【狂気の聖夜】最初で最後の回
12月24日の朝7時、鮎川 誠也は目を覚ました。学校は今日で終業式を迎え、冬休みに入る。そのため、鮎川はとてもワクワクしていた。
「よっしゃぁ! 今日で学校終業式! 短い短い冬休みの幕開けだァ!!!」
鮎川は自分を奮い立てるように誰もいない空間で叫ぶ。だが、その叫びは、寂しさを紛らわすためのものでもあった。
☆☆☆
12時になった頃、4時間というありえないほど長い終業式が終わりを迎え、帰宅の時間が迫っていた。
「ケツいてぇ⋯⋯骨折したかも」
「何言うてんねん。お前のケツはとうの昔にサイボーグ化して骨云々の問題関係ないだろ」
鮎川は友人の佐藤 潔のサイボーグ化した部分を見ながらそうツッコミを入れた。
「あ、そうだ佐藤。今日時間空いてるか? っていうか、空いてるよな? 俺たち彼女いないし」
鮎川は寂しさを紛らわすために、佐藤とクリスマスイブの日に遊ぼうと4ヶ月前から考えていた。その4ヶ月の間、佐藤の彼女や友達関係を観察し、裏で色々と佐藤の人間関係を破壊し続けていたため、予定がないことは既に確信していた。が、佐藤の返答は、鮎川の予想の540度向こうを行っていた。
「ごめん、鮎川。今日結構大切な予定があるんだ」
「⋯⋯⋯⋯ヴェ?」
濁ったような雑音が自分の喉から出たものだと認識するのに、0.01秒の時間を用いた。だがそれ以上に、佐藤の言葉を理解するのに時間を使ってしまったのに、鮎川自身は酷く驚いていた。
「今⋯⋯なんて⋯⋯⋯?」
「え? いや、ついさっき女子バレーボール部の部長に今夜デート行かないかって教室戻る時に言われたんだ。お前、腹痛でトイレ行ってたから知らなかっただろ?」
「⋯⋯ふぅぁぁ???」
佐藤が⋯⋯???
あの佐藤が⋯⋯???
家庭科の授業の時、砂糖と塩を間違えそうになって、何をとち狂ったのか砂糖でも塩でもなく、ポン酢を入れて怒られた、あの佐藤が⋯⋯???
女子バレー部の部長と???
ドゥェェェェテゥォォォォォォ!!!???
怒り。悲しみ。憎悪。羨望。焦り。財力。嫌悪。愛。
言い表せない数々の感情が渦となって、鮎川の脳を支配した。全てを許せない。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌み嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。
この後、鮎川自身いつ、どうやって帰ったのかを全く覚えていなかった。ただ覚えているのは、今頃ウキウキウハウハとドゥェェェェテゥォォォォォォをしている友人への怒りと悲しみと憎悪t(以下省略)。
今も、その衝動に鮎川の脳は染められていた。そしてその衝動が、世界を破滅に導くなど、この時の鮎川は思ってもいなかった。
☆☆☆
22時、いつも以上に暗く感じる空からは、白い雪が降り始めていた。ホワイトクリスマスというやつだ。
鮎川はこの時、友人への怒りと悲s(以下省略)を抱えながら、普段は出すことの無いホコリまみれのコタツの中に潜り込んでいた。(※危険なので、良い子は真似をしないようにしよう)
「佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ佐藤ユルスマジ⋯⋯」
かれこれ数時間、この呪いの言葉を吐き続けていた。が、ふと思った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈佐藤をたぶらかしたヤツは誰だ?
言うまでもなく、その犯人は女子バレー部の部長だ。
じゃあ、どうして佐藤は友人のはずの俺を置いて、一度も話したことのない女子バレー部の部長とドゥェェェェテゥォォォォォォに行っているのか?
この世に、カップルという忌々しい存在があるから┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈?
