『レディール・ファシズのとあるお伽噺』
昔々、ある所にそれはそれは美しい少女がおりました。
大きな濡れたような青い瞳に、くるくるとした艶やかな銀色の巻き髪、いつでも紅を引いたような唇、血色のよい頬。また、少女が生まれた日には、村中の薔薇が一斉に咲き、そのためか少女からは常に薔薇の香りがするのです。
すくすくと愛くるしく美しく育った少女は常に明るく笑顔で、周囲の人々を何もせずとも幸せな気持ちにさせておりました。
そんな少女をとある一対の瞳が見つめておりました。
ですが、その瞳の持ち主は決して少女に近づくことは勿論、その姿も視線も誰にも見つからないようにしておりました。
何故ならその瞳の持ち主は怪物だったのです。
怪物に名はありません。その体は大きく、毛が斑に生え、その他は爛れたように赤く、爪も牙も長く、瞳は血のような赤でした。人々は怪物を見ただけで、いつだって恐怖で逃げてしまいます。
ですから怪物の心は本当は優しく、人間を傷つける気など毛頭なかったのですが、自分の姿で誰かを怖がらせるのも本意ではなかったので、怪物はいつも人間がやってこないような森の奥で、一匹でひっそりと暮らしておりました。
そんな怪物でありましたが、ある日、住んでいる森で花を摘んでいた少女を見た瞬間に心を奪われてしまったのです。
本当は少女と会って話して笑いかけて欲しいと怪物は思います。ですが、自分が出て行ったところで、少女が怖がり泣き叫ぶことは容易に想像ができました。
ですから、怪物はただただ息をひそめて少女を見つめる事しかできなかったのです。
そんな日々が続いたある日のこと、少女は病魔に侵されてしまいます。
その病気は難しい病気で治る可能性はほとんどなく、少女が日に日に弱り、死へと近づいていく姿に何もできないまま人々は心を痛め、さめざめと泣き悲しみました。
怪物も全く同じ気持ちでしたが、彼にもできることは何一つなく、ただ、奇跡を祈り続けるしかありませんでした。
しかし、少女の家の近くまできた旅人が驚くべき情報を人々に与えます。
それは『魔物の心臓を与えれば永遠の命が与えられる』というおとぎ話のような伝説。
普通ならば笑い話のような話ですが、少女を助けたい一心で藁にでも縋りたい人々は、その伝説を信じ、近くの森にいるという魔物の心臓をとりに行くことにしたのです。
その魔物とは、まさしく少女を愛する怪物のことでした。
怪物はいつも静かな森に物々しい人間たちがやってきて驚きましたが、彼らが少女の命のために自分を殺しにやってきたと知ると、どうしたらいいか分からなくなりました。
少女には勿論生きていて欲しいという気持ちはあります。ですが、自分の心臓を与えた所で、少女が助かるかなど怪物は全く分かりませんでした。
しかし、人々はそれを信じ、何が何でも怪物を捕まえ殺そうとするでしょう。
怪物はその外見に似合った、人間が束になってもかなうはずもない力を持っておりましたが、少女を助けたいと願う気持ちだけのために怪物と戦おうとする人間を傷つけたくないとも思いました。
―――ザ、ザ、ザ
怪物のねぐらに少しずつ近づいてくる人間たちの気配。考えがまとまらず、追い詰められていく怪物。この森から出たことのない怪物には逃げる場所もありません。
人間を力で追い払うか、このまま人間に殺されるか…怪物は苦しみ悩みます。
そんな怪物の脳裏に花を摘んで微笑む少女の姿が浮かびました。
(もし、本当に自分の命で少女が助かるのであれば―――)
どうせ、生きていた所で少女と会えることも一生なく、一人寂しく生きていくしかないと考えた怪物は、自分の命で少女が助かるのであればと殺されることを決断します。
かくして、ついに人間たちにねぐらを取り囲まれ、何一つ抵抗という抵抗をしないまま、怪物は人間たちによって傷つけられ、最後には魔物の心臓の事を話した旅人の一撃によって絶命しました。
人間たちはその恐ろしい外見からは想像できないほど、あっけなく倒すことができた怪物を不思議に思いつつも、これで少女を助けることができると心臓を取り出すと、怪物の死体を森にそのままにして少女が待つ村へと帰って行ったのでした。
そして、旅人の言葉通り病床の少女に怪物の心臓を煎じた薬を飲ませると、何とたちどころに少女は元気になったのです。
人々は喜び、旅人は皆に感謝されました。
そして、少女もまた自分を助ける情報と、また、勇敢に魔物と戦ってくれた旅人に深く感謝し、彼に好意を寄せるようになりました。
時がたち二人は結婚。その後、幸せに暮らしたという事です。
ただ一つ、不思議なことに病気になる前の少女は青い瞳をしていましが、病気が治った後は何故だか瞳の色が赤く変わったのです。
そして、少女と旅人の間に生まれた娘も少女と同じ銀の髪と赤い瞳をしておりました。
いつかどこかで本編と繋がるかもしれないお伽噺。