第六十一話 多種族国家
かなり大きい城壁と、その前にたくさんの馬車が並んでいるのが見えてきた。
クローディアさんから聞いた到着時間と王都以上の立派な城壁から、目的地である帝都に着いたのだと分かる。
「はぁ、ようやっと着くのか」
新鮮な空気を吸いたくて、人を乗せる箱の部分であるキャビンから顔を出している状態だったので、同じ馬車に乗っているフィリス様とクローディアさん、ポールさんには聞こえないだろうという計算のもとため息をつく。
そうやって、わざわざ周りを気にしてまでため息をつきたくなるほどには今回の旅はしんどかった。
主に第二王子のせいで。
まずしんどかったポイント第一は、隣の馬車から女の人の喘ぎ声みたいなのがちょくちょく聞こえて来ることだ。
ああいう王子だから、情事にふけっていても別に何とも思わない。思わないけど、もうちょい音はどうにかしろよと言いたくなってしまう。
ずっと聞こえて来るんだったら、どうしようもないんだろうなと理解をすることは出来るんだけど……。まあ、それでも納得はしないが。
ただ、たまにしか聞こえてこないってことは恐らく声が漏れ出るような行為をしているんだと思う。
そもそも、第二王子が乗っている馬車って、絶対に性能もいいはず。
ちょっとやそっとの魔法じゃびくともしないとか、防音がしっかりしているとか。
で、防音がしっかりしているから基本的には聞こえてこないんだろうけど、扉を開けているとか、外に出ていたりしているからこっちまで音が伝わってきているんだろう。
もしそういうことをしているんだとしたら、こっちには女性が二人乗っているわけだし、少しぐらい配慮しろよと言いたくなってしまう。
それと、向こうの方が圧倒的に上の立場だから、やめるように言いづらいのもたちが悪い。
というか、一回フィリス様がこっちまで音が聞こえてきますよって言いにいったんだけど、何も変わらなかった。
それどころか第二王子はフィリス様に、嫉妬しているのか……?ならこっちにこいよ、とか言う始末だったし。
しんどかったポイント第二は、とにかく馬車内の雰囲気が悪いことだ。
クローディアさんはフィリス様がいるからか、ろこつに機嫌悪そうな態度はとらないけど、女の人の声が聞こえて来ると足を揺らし始めてイライラしていることが伝わってくる。
フィリス様は普段通りなんだけど、第二王子様のナンパまがいの誘いを受けた後は目が笑っていなかった。
だから、この後になんか起きて溜まっているいろいろが爆発したりしないか怖くてしょうがない。
一緒に乗っているポールさんも俺と同じように感じているのか、大丈夫なんでしょうか、って心配した様子で相談されたから、勘違いというわけではないと思う。
ちなみにエリザベスさんは少し遅れてくるため、一緒の馬車にはいない。……この空気を味わうことなく気楽にこっちに来るのだと思うと、ちょっとずるいと思ってしまうが。
あの第二王子、最初の村で泊まるとき、フィリス様とクローディアさんに一緒に寝ないかと誘っていたから、エリザベスさんも標的にされ断れなくてかわいそうな目に合う可能性があったと考えると、これでよかったんだろうけど。
まあ、エリザベスさん的には第二王子と寝るのはウェルカムだったのかもしれないが。
「それにしても、いろんな種族がいますね」
聞こえてきた声質的にフィリス様の言葉だろう。
王国は人族以外の種族はあまり見かけることがないからな。
犬っぽいのや、猫っぽいの、トカゲや鳥などといった特徴を備えた人達が並んでいるのを見ていると、本当に多種族国家なんだなと実感する。
「ほんとですね。リザード族の方なんて僕は見たことがないですよ」
王国じゃあ、他の種族がいても奴隷しかいないだろうからね。ポールさんみたいな一般市民からすると奴隷なんて馴染みがないものだから、そりゃ見たことがない種族もいるよな。
……さも、自分は見たことがあるみたいな表現をしたけど、俺もトカゲのような見た目をした種族は見たことがない。俺もただの一般市民だから。
「たしか、帝国が多種族国家になったのって、十五年前でしたよね。それなのに、これだけいろんな種族がいるのは凄い気がしますけど。しかも見ている限り、人族の方が少ないように見えますし」
開けていた扉を閉めながら、外に出ていた体をフィリス様たちがいる方に向ける。
「まあ、そうね。いくらいろんな種族を迎え入れますよって言ったとしても、元が人族国家だった帝国に行きたいと思わないわよね。あたしだったら、絶対に行かないし」
「普通はそうなりますよね」
