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【連載完結】私がこの国で必要ない? いいえ、必要ないのは、あなたの方です。  作者: 逆立ちハムスター


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天井に吊るされた巨大なシャンデリアには、最高純度の光の魔石が数百個も嵌め込まれ、夜会が開かれている王城の大広間を真昼のように照らし出していた。

壁際には色とりどりの薔薇が飾られ、甘く濃厚な香りが満ちている。楽団が奏でる優雅なワルツの旋律に合わせて、絹やベルベットで仕立てられた豪奢なドレスが花びらのように舞い踊る。

本来であれば、この国の筆頭公爵家令嬢であり、第一王子の婚約者である私——フィデリタ・ウォルペスも、その光の輪の中心で、未来の王妃として優雅な微笑みを浮かべているはずだった。


しかし今の私は、広間の中央にただ一人孤立し、周囲を取り囲む数百の貴族たちから、刺すような冷ややかな視線を一身に浴びていた。


「フィデリタ・ウォルペス! 貴様のような陰気で傲慢な女は、我が国の次期王妃にふさわしくない! よって、たった今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」


演奏をかき消すように響き渡ったその声は、よく通るが、どこか底の浅さを感じさせる響きを持っていた。

声の主は、広間の階段の中腹から私を見下ろしている青年。この国の第一王子であり、私の婚約者であるスペルブス殿下だ。太陽の光を編み込んだような見事な金糸の髪と、最高級のサファイアを思わせる青い瞳。神が精魂込めて造り上げた彫刻のように整った顔立ちをしている彼は、黙っていれば書物から抜け出してきた理想の王子様そのものだった。

だが、その美しい顔は今、私への強い嫌悪と優越感で醜く歪んでいる。


「殿下……怖い、です……。フィデリタ様が、あんな恐ろしい目で私を……」


スペルブス殿下の腕の中にすっぽりと収まり、彼にすがりつくようにして震えているのは、男爵令嬢のインウィディアだった。

蜂蜜色のふわりとした柔らかい髪に、彼女の可憐さを引き立てる淡い桃色のシフォンドレス。大きな翡翠色の瞳には大粒の涙が浮かび、まるで怯える小動物のようだった。誰もが守ってあげたくなるような、庇護欲をそそる少女。それがインウィディア・男爵令嬢の武器だった。


(……よくもまあ、あそこまでわざとらしく震えることができるものだわ。私の目は、ただ呆れ返っているだけだというのに)


私は氷のように冷え切った心で、目の前で繰り広げられる三文芝居を静かに眺めていた。

怒りも、悲しみも、すでに湧いてこなかった。ただ、足元から這い上がってくる果てしない徒労感と、ある種の諦念だけが私を支配している。

私がスペルブス殿下の婚約者となったのは、わずか七歳の時。それから十年間、私は次期王妃としての苛烈な教育に耐え、血を吐くような努力を重ねてきた。

礼儀作法、歴史、法学、語学は当然のこと。それに加えて、膨大な魔力を持つウォルペス公爵家の血筋として、高度な魔術の研鑽も積まされた。遊ぶ時間も、友人とお茶を飲む時間も、時には眠る時間さえも削って、ただひたすらに「完璧な王妃」となるためだけに生きてきたのだ。


「貴様がインウィディアに対して行ってきた数々の悪逆非道な振る舞い、すでに明白な証拠が上がっている!」

スペルブス殿下が、芝居がかった大げさな身振りで私を指差した。

「彼女のドレスを切り裂き、階段から突き落とそうとし、あまつさえ彼女の飲む紅茶に毒を盛ろうとしたな! 自分の地位が脅かされると危惧し、嫉妬に狂って凶行に及ぶとは! 貴族の風上にも置けぬ悪辣な女め!」


スペルブス殿下の弾劾の言葉に、周囲を取り囲む貴族たちから「おお……」というどよめきと、私に対する明確な非難の囁きが漏れ始めた。

「あんなに美しい顔をして、なんて恐ろしい公爵令嬢だ」

「インウィディア様が不憫でならない」

そんな声が、わざと私の耳に届くような声量で交わされる。


しかし私は、心の中で深く、深くため息をついた。

(ドレスを切り裂いた? 彼女が王城の庭園で、立ち入り禁止の薔薇の茂みに勝手に入り込んで茨に引っ掛けたのを、見かねた私が魔術で繕ってあげたはずですが。

階段から突き落とそうとした? 分不相応にヒールの高い靴を履いて、自ら足を踏み外して転びそうになった彼女の腕を、私が間一髪で引き止めたのです。あの時、私の腕には彼女の爪痕がくっきりと残りましたよ。

