されながら、それでもなんとかゴール地点までたどり着いたとき、二人はまだ呼吸を整えきることが出来ず、ゴール地点から少し移動した広場で倒れたままであった。
「えっと、二人とも大丈夫……?」
そんな問いかけにも帰ってくるのは荒い呼吸ばかり。よっぽど激しい戦いをしたのだろう。
「まあいいんだけどさ。ところで、結局どっちが勝ったの?」
聞くも、二人は倒れたままお互いを指さすだけ。いや、どっちなのさ。
「はぁ。わかったよ、リザルトの発表までおあずけってことだね」
そう言って、あたしは二人の隣に腰を下ろす。
曇っていた空は、その雲の数を減らしだんだんと綺麗な晴れ空へと変貌してく。
山の上だからか、空気も冷たく、気持ちがよい。
「それにしても、今日は疲れたねー」
誰にともなくつぶやく。と、隣から返事が返ってきた。
「疲れましたけど、走行距離が足りていないのでもうちょっと、走らないとだめですねえ」
「「えっ!?」」
あたしと、ガバリと起き上った空ちゃんがその発言の出所、ほど子ちゃんへと視線を送る。
彼女はゆっくりと起き上ってから口を開く。
「あ、いえ、走ると言っても身体に貯まった乳酸を抜くために、ゆっくりとですよ?」
「クールダウン、です」
「あ、ああ、そういう意味か、びっくりしたあ」
胸に手をあて、ホッと一安心……
「ここからとりあえず、吉野川を経由して金剛山ですね」
って、うん?
「え? え? クールダウンなのに山を登るの?」
「いえ、まあ、山を越えないと大阪側には帰り着きませんし……」
「いや、まあ、そうなんだけどさ……」
「ぼ、ボクは遠回りしてでも平坦な道を走るほうがいい、です……」
「というか、山を登るにしても、ここからだと最短ルートは金剛山じゃなくて水越峠だよね!? 金剛山だと遠回りしてるよね!?」
「あ、あはは。だって、吉野のほうとか景色が綺麗じゃないですか」
「ボクもそうだとはおもうです……ですけど……」
「あ、あはは……」
ついさっきまであたしと、そして空ちゃんと激しい戦いを繰り広げていたのに、ほど子ちゃんのこのやる気はなんなのだろう? こういうのが速くなれる人の資質なのだろうか?
そう思い悩むあたしを尻目に、ほど子ちゃんは空ちゃんと、帰り際にどこを経由して帰るかでわいわいと、お互いが無理なく走れるルートの摺合せを行っている。
「って、ん? あれ?」
ここで、あたしは一つの事実に気が付いた。
空ちゃんが、ほど子ちゃんと普通に話をしている。
「そっか」
空ちゃん、今回のレースで自信をつけて、ほど子ちゃんと普通に話せるようになったんだ。だとしたら、あたしも必死に頑張った甲斐があるというものだ。
詳しいこととか、順位とか、わからないことはいっぱいあるけど……まあ、空ちゃんとほど子ちゃんの間のわだかまりが解消された。
それだけわかれば十分である。
「あー、疲れた」
安心したからか、レースの疲れが一気に出てきた。あたしは空ちゃんとほど子ちゃんの隣にバタリ、と倒れ、空を見上げる。
ほど子ちゃんと空ちゃんは未だ、帰りのルートのすり合わせをしているが、どうやら吉野経由で帰ることは決定したようである。
「どうせ吉野の方に行くならさ、何か美味しいもの食べて帰りたいなー」
せっかくなのでそんなことを言ってみる。
「吉野って、なにか美味しいものがある……です?」
「そういえば、奈良に美味いものなしっていうよねー……」
「い、いえ、色々ありますから! これからだと鮎とかもありますし!!」
「インパクトに欠けるよねー」
「です。ボクはまだまだ若いのでお肉系のほうが」
「えっと……だったら……その……イノシシ……とか……?」
「……ほど子ちゃんっておとなしそうな見た目の割にワイルドだよね」
「です。でもボクは、ほど子先輩のそういうところが好き、です」
そう言って空ちゃんはほど子ちゃんへと抱きつく。
「えっ……わっ……そ、空ちゃん……そんな急に……!?」
急に抱きつかれたほど子ちゃんはじたばたと両手を振り回し、しかし空ちゃんの体重を支えきれずに再び地面へと大の字になる。うんうん、百合百合しいかな。
空ちゃんがとられたみたいでちょっと寂しいけれどそれはまあ、仕方がないだろう。でも、
「でも、表情がわかりづらいしアイウェアぐらいは外したほうがいいと思うなあ」
そんな呟きは誰に拾われることもなく、ただただ春の空へと霧散していったのであった。
◆◆◆
レースが全て終了し、無事下山をしたボク達は本部脇のテント前に出来ている人混みの間から、なんとかして柱に貼り付けられたリザルト表を確認しようと四苦八苦していたです。
「ほ……ほど子ちゃん……見える……?」
