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第四章‐勝利の再設計‐アメリカ編

  アメリカ・コロラド州・強化施設「ザ・ヴォルト」

アメリカ代表チーム。帰国後、強化施設のミーティングルーム。

 ヘッドコーチ・マッケンジーの言葉は非情だった。

「このチームは今日、この瞬間をもって解体する。敗者に居場所はない。全員、代表ウェアを脱げ」

「ふざけるな!」エースのジャックスが真っ先に吠える。

「俺達は2番目に速かったんだ。必要なのは微調整だろ!」

「勘違いするな」マッケンジーが遮る。

「個々の速さなどどうでもいい。リレーという構造そのもので日本に負けていたんだ。お前たちはただの『速い4人の生物』に過ぎない」


 解体から三週間。ジャックスは一人、静まり返ったプールにいた。

隣のレーンには誰もいない。繋ぐ相手も、託してくれる熱量もない。

(俺が、あと0.5秒速ければ勝てたはずだ)

 意地で叩き出したタイムはUSF決勝時を上回る。しかし、どれほど加速しても、あの時背中に感じたミナトの圧倒的な圧迫感を越えられない。水面を掴んでいるはずが、自分だけが浮いているような、空虚な速さ。

「……結局、速い奴が勝つ。それだけだろ」

吐き捨てた言葉は、静かすぎるプールに虚しく消えた。

 ――数日後。ジャックスの元に「米国アクア連盟」から「再選考トライアル」の通知が届く。


 招集された「再選考トライアル」のメンバーの中には知らない奴もいるがかつての仲間もいた。だが今となっては敵だ。

 列の端では、かつてジャックスにアンカーの座を奪われた実力者が、剥き出しの敵意を込めて彼を睨みつけていた。

「選ぶ基準はタイムだ」

マッケンジーの言葉にジャックスは不敵に笑う。それなら話は早い。

号砲と共に、彼は誰よりも速く水を裂いた。掲示板のトップに刻まれたのは、文句なしの自己ベスト。

「当然だ」

勝ち誇るジャックス。だが、ストップウォッチを止めるマッケンジーの目は、タイムではなく、その「孤立した泳ぎ」の脆さを見抜いていた。

「上位四名、残れ」


選ばれた四人は会議室に、移動していた。

マッケンジーはスクリーンに、USFのあの決勝の映像を映し出した。

「ジャックス、お前のラップタイムはミナトより0.4秒速い。だが、この引継ぎを見ろ」

スロー映像の中、日本は一つの生命体のように繋がり、加速を繋いでいた。

対してアメリカは、個々が爆発的な力を持つがゆえに、前の泳者の勢いを「待って」しまった為に、引き継ぎで0.5秒のロスを生んでいた。

「日本は四人で一人の怪物を創り、お前は一人で勝とうとしてチームの動脈を止めた。お前のエゴが、リレーを殺したんだ」

最強の自負が、音を立てて崩れ去った。


 翌日から四人に課されたのは、地獄のような「リレー特化メニュー」だった。

「今日からストップウォッチを捨てる。個人のタイム測定も禁止だ」

 始まったのは、呼吸のタイミング、入水の角度、さらにはストローク数まで四人に同期させる狂気のトレーニング。

 これまで「絶対加速」の独走でアンカーを泳いできたジャックスにとって「他人に合わせる」など屈辱の極みだった。

「なぜ俺が合わせなきゃいけない。俺の速さが全てだろ」

彼の天賦の才が牙を剥き、チームを狂わせる。

「お前とやると、俺たちのリズムまで死ぬんだよ!」

メンバーの一人がついに怒鳴り声を上げた。チームは険悪な空気に包まれ、タイムは下がる一方だった。最強の個人が集まったはずのチームは、早くもバラバラのスクラップと化している。


 プールサイドに座り込む四人の前に、マッケンジーが静かに立つ。

「リレーとは何だ?」

その問いに誰も答えない。

「リレーとは“時間を渡す競技”だ。ただの400mじゃない」。」

「日本の強さの正体。それは、己を誇示するためではなく『次を輝かせる』ために全てを注ぐ、究極のフォア・ザ・チームの精神だ」とマッケンジーは説いた。

――沈黙。

「……なぜ解体したか、分かるか」

誰も答えない。

ジャックスも、ただ睨み返すことしかできない。

「お前は、“完成していた”からだ」

その言葉に、わずかに空気が揺れる。

「個人としてはな。速さも、技術も、思考も。すべてが高水準でまとまっている」

だが、と続ける。

「“完成した選手”は、変われない」

その一言が、決定的だった。

「だから壊した。チームも、お前自身もな」

静まり返るプールサイド。

「三週間、お前に何も与えなかった理由も同じだ」

ジャックスの瞳が、わずかに揺れる。

「人はな、“奪われた時”にしか考えない」

低く、確信に満ちた声。

「繋ぐ相手がいない水の中で、お前は初めて“リレー”を考えたはずだ」

 図星だった。あの空白。あの孤独。

あの、意味のない速さ。

「勝敗はレースの中で決まるんじゃない」

 マッケンジーは言い切る。

「“どういう構造で泳ぐか”を決めた時点で、すでに決着している」

ジャックスの呼吸が、わずかに乱れる。

「お前は勝つための“構造”を持っていなかった。ただ速かっただけだ」

その否定は、かつての全てを打ち砕く。

だが同時に

「だから今、作る」

視線が四人を貫く。

「お前たちで、“一つの怪物”をな」

沈黙の中で、水の音だけが響く。

「己を誇示するために泳ぐな」

「チームを輝かせるために、全てを使え」

それが、と続ける。

「“フォア・ザ・チーム”の本質だ」

誰も言葉を発さない。

 だが――

四人の呼吸が、わずかに揃い始めていた。


ジャックスは、「エゴ」という鎧を少しずつ脱ごうとしていた。自分だけが0.5秒速く泳ごうとするのではなく、仲間のスピードを生かす感覚を研ぎ澄まそうと必死だった。

 すると、僅かに、前の泳者の指先が壁に触れる「気配」を、肌で感じ取れるようになってきた。

吸い込まれるような入水。加速。水中で指先から伝わる、前走者の熱量。

タイムは自己ベストには遠い。だが四人の動きが完全に一本の線に繋がった瞬間があった。

(……なんだ、これは)

ジャックスの心に、得体の知れない高揚感が宿る。

「速くないのに……負ける気がしない」

個の力を超えた「構造」の力が、初めて彼らの血肉となった。


 練習後、マッケンジーが次の国際大会の資料を4人に手渡す。

  ワールド・アクア・グランプリ(シンガポール)

そして全員を見据える。 

「日本チームも来るだろう」

「だが次はお前達が星条旗を掲げる番だ」

ジャックスが仲間の肩に手を置く。傲慢な自信は、静かな確信へと変わっていた。

「次は“四人で勝つ”。……見てろよ、日本」

真の怪物へと進化したアメリカが、再び動き出した。

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