紅茶に毒? ……そもそも、彼女が勝手に私の茶会に乱入してきた際、彼女の体質に合わない茶葉を避けて、わざわざ彼女用のハーブティーを用意させたのは私です。それを『毒入りだ』と騒ぎ立てたのは、彼女自身ではありませんか)


一つ一つ、口に出して反論し、論破することは容易かった。

だが、スペルブス殿下の得意気な顔と、インウィディアの口元にほんの一瞬だけ浮かんだ嘲りの笑み、そして同調して私を睨みつける貴族たちの顔を見渡せばわかる。

彼らは真実など微塵も求めていないのだ。

「純真で可憐な男爵令嬢を、権力を笠に着ていじめる悪逆非道な公爵令嬢」という、わかりやすく刺激的な悲劇のストーリーに酔いしれ、断罪の娯楽を楽しんでいるだけなのだ。


「その上、貴様は次期王妃としての公務を完全に放棄し、王城の奥にある薄暗い執務室に引きこもってばかりいるそうだな! 王族を支え、民を導くべき立場でありながら、己の趣味である魔術の研究に没頭して国政を蔑ろにするとか言語道断! 我が国の恥さらしめ!」


……この言葉には、さすがの私も鋼の仮面を剥がされそうになり、思わず口から冷たい笑みがこぼれそうになった。


私が薄暗い執務室に引きこもっている理由。

それは他でもない、目の前で偉そうに胸を張っている第一王子・スペルブス殿下が、ご自身の仕事をすべて私に丸投げしているからだ。

隣国との複雑な関税交渉の書類作成、逼迫する国庫の予算の再分配、各地の領主から上がってくる治水工事や魔物討伐の要請の決済。本来ならば、次期国王となる彼が目を通し、頭を悩ませて決断すべき国政の重要事項を、すべて私が代行し、徹夜に次ぐ徹夜で処理してきたのだ。

彼がインウィディアとのお茶会で甘いケーキを頬張り、観劇にうつつを抜かし、湖畔で優雅なボート遊びを楽しんでいる間、私はインクで指を真っ黒に染め、ペンだこを作りながら、山積みの羊皮紙と格闘していた。


国政を放棄しているのは、一体どちらなのか。

我が国の恥さらしは、どこの誰なのか。


「何も言い返せないようだな。自らの罪の重さに言葉も出ないか! 沈黙は肯定とみなす!」

スペルブス殿下は、まるで悪魔を討ち果たした英雄のように勝ち誇った顔で顎を上げた。

「フィデリタ・ウォルペス。貴様のような無能で、陰険で、性格のねじ曲がった女は、この国には必要ない! 王家の名において、貴様に国外追放を命じる! 今すぐこの城から、いや、我が国から永遠に立ち去れ!」


大広間が、一瞬にして水を打ったような静寂に包まれた。

国外追放。

筆頭公爵家の令嬢に対する処罰としては、あまりにも重すぎる、異例中の異例の宣告だ。しかも、国王陛下や宰相を交えた正式な審議も経ずに、王太子の一存だけで決定して良い事項ではない。

本来であれば、ここで私の父であるウォルペス公爵が進み出て、猛然と異議を唱える場面だ。

しかし、父はすでに先月、遠国から持ち込まれた流行り病であっけなくこの世を去っていた。有能だった父の後を継いだ兄はまだ若く、今は領地の混乱を鎮めるために王都を離れている。

つまり、今の私には、この場で盾となってくれる強力な後ろ盾が存在しないのだ。

スペルブス殿下や彼を取り巻く者たちは、それを完璧に計算に入れた上で、国王陛下が不在のこの夜会を選んで、私への断罪を決行したのだろう。


「殿下……私、フィデリタ様がかわいそうです……。いくら私をいじめたからといって、追放だなんて……。どうか、命だけは助けてあげて……」

インウィディアが、スペルブスの胸に顔をうずめながら、わざとらしく涙声で懇願する。

「ああ、インウィディア、君はなんて優しく、慈悲深い心を持っているんだ。君のような女性こそが、我が国の王妃にふさわしい。安心しろ、命までは取らないさ。ただ、我々の美しく清らかな世界から、汚いゴミを排除するだけだ」


茶番だ。

あまりにもくだらなく、滑稽な茶番劇。

私は静かに目を閉じ、深く、ゆっくりと息を吐き出した。そして目を開き、彼らを真っ直ぐに見据えた。


「……承知いたしました、スペルブス殿下」


私の口から出た言葉は、広間の隅々まで澄み渡るように響き渡った。

その瞬間、スペルブス殿下も、インウィディアも、周囲で囃し立てていた貴族たちも、一様に目を丸くして息を呑んだ。

彼らは間違いなく私がプライドを捨てて泣き喚き、床に這いつくばって許しを請うか、あるいは狂乱して「私はやっていない!」と見苦しく怒鳴り散らすと予想していたのだろう。


