プロローグ 絶対王者の沈没‐USFパリ大会
■USF男子4×100メートルメドレーリレー決勝(アメリカ代表チーム)
アンカー、ジャックス・ヴァン・ディーンは、勝利に染まっていた。
(俺達は全員が完成されている。誰が泳いでも勝てるチームだ)
「Take your marks…」
電子音が響く!
◆第一泳者:レオがバサロキックで少し遅れた。だが少しずつ差を詰める。しかし、遅れを取り戻す事に執着し、次の泳者に「託す」気持ちがない。
タッチ!
◆第二泳者:ザインがスタートで出遅れた。前の泳者からの流れが途切れている。彼はゼロから自分のレースをするしかなかった。
タッチ!
◆第三泳者:チェイスが飛び出す。差が広がる。前の泳者からの流れに乗っていないからだった。
だがアンカー、ジャックスにとっては、前の泳者までの遅れなどいつものルーティンだ。
ラスト25メートルで仕留める。
(ハッ、悪いなミナト。ここからは俺の独壇場だ)
◆第四泳者:ジャックスが飛び込む。広がった差を詰め始める!
――残り25メートル。
ジャックスはギアを上げる。
彼だけが持つ領域――「絶対加速」。
水面が裂ける。観客の絶叫が背中を押す。
――残り15メートル。
隣のレーン、日本のミナト。
その泳ぎには、“継がれているもの”があった。
第三泳者のタッチの瞬間から続く水の流れ。
速度、呼吸、リズム…すべてを受け取り、
一切の断絶なく、次の加速へと変換している。
それは個人の爆発力ではない。
四人で構築された、ひとつの“エネルギー”。
(……関係ねぇ!)
ジャックスはさらにギアを上げる。
前の泳者の波など感じていない。感じる必要もない。
自分がすべてをねじ伏せれば、それで勝てる。
――残り10メートル。
並ぶ。捉えた。
勝利を確信した、その瞬間だった。
ドンッ!!
水が、弾けた。
一瞬世界が止まる。
ミナトのキックが変わる。
いや、“変わった”のではない。
それは、ここまで繋がれてきた全てのエネルギーが、
最後の一点に収束したのだ。
水が意志を持ったかのように、ミナトの身体を前へ押し出す。
(……は? 何だ、今の……!?)
理解が追いつかない。
“個”の領域を超えた何か。
――ラスト5メートル。
(置いていかれる…!?)
ジャックスのストロークが乱れる。
完璧だったはずのフォームが、崩れ始める。
(嘘だろ……俺が……)
“世界で最も速い生物”の俺が、
ただの一人として、置き去りにされる。
思考がノイズに変わる。
キックは空を切り、水飛沫だけが無駄に跳ねる。
タッチ。
電光掲示板に灯ったのは、日本。そして「1」。
歓声が爆発する。
ジャックスの視界に映ったのは、
仲間と共に勝利を掴んだミナトの背中だった。
四人で一つの怪物となったチームと、
四人いたはずなのに、最後まで一人で戦い続けた自分。その差が、そこにあった。
だが……
(……違う)
ジャックスは歯を食いしばる。
(あと0.5秒……俺が速ければ、勝てた)
その答えが、敗北から最も遠いものだとも知らずに。




