第八十四話 ひーちゃん
巨大蜘蛛の相手で精いっぱいだったためこの目で確認したわけではないのだが、巨大蜘蛛が倒れた後、デカ蜘蛛達はどこかに逃げていったらしい。
時間を掛ければ倒しきれはしただろうけど、余計な体力を使う羽目になっただろうから逃げてくれたのはありがたい。
「これで帰れますね」
「うん、大変だった……」
ここでの生活とかさっきまでの戦闘がしんどかったから、そう漏れる。
でも、フィリスさんとの距離が縮まったし、貴重な体験ができたとも言えなくもないから、悪い時間ではなかったんだろうなとも思う。まあ、もう一度同じ体験をしたいとは一切思わないが。
「今回一緒に落ちたのがセオドアさんで本当に良かったです。きっと、私一人では乗り越えられなかったと思うので。ありがとうございました」
表情を見たら社交辞令とかじゃなくて本心で言ってそうだったからこそ、納得がいかなかった。
「いや、フィリスさんだったら俺とじゃなくても何とか出来ただろうから。でも、俺はフィリスさんと一緒じゃなかったらここを生きて出られなかったと思う。だから、お礼を言うべきは俺であるはずで……。本当にありがとう」
「ふふ、何ですかそれ。……セオドアさんの想像する私はここを一人で抜け出せるのかもしれないですけど、そんなことありません。仮にそのようなことが出来たとしても、セオドアさんが一緒だったからこそ、ここでの生活を楽しく過ごせたんですよ」
「……」
心の底からのって感じの笑顔でこっぱずかしいことを言われて、コメントに困る。そして、その前に自分も似たようなことを言っていたことに気づいて恥ずかしくなる。
襲ってくる羞恥心に耐えながらも、いたずら心とが一切含んでなさそうな好意にどう答えようかと悩んでいたら、バサッバサッと羽ばたいている音が聞こえてきた。
振り向くと、黒い巨鳥が俺とフィリスさんの間ぐらい位置、いやがっつりフィリスさん寄りの位置に立っている。
黒い巨鳥の綺麗な漆黒の羽と気品というか気高さを感じられる鋭い瞳を見ていたら、どっしりとした巨体でありながらも俊敏に動いていた雄々しい姿を思い出す。
「やっぱり、ひーちゃんなんですか?」
声を掛けられた黒い巨鳥はカッコいい見た目とはそぐわない、はぐれたひな鳥が親鳥を見つけた時のような喜びを全身で表しながらフィリスさんに近づいていった。
「ひーちゃん!!」
フィリスさんと黒い巨鳥はお互いの喜びを分かち合うかのような抱擁をし、頬擦りをし合った。
困っていたから助かりはしたんだけどさ……。
なんか納得がいかない、そんなことを思いながらも気持ちを切り替えて、
「そこの黒い巨鳥――」
「ひーちゃんです!」
見た目に似合わない愛らしい名前に違和感があるが、呼ばないと話が進まなそうだから、
「……ひーちゃんとはどういう関係性なの?」
「私がまだ六歳だった時に拾った子なんです。当時、ひーちゃんは体に大けがを負いながら道端に倒れていて、とても痛ましかったので幼かった私は父に頼んで保護してもらったんです。ひーちゃんの傷を治るまでの間ずっと一緒にいたら離れ離れになりたくなくて、ひーちゃんのことを飼いたいって言ったら、父とディアから反対されたんですよね」
「どうして?」
「野生であるひーちゃんを飼うのは、お互いにとってあまりよくないと言われました。そして、鳥を飼いたいなら友人から譲り受けると」
クローディアさんが反対するのは想像できるけど、フィリスさんのお父さんってフィリスさんに結構甘い部分がありそうなのも相まって、そういうのを良いよ、っていってあげるタイプだと思ってたんだけど……。
俺は黒い巨鳥、もといひーちゃんの四メートル程ありそうな巨体を見て、
「ちなみに、当時のひーちゃんってどれくらいの大きさだったの?」
「当時の私よりも少し背が低いぐらいだった思います」