時計が22時30分を指した時、鮎川の中で何かが切れた音がした。ブチッという、血管が切れたような、変な音だ。
その時、鮎川は全てを察した。
友人をたぶらかした正体は、女子バレー部の部長でもなんでもない、世界だということに┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈いや、『カップル』という存在であることに。
「カァァァァップゥルゥゥゥゥゥゥァァァァッ!!!」
鮎川の怒りの叫びが、アパートの全住民の鼓膜を簡単に破った。そして、その叫びはやがてアパートをも破壊した。
「なんだ!? 今の鼓膜を破るような咆哮は!?」
近くに住む独身の男が、崩れて瓦礫となったアパートを見て呟いた。「大丈夫か!?」と叫びながら、その男はアパートの瓦礫をどかし始めた。すると、一人の少年の身体が見え始めた。
「おい! 大丈夫か!? おじさんが今助けてやるからな!!!」
そう言って、男は手に血が流れることを気にも留めず、ひたすら瓦礫をどかし続けた。やっとの思いで瓦礫をすべてどかした時、少年の姿が見え始めた。
その少年は、鮎川だった。だが、今の鮎川はまるで100年の時が経ったかのように、酷く痩せこけ、無数のシワが身体中に浮き上がっていた。
「ろ⋯⋯老人⋯⋯?」
あまりの衝撃に目を見開いている男は、どうすればいいのか分からず、ただただ鮎川を困惑の眼差しで見ることしかできなかった。
今更とは思いつつも、警察や救急車を呼ぶかどうかを迷っている男。そんな中、男に向かって鮎川は何かを呟いた。
男はその様子に気づき、鮎川の声を聞き取ろうと、鮎川に耳を向けた。だが、この時男は選択を間違えた。
「┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈カップル⋯⋯ユルスマジ」
鮎川の振り絞るような言葉を聞いた男は、一瞬にして怒りとかna(以下省略)に意識を呑まれた。目は焦点が合わず、口からはヨダレを垂らしている。
「カップルユルスマジィィィィ!!!」
意識を呑まれた男は、そう叫びながら雪降る町の中を走り去って行った。
「⋯⋯ユルスマジ⋯⋯ユルスマジ⋯⋯」
次第に憎悪によって膨れ上がる身体に薄々気づきながら、鮎川は呪いの言葉を吐きながら静かに歩き始めた┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈呪いの言葉を聞いた独身の人々を洗脳し、歩き始めた。
☆☆☆
現在、鮎川はどす黒いオーラを纏って、東京スカイツリーに向かっていた。鮎川に続いて歩く洗脳された人々は、視界に入ったカップルを襲い始めていた。
「カップル⋯⋯ユルスマジ」
「キャァァァァ!!? タカシ! どうにかして!!!」
「⋯⋯っ! ごめん! 俺は逃げる!!!」
また一組のカップルが終わりを迎えた。その事実が、今や350メートルほどに肥大化した鮎川と、洗脳された人々にある種の快感を感じさせていた。
「カップル⋯⋯ユルスマジ! カップル⋯⋯ユルスマジ!!!」
カップルへの憎悪が高まる最中、鮎川は東京スカイツリーの1歩手前で止まった。鮎川の視線の先には、一組のカップルが映っていた。
「サトウ⋯⋯」
鮎川が見ているカップル。それは、佐藤と女子バレー部の部長だった。鮎川は、佐藤への怒りとk(以下省略)に目覚めたことで、佐藤の居場所を感知できるようになっていたのだ。
「まさかお前⋯⋯鮎川なのか!?」
佐藤は驚きを隠せなかった。ついさっきまで、自分より小さかったはずの同級生が、今や自身の身長の200倍以上の規格外な大きさになっていたからだ。
「ねぇ、潔くん! この怪物何者なの!?」
驚きのあまりに腰を抜かした女子バレー部の部長に、佐藤は言った。
「俺の友人、鮎川 誠司だ。多分、クリスマスイブで予定のないアイツが暴走してるだけだよ」
「いやどうしてそんな冷静なのよ!?」
「カップル⋯⋯ユルスマジ!!!」
鮎川は女子バレー部の部長目掛けてデコピンをしようとしたが、佐藤は女子バレー部の部長の前に立ち、身を呈してかばおうとした。
鮎川の指と佐藤の顔面が触れるほんの寸前、鮎川は指を止めた。風圧が、スカイツリー内に襲いかかる。女子バレー部の部長も、その風圧で吹き飛ばされた。だが、佐藤はその風圧を耐えきった。
「鮎川。話を聞いてくれ」
佐藤の眼差しが、憎悪に包まれていた鮎川の心に亀裂を入れた。佐藤はそれを感じ取り、言葉を続けた。
「鮎川、俺はお前の友人だ。たった一人のな⋯⋯」
「――――――」
「だから、正直に話したいことがあるんだ!」
佐藤は、大きく息を吸い、鮎川に向かって叫んだ。包み隠すことの無い、佐藤自身の本心を伝えるために。
「鮎川!!! 今のお前は、なんか人間辞めてるぞ!!!」
本心。佐藤の、鮎川が人間をやめているような姿でいることを伝えることが、佐藤の本心だったのだ。
「⋯⋯ハァ?」
鮎川はその言葉で我に返った。
なぜ自身は、東京スカイツリーにいる佐藤と目線が合うのか?
なぜ自身が、人間をやめていると言われたのか?
なぜどす黒いオーラが自分自身を覆っているのか?
なぜ雪が黒いのか?
なぜ足元にいる人々が「カップル⋯⋯ユルスマジ」と呪いの言葉を吐いているのか?
数々の疑問が、鮎川の脳みそを覆った。それと同時に、鮎川は一つの答えを導き出した。
「全部カップルのせいじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
鮎川が叫んだその時、鮎川は木っ端微塵に爆発した。全てを呑み込む爆発が、東京全体を覆ったのだった。