クローディアさんが言ったことが、俺の言いたいことだったので同意した。
帝国が多種族国家になってまだ十五年しか経っていないのに、ここまでいろんな種族に受け入れられているというは異常とまで言っていいような気がする。
例えば、人族とそれ以外の種族がフラットな関係性だったのなら、そこまでおかしなことではないとは思う。
ただ、俺の知っている限りの人族国家は人族以外を受け入れているところはなく、いても奴隷しかいないという認識だ。
ということは、人族にとって他種族は奴隷でしかないし、他種族にとって人族は関わり合いになりたくない種族、もっと言えば憎むべき種族であると言っても過言がないだろう。
だから、多種族国家になったばかりの人族は他種族のことを自分より下に見ていただろうし、他種族は人族と一緒に暮らしたくなかったことは容易に想像ができる。
そんな人族と他の種族がたった十五年で確執がなくなった――なくなってないにしても同じ国で暮らせているということが、驚異的と言えるはずだ。
まあ、帝国が今一番盛り上がっている国だから、好き好んで来ているというわけではないのかもしれないけど。
馬車が並んでいることを考えると、商人とかが多そうな感じがする。
……いやでも、移住する人やわざわざ歩いてまで観光しに来るような人なんてどの国でもそんなにいるわけじゃないから、商人が多いのは当たり前か。
それに商人って言っても、行商人みたいなわざわざ遠くから来ている人は少ないだろうから、ここにいる大半は近くに住んでいるんだろうし。
「おーい、開けてもらってもいいか」
商人だったとしてもこれだけの人が来ているのは凄いのかなと思い始めていたところで、どこか軽率さを感じる男の人の声が聞こえて来た。
扉に近いのは俺だったので言われた通り扉の突起部分を引く。
「よお、フィリスちゃん」
「カーティス様、こんばんは」
フィリスちゃん呼ばわりをしたのは、カーティス・シャムロック侯爵。
シャムロック様はフィリス様のお父さんと仲がいいらしく、フィリス様が幼いころからの仲らしい。
三十歳前半ぐらいでやんちゃな大人といった見た目はしているのだが、ピアスなどはしておらず、つけている貴金属も高そうなネックレスぐらいしかない。
第一印象はめちゃくちゃチャラそうで貴族っぽさを感じなかったが、ノリが合わなそうという意味であまり関わり合いになりたくないと思った。
だけど、旅の一日目で村に泊まった時に、シャムロック様はいやーうるさくしてごめんねと軽い感じではあったがフィリス様だけでなく、爵位も何もない俺やクローディアさん、ポールさんにも向けて謝罪していたことで、今は人の良い陽キャという印象を抱いている。
「何か御用でしょうか?」
「用がなきゃ来ちゃいけない?」
「そんなことはありませんよ」
「ほんと!嘘でもそう言ってくれて嬉しいよ。……正直さ、あの王子と一緒にいても楽しくないから、こっちで楽しくお話でもしたいんだよね」
シャムロック様は王子が乗っている馬車をちらっと一瞬見た後、こっちに顔を近づけて、右手を頬に当てながらひそひそ声で言う。
「カーティス様」
「……いや、冗談だよ、冗談」
咎めるような口調のフィリス様にシャムロック様は特に反省した様子はない。
フィリス様はちょっと駄目ですよ、と軽い感じであるため本気で咎めているというわけではなさそうだからなんだろうけど。
いつものやり取りって感じがして、仲がいいんだなぁと漠然と思った
「それで何の御用でしょうか?」
「いや、中に入る許可を貰って来たからさ。こっちが乗っている馬車について来てよ」
「分かりました。わざわざ伝えて下さりありがとうございます」
「そんなかしこまらなくていいって。じゃあそういうことだから」
シャムロック様は後ろを向きながら手を振り、第二王子が乗っている馬車に戻っていった。そして、シャムロック様が馬車に乗り込むと並んでいる列から横に抜けて城門へと向かっていく。
中に入る許可ってそういうことか。いいんだ、この列を抜かしちゃって。
……まあ、よくよく考えたら他国の王族を待たせるわけにもいかないだろうから、当然といえば当然か。
この長蛇の列を抜かしていくのは、わざわざ並んでいる人にちょっと申し訳なさが湧くけど……。長時間並んでいるとあの第二王子が癇癪を起してもおかしくないから、並んでいる人たちはしょうがないと割り切ってほしい。
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