背伸びしているのか、いつもより高い位置から聞こえてきた彼方の声はプルプルと震えているです。
「い、いえ……わたしからは……ちょっと……」
ほど子先輩は、リザルト前に群がっている男の人達に潰されそうになっているのか、返答の声はくぐもったような妙な声だったです。
「やれやれ、です」
どうやらここは小柄な、不本意ながらもあまり成長していない身体を持つボクの出番です。
ボクは身体を屈め、男の人達の足の間を縫うようにして最前列へと移動する、です。
そしてレースのリザルトを見た瞬間、
「ひぁっ!?」
そんな、ちょっとだけ変な叫び声が出てしまったです。
「どうしたの空ちゃん! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫、です」
心配して声をかけてくれた彼方に、無事であることだけを告げ、もう一度、今度は片目でそっと、レースのリザルト表を見る。ズラッと、クラス別の順位とタイムが書いてあるリザルト表を、上からザッと、確認していく。
総合順位……違う、流石に男の人には叶わない。
男子U―23……違う。
男子エリート……これも違う。
男子マスター……これもボク達には関係ないです。
そして更に視線を下に移動させて、あった、女子総合順位である。
目を細めて、チラリ、と、順位を盗み見るかのように確認する。
そして、そこに書いてあった順位を見た瞬間、ボクの目は大きく見開かれて……
◆◆◆
今、壇上には3人の少女が立っている。空ちゃんと、ほど子ちゃんと、そしてオレンジのジャージを着た女の子であった。当然ながら、一度地に足をつき、多数のレーサーに追い抜かされ行ったあたしはそこに上がることは出来ない。
そう、そこは表彰台、その日強かった、わずか3名のみが上がることを許された舞台なのである。
《それでは本日最初の表彰はこちら、見目麗しい少女達が表彰台を独占した女性クラス。まずは第三位からの表彰となります》
壇上に立つハスキーな女性の声が司会進行を務めているようで、表彰台の右端、“3”と書かれた上に立つオレンジのジャージの女の子に、表彰状と、トロフィーと、そして副賞の柿の葉寿司(奈良県名物らしい)が渡される。女の子は照れくさそうにそれらを受け取ってから、それらを両手で掲げ、入賞の喜びを全身で表現している。
パチパチパチ、と、拍手が起こる。それはあたし達、今日彼女と戦った選手達からの、そして観戦に来ていた人達からのものである。
女の子はそれに一礼して応え、司会の女の人はそれを確認してから、次の入賞者の表彰へと移る。
《さて、続いて2位に入ったのは関西のロードレースファンなら既にお馴染み! おとなしい顔をしながらも、出るレース出るレースで激しいアタックを仕掛けてくる、勝利に対する激しい執念を持つ少女! ☓☓高校自転車部部長! 中川ほど子だあっ!!》
そんな大げさな紹介に、レーサージャージの上から更に、黒の長袖ジャージを一枚羽織ったほど子ちゃんが笑顔で応じる。
途端、わっ、と、先ほどとは比べ物にならない大きな歓声が起こる。中にはほど子ちゃんの名前を叫んでいる男の人とかも居る。うーん、今更だけど、ほど子ちゃんってそんなに有名なのか……。
そんなふうにあっけにとられるあたしを尻目に、ほど子ちゃんにも先ほどの選手と同じように、表彰状と、トロフィーと、やっぱり柿の葉寿司が送られる。
ほど子ちゃんはそれらを胸の前で持ち、そしてニッコリと微笑んで、ありがとうございます、という言葉とともに一礼する。ここで再び会場は沸いた。
司会のお姉さんは会場が静まり返るのを待ち、そして最期の一人、今日の優勝者の紹介に入った。
《そしてっ! 今日最も強かったのはこの選手!! 誰もが予想した中川ほど子の優勝、それを強引に! 力で奪い取った小さき勇者!! 大型ルーキーの誕生!! その名は大空!! 大空空選手!! 優勝おめでとうございます!!》
わーっ! と、今日一番の歓声が起こった。ほど子ちゃんも、他の選手達も大きな拍手で空ちゃんを祝福する。
祝福されている空ちゃん本人はというと、誇らしげな、でもちょっと困ったような顔で、それでもしっかりと表彰台に立ち、歓声を受け止めている。
やった、やったね。
心から嬉しいと思った。
でも、そんな風に思うと同時に、あたしの心臓が、既にレースは終わったというのに、ドクン、ドクンと、再び、力強いビートを刻み始める。
「惜しかったな、彼方」
いつの間にか、あたしの側には山から下ってきた父と母が並んで立っていた。
「かなちゃん、格好良かったわよ」
あたしはそんな二人の言葉に、ただ、頷きだけで返す。
視線を、空ちゃんから外すことが出来なかった。