「な、なんだ。ずいぶんとあっさりと罪を認めるではないか。ようやく己の惨めな立場を理解したようだな」

少し拍子抜けしたような、しかし必死に威厳を保とうとする殿下の言葉に対し、私は完璧で流麗なカーテシー(淑女の挨拶)をして見せた。ドレスの裾が美しく広がり、私の動作には一寸の隙もない。


背筋を真っ直ぐに伸ばし、誇り高く顔を上げる。


「ええ、痛いほどに理解いたしました。私がこの国で必要ない、と殿下は明確におっしゃるのですね?」

「いかにも! 貴様のような陰気で小賢しい女がいなくなれば、この城も、我が国も、もっと明るく素晴らしい場所になるだろう!」

「左様でございますか」


私は、ふっと心からの笑みをこぼした。

それは、これまで王太子妃として見せてきた作られた微笑みではなく、私自身の魂から湧き上がってきた、晴れやかな笑みだった。


「私がこの国で必要ない? いいえ、必要ないのは、あなたの方です」


「……は? な、何を言っている、貴様!」

私の静かな、しかし確信に満ちた言葉に、スペルブス殿下の顔が瞬時に朱に染まった。怒りよりも、理解の及ばない言葉に対する戸惑いが勝っている顔だ。


「言葉通りの意味でございます。私が去った後のこの国が、殿下と、その腕の中にいる可愛らしい男爵令嬢の力だけで、果たしてどれほど長く保つのか……。せいぜい、お健やかにお過ごしくださいませ」

「き、きさまぁっ! 追放される身で、どこまで負け惜しみを言う気だ!」


怒号を響かせる殿下を完全に無視し、私はくるりと踵を返した。

重厚なマホガニーの扉に向かって、大理石の床を踏み鳴らし、迷いなく歩き出す。ヒールの乾いた音と、絹のドレスが擦れる音だけが、静まり返った広間に響き渡る。

誰一人として、私の前に立ち塞がろうとする者はいなかった。近衛騎士たちでさえ、私の放つ圧倒的な威圧感と覇気に呑まれ、道を譲っていた。


(ああ、これでようやく……私は自由になれる)


城の巨大な門を抜け、夜の静寂に包まれた外の空気を胸いっぱいに吸い込む。

ふと空を見上げると、王都の夜空をうっすらと覆う『浄化の結界』の光が、オーロラのように揺らめいているのが見えた。

彼らは知らないのだ。

この国が、どうして魔の森に隣接していながら、何百年もの間、魔女の脅威から守られてきたのかを。

それは、莫大な魔力を持つウォルペス公爵家の人間が、代々命を削って『浄化の結界』を維持してきたからだ。そして現在、その結界の全魔力の九割を供給している「要」は、他でもないこの私だ。


私がこの国を去り、魔力の供給が完全に途絶えれば、あの美しい光は三日と持たずに消滅するだろう。

結界が消えれば、魔の森から猛毒の瘴気が流れ込み、凶暴な魔物の群れが国境を越えてなだれ込んでくる。

それだけではない。私が個人的な伝手と信頼関係だけで繋ぎ止めていた、周辺諸国との有利な貿易協定も、私が王太子妃の座を降りた瞬間にすべて自動的に白紙に戻るよう、すでに根回しを済ませてある。

明日の朝には、国庫は完全に底を突き、市場からあらゆる物資が消え去り、国中の経済が麻痺するはずだ。


この国の平和と繁栄が、私が流した血と汗と、膨大な魔力によってギリギリのバランスで成り立っていたという事実を、あの愚かな王子も、彼に同調した貴族たちも、何もわかっていない。

彼らはこれから、自分たちがどれほど無力で、愚かな選択をしたのかを、骨の髄まで思い知ることになる。


「さようなら、スペルブス殿下。あなた方の思い描く『明るい国』が、いつまで続くのか見物ですね」


私は夜風に金糸雀色の髪を揺らしながら、晴れやかな気持ちで、あらかじめ手配しておいた国境へと向かう馬車に乗り込んだ。

行き先は、隣国。

そこには、私の結界術と内政能力を正しく評価し、何年もの間、「いつでも我が国へおいでなさい」と秘密裏に熱烈な引き抜きの手紙を送り続けてくれていた人がいる。

隣国の若き覇王、アエテルヌス陛下。彼の下でなら、私は単なる「便利な道具」ではなく、一人の人間として、その能力を存分に振るうことができるだろう。


馬車が動き出し、車輪の音が夜道に響く。

背後に遠ざかっていく王城の明かりを振り返ることは、もう二度となかった。

私の真の人生は今日、この夜から始まるのだ。

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