7章 装備の購入、お金のハナシ
短いです。。。
(よしよし、うまくいった!)
と、ヴェノストはほくそ笑んでみる。
さっきの店での態度は、エレマ直伝の交渉術である。
女軍曹のように、というのもアドバイスのうちだ。
(なんか、あの苦笑からして、フェオは私のこと誤解してそうだけど……)
別に私は、交渉相手を打ち負かすのが楽しいとか、そういうわけじゃない。うん本当に。
誰に対してか知らないが心の中で言い訳をしてみる。
それを口に出せない時点で、まあ言わずもがななのだが。
「さあ、約束通り服を買いに行こうか!」
「あ、でもヴェノ姉、前にお金ないって言ってなかった? その……大丈夫?」
冒険者の装備は結構高い。
それは勿論、店側の利益もあるのだが、それ以上に、ある程度の性能が必要とされるために、材料費と加工費がどうしても高くなってしまうのだ。
そのためフェオミアの心配ももっともなのだが……。
「大丈夫、大丈夫!」
ヴェノストはあっけらかんと笑う。
それから、いつものとは違う布の袋を取り出して、
「ほら、銀貨300枚|(約90万円)!」
「!?」
パンパンのそれを見せるものだから、周りの視線が一気に集まる。
(何をやってるんだこの人は!)
フェオミアは慌ててしまわせたが……見てしまった人は多いだろう。
あんな見事な交渉をする人が、どうしてこんなに抜けているのか。
(ここらは治安が悪いから……銀貨なんて10枚でも強奪の対象になるぞ……)
フェオミアは周囲に目をやる。
あからさまに狙っているやつがいた。
思い切り睨みつけ、すっと手で横に線を引き、その線と交差するようにもう二本、縦の線を引く。
相手はチッと舌打ちして人ごみに消えた。
これは、一部の者に通じる合図のようなもので、横線が『貴族』、縦二本で『危険』を示す。
この流れで書けば、恐らく相手は、『身分が高いので下手に手を出せばマズイ』ととってくれただろう。
本当は、リアルな意味で命の危険なのだけれど。
フェオミアは周りを見回しては、何度かその動きを繰り返した。
しかし、そんなフェオミアの動作にもヴェノストは気づいていないようだ。
はぁ、とため息をつく。
(そんな風だから、スリに狙われるんだ)
自分のことを棚にあげて、フェオミアはそう思うのだった。
結果的に、銀貨は100枚|(約30万円)ほど使った。
ヴェノストは装備も問題ないし、宿泊費や必要経費は別にとってあるから、全額使っていいと言ったのだが……。
(無理! 俺が無理!)
贅沢なんて縁のないフェオミアにとって、銀貨は1枚でも大金である。
それが100枚! 100枚だぞ⁉
つまり……10000リオ⁉
うわぁぁ!
と内心で叫んでいるが、実は、魔石を通じて二人には筒抜けだったりする。
『銀貨100枚ってそんな高いの?』
『……さあ?』
姉弟はこんな会話を交わしてみるが、如何せん、二人とも異世界から来たものだから、通貨の価値には詳しくないのだった。
そんなこんなで、フェオミアは無事に装備を獲得した。
まあ、そこで盛大な値下げ交渉があったことはいうでもない。
原価で買おうとしていたら、恐らくこの倍近くかかっていたことだろう。
フェオミアの今の装備はといえば、装備の中でも最低レベルの継ぎ接ぎ革の鎧に、膝までのブーツ、ポーチと探検ホルダーを腰につけた、安物感はあるものの、立派な冒険者装束だ。
継ぎ接ぎ革の鎧に関しては、それはもう、揉めに揉めた。
体幹部を覆っただけで、あちこちに隙間があるこの革鎧は、なかなかに欠点が多い。
長所として、関節が出ているので動きやすいことがあげられるが、それも欠点を補うには足りない。
それでも、
「いいから! もうこれで! ほら、動きやすいし!」
でフェオミアが押し通した。
その代わりに、ヴェノストは、火と雷をと通さず、爪や牙への耐性もなかなかの、火雷蜥蜴の革を使っているため、機能は高い。
……フェオミアは知らないが、火雷蜥蜴の革はかなり高価であり、これで作ったならば継ぎ接ぎ革の鎧でも普通の革鎧よりずっと高くなっているのである。
これを知ったフェオミアが、後日ヴェノストに対し土下座で謝罪しようとするのは、また別の話。
武器は調整の後に買うということだったが、正直、装備だけでフェオミアは十分という気持ちだった。
そういうわけで、比較的安い武器である剣を扱う剣士になりたいフェオミアだが、残念ながらこのパーティにはもうすでに最強に近い剣士がいるのだ。
どうしようか、と悩むフェオミアに、
「あのね、フェオ。私たちはあなたの働きに期待してるの。だから武器も装備も買うんだよ? もし申し訳なく思うなら、働いて返して」
とヴェノストは言ってみる。
勿論、返してもらう気などないが、こう言っておけばやる気アップも図れるのでは? という策略である。
案の定、フェオミアはそれで納得したようで、コクリと頷いた。
その様子があまりに嬉しげなので、ヴェノストは、
(あれ? ひょっとしてフェオって借りとか嫌う子なのかな?)
と思ったが、事実としては、ただ単に、フェオミアは凄い姉と兄に期待されているという言葉に舞い上がっているのだった。
ともかく。
(なんだかよく分からないけど……)
あの魔石が一つ銀貨50枚|(15万円)したことは、黙っといた方が良さそうだな、とヴェノストは思うのだった。
と、してるうちに時間になったので調整師の元へ向かうこととなった。
その道すがら、
「ちょっと待って。宿借りるとき、金ないって言ってたよな?」
「うん、だって学舎の入学試験まで、15日もあるんだよ?」
「15日しかないのか⁉」
「ん? 15日も、でしょ? ホテル……貴族の宿なんて、一晩で銀貨15枚くらいかかるし。15×15で……225枚。二食付きならその倍はかかるだろうしね」
「ヴェノ姉計算早いな。225の倍……450枚⁉」
「そう、勿体無いでしょ。それにフェオの装備も武器も買えなくなっちゃうのはマズイと思って」
「……俺のため?」
「うん、まあ、そうだね」
「ああ……そうか」
という会話がなされて、期待がむしろプレッシャーに感じられるフェオミアなのだった。