つまり、一メートルぐらいはあったわけか……。そんなの普通の鳥なわけがないから、反対されるわな。
「ひどいと思いませんか?」
「……うん」
「……本当に思っていますか?」
「いやまあ……うん。じゃあ、結局、傷が治るまで見てあげた後に逃がしたって感じなんだ」
「なんか、話を逸らされたような気がしますが……。二年間ほど一緒に居ましたよ」
「てことは飼うことにはなったのか……」
フィリスさんっていいとこのお嬢様って見た目をしておいて、結構頑固だからな。クローディアさんとフィリスさんのお父さんが渋々とった様子で、了承している姿が容易に想像できる。
というか、二年飼っていたということは、二年しか飼っていないということにもなるから、逃がすような事態になったってことだよな……。
逃がした理由が少しだけ気になるが、よくよく考えてみたらそこまで知りたいわけでもないことに気づく。
フィリスさんが期待しているような表情をこっちに向けていて、別れたときのことを話したいんだろうなとは思ったが、正直かなり疲れているから気づかないふりをする。
「巨大蜘蛛を倒せたわけだし、これで脱出できるな」
フィリスさんは頬を膨らませて、
「……そうですね」
「でも、どうやって脱出しようか」
目の前にあるそびえ立つ壁を見ながら、
巨大蜘蛛を倒すまでは、この絶壁を登るのだとしても脱出できるならそれでいいって思っていたけど……、しんどそう……。
突然、くゎぁー!!という叫び声が聞こえてくる。びっくりして後ろを向くと、ヒーちゃんはこっちに背を向けていた。
「もしかして、背に乗れと言ってくれているのですか?」
また、くゎぁー!と叫ぶ。
もしかして、言葉が通じるのか?……どう考えても普通の鳥じゃないし、ありえない話じゃないか。
「ほんッとーッに、ひーちゃんはいい子ですね!!」
フィリスさんは感極まったといった様子で抱き着き、ひーちゃんの背にまたがる。
そんな様子を見て子供が出来たら親ばかになりそうだな、と思った。
「セオドアさんも乗りましょう」
高いところがあんまり得意じゃないのとフィリスさんと相乗りすることに少し躊躇するが、そびえたつ壁を見る。さすがに嫌だから、フィリスさんの後ろ側に乗るとひーちゃんが羽ばたかせて宙に浮く。
「ううぉぉぉ!?」
そして、一気に加速するから体制を崩しそうになり前に抱き着いた。
「高くないか!?」
崖を抜けたと思ったら、さらに飛んで今では帝国の全部が見えるくらいまでなってしまっている。
こわいんだが!?
「気持ちいいですね!」
「ねえ!もういいって言ってくれない!!」
「少しだけ我慢してくれませんか?この子も久しぶりに一緒にお散歩が出来て嬉しいみたいで」
「スケールのでかいお散歩だな!!」
そう口にしながらも、ひーちゃんに助けてもらったわけだから嫌だとは言えなくて、ただ必死にフィリスさんに掴まる。
「ひーちゃん。そろそろ、セオドアさんが限界そうなので降りてあげましょう」
さっきまでの戦闘も相まって、もういろいろと限界の中で聞こえてきた言葉に、誰も見てないのにめちゃくちゃ頷く。
そして、どんどんと地表が近くなっていって着地した。
フィリスさんは先に降りて、こっちに手を差し伸べてくれたからそれを握って降りる。
「あら、セオドアさんとフィリス様ではありませんの。行方をくらまして周りを心配させていた割には、仲良くお空でお散歩デートしていたとは良い御身分ですわね」
馬車から降りてきたカーリンさんはそう口にし、その後ろからフィリスさんの護衛役であるモーガンさんが現れた。
好きでやってるわけじゃない、と頭に浮かぶが、疲れで弁明する気力が湧かなかった。
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