【亜異雨江尾高等学校】
20XX年7月X日。東京都立"亜異雨江尾高等学校"の終業式が始まった。
「ただいまより、第78.36回亜異雨江尾高校の終業式を始めます」
校長がそう言って、マイクを握りつぶした。それと同時に、生徒たちは「礼」とも言われていないのにも関わらず、腰を45度に曲げた綺麗な礼をした。
「まだ『礼』と言ってないぞ!!!」
校長の怒鳴り声が体育館全体を揺らした。とてつもない揺れが、恐怖に支配された生徒たちを襲う。遠くからは、建物が崩壊する音が聞こえてくる。その音が、生徒たちの恐怖を倍増させていた。
「まぁ、可愛い生徒たちのミスを許すのが校長の務めでしょう。お座りなさい」
校長の情緒不安定さに救われた生徒たちは、ほっとした思いで固い床に体育座りをした。
「⋯⋯ったく、あの校長おっかねぇなぁ」
俺――――――桜田 文貝の横で、ある一人の生徒が愚痴をこぼした。
その生徒の名前は愚知岳 家瑠。成績優秀、運動神経抜群のイケメンキャラだ。体育祭の時には、一人だけで全クラスを相手したという伝説もある。味方の俺たちもボコボコにされたのは、いい思い出だ。
「まぁまぁ、いつものことだししょうがないよ」
俺は愚知岳をなだめるが、愚知岳の怒りは収まらないようで――――――
「だいたい、あんな意味わからんやつが校長になっていいのかよ?」
――――――それはそうだが。
「アイツ、去年何人の生徒を屠ったと思う? 俺は数えてた。アイツは――――――」
愚知岳が何かを言い出そうとしたその時、世界が一瞬歪んだ気がした。いや、歪んでなどいないのかもしれない。だが、言葉ではどうやっても言い表せないほどの違和感が、俺を襲った。
俺の意識がしっかりした時、俺は目の前の光景に絶句した。
愚知岳の頭がもぎ取られていたのだ。
首から上がなく、血が噴水のように吹き出ていた。
俺はすぐに校長の方に視線を向けた。俺の予想は――――――当たっていた。
「ダメじゃないか。3年17組93番の愚知岳くん。終業式の最中にお話しちゃぁ⋯⋯」
メガネが光を反射して、校長の目がどういう状態なのかを伺うことはできない。その代わり、口元は明らかに歪んでいた。
「終業式中におしゃべりをするから、"こうなる"んですよ――――――」
校長が左手に持つ"何か"を生徒たちの元に投げた。その近くにいる生徒は、泣き叫びながら投げられた"それ"を避けている。
遠くてよく分からなかったが、しばらくしてはっきりと見えた。
"それ"の正体は、愚知岳のもぎ取られた頭だった。
「残念です。今回で44人目です」
「こ⋯⋯校長、もしかして――――――」
愚知岳の頭のそばまで行った先生が、校長を青ざめた顔で見上げる。先生の恐怖混じりの質問に、校長は笑顔で答えた。
「ええ、私が葬った生徒たちの数です」
それを聞いた先生は、涙を流し始めた。嗚咽が尋常じゃないが、それほど悲しく、悔しく、怒りを覚えているのだろう。俺はそう思っていた。だが、現実は違った。
「なんて素晴らしい数だ!!! 私たち教員が気づかない間に、それほどまでの生徒を葬って来ていたとは!!!」
「⋯⋯は?」
俺は意味がわからなかった。
どうして生徒が死んでいるというのに、校長や愚知岳の頭のそばにいる先生、体育館の隅に集まっている先生たちが笑っているのだろうか?
なぜ44人という数の生徒を葬って、校長はのうのうと生きているのだろうか?
目の前の光景は間違っている。間違っているはずだ。意味もなく命を奪っていいわけが無い。
「そうだ⋯⋯そうに決まっている⋯⋯!」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。だが、不気味な笑い声が、俺の精神を――――――意識を犯しつつあることに、恐怖を感じていた。
「我が校の教員どもぉ!!! 今日は宴だァァァァ!!!」
校長の咆哮とともに、教員たちも歓喜の咆哮を上げた。その咆哮はやがて、学校の奥底にある地盤すらも揺るがした。
鼓膜が破れるような咆哮。
それによって引き起こされた、とてつもない強さの地震。
――――――間違っている間違っている間違っている間違っている間違っている!!!
校舎が、倒れていなかった建物が、崩れ落ちる音が聞こえる。生徒の悲鳴が耳に響く。そんなカオスな状況の中、俺の意識は次第に真っ黒な闇に沈んでいた。
――――――間違っている⋯⋯? 本当にそうだろうか⋯⋯?
混沌に呑まれた状況の中、新たな混沌の種がこの世界に芽生え始めていた。