空ちゃんは他の二人と同様に、トロフィーと、表彰状と、そして副賞を受け取ってから、
《それでは、チャンピオンジャージの授与となります!》
黒地に赤いラインで、在りし日の高取城のイラストが施されたチャンピオンジャージに袖を通す。そして、ジッパーを引き上げてから、改めて、空ちゃんは両腕を空に向かって高く掲げ、今日の勝利の味を噛み締めるかのようにグッと、力を込める。
フラッシュの光が何度も瞬く。
あたしも、いつかあたしも表彰台に……。
その日、そんな思いがあたしの胸に灯ったのである。
◆◆◆
表彰式後、流石に荷物を背負ったまま走るというのはしんどいものがあるので、あたし達はお父さんの車に、各々の荷物を詰め込んでいた……って、
「ちょっとほど子ちゃんの荷物大き過ぎない!?」
「あ、あはは……」
そう、ほど子ちゃんの荷物はかなり大きな登山バッグに詰め込まれており、その中身は予備のチューブはもちろんのこと、予備のタイヤに予備のボトル、更には予備のシューズまでつめ込まれていた。
「これは……工具がギッシリです……」
「えっと、その、わたしったら不安症で……あはは……」
「ほど子先輩、いくらなんでもこれは詰め込み過ぎです」
「あはは……」
うーん、ひょっとして空ちゃんの勝利って、あたしのアシストがあったからではなく、ほど子ちゃんがこれだけの重さのリュックを背負って移動してきたから疲れていたとか、そういうオチなんじゃ……まさかね。
とりあえず、あたしたちはほど子ちゃんの荷物を車のトランクに入れ、続いてあたしの荷物、そして空ちゃんの荷物を積み込んでいく。
と、空ちゃんが不意に、自分の荷物からあるものを取り出した。
「…………」
空ちゃんが無言で見つめるそれは、さっきもらったチャンピオンジャージ。今日の王者の証である。
数秒、チャンピオンジャージを無言で見つめていた空ちゃんは、後ろに立つあたしに、それを後ろ手でつきだした。
「もらって欲しい、です」
うん? 今なんて? もらって欲しい?
「って、ええっ!? だめだよ空ちゃん!! それは今日空ちゃんが勝った、初勝利の証なんだからっ!!」
「それでも、もらって欲しい、です。 だって、今日勝てたのは……」
そう言って、再びグッと突き出されるジャージを、しかしあたしは両手で、やんわりと押し返す。
「ねえ、空ちゃん」
「なん……です……?」
空ちゃんはトランクの方を向いているため、その表情はわからない。でも、あたしは構わずに言葉を続ける。
「もし空ちゃんが、今日空ちゃんが勝てたのはあたしのアシストのおかげ、だなんて思ってるのならそれは大間違いだよ」
「そ、そんなことはないですっ! だって、だってボクは最初からずっと引っ張ってもらってて……っ!!」
「違うよ、空ちゃん」
こっちを振り向いてそういう空ちゃんに、首を横に振って答え。ね、と、横に立つほど子ちゃんにそう言うと、彼女は小さく頷き返してくれる。
だから、あたしは言葉を続ける。
「今日空ちゃんが勝てたのは、空ちゃんの“勝ちたい”って気持ちが誰よりも強かったから。だから、空ちゃんは前に出ることを我慢して、勝負どころまであたしの後ろで脚を蓄えることが出来たんだし、最期はほど子ちゃんに競り勝つことが出来たの。だよね、ほど子ちゃん」
「ええ。空ちゃん、今日はあなたが一番強かった。もちろん、彼方さんもすごく強くてびっくりしちゃったんだけど」
「あはは、照れるな。でね、改めておめでとう、空ちゃん」
空ちゃんは、あたし達のそんな言葉に、あたしに対する気持ちの行き場をなくしてしまったのか、その顔を嬉しいような、悔しいような、そんな複雑な表情でくしゃくしゃにしてしまう。
うーん、こんな顔をさせてしまうだなんて、素直にジャージを受け取っておいたほうが良かったんだろうか? でも、今日の勝ちは空ちゃんの実力によるもの。それは間違いないのだ。
そして空ちゃんは再び、あたしたちから顔を背け、リュックサックの中にジャージを無理やり押し込んでから、あたしたちと目を合わさないように振り返って、バッと自転車へとまたがる。
「さ、先に行く、です」
後ろ姿でそういった空ちゃんはそのまま急発進、軽やかなダンシングで駐車場から出て行ってしまう。
「って、早く追いかけないと!?」
「え、ええっ!」
慌てて自転車に飛び乗るあたしとほど子ちゃん。
その時、通りから大きな声が聞こえてきた。それは言うまでもなく空ちゃんの声で、
「彼方―っ!! ありがとうっ!! ですっ!!」
そんな、不器用な空ちゃんらしい、そんな感謝の言葉を受けて、あたしとほど子ちゃんは顔を見合わせ、クスクス、と、笑ったのであった。




