第五十八話 やわらかな目覚め
目が覚めると大きい二つの山があった。
頭には柔らかい感触があり、すごく寝心地がいい。
「……なにこれ」
「ん?起きたでござるか?」
山の上から声が聞こえてきたと思ったら、黒髪の非常に顔立ちが整った女性がこっちを覗き込んだ。
「……オウカさん?」
「うむ」
その女性は俺の疑問を含んだ呼びかけに肯定した。
……ん?てことは、これ……、膝枕?
「すみません!」
「まだ、休んでいていいでござるよ」
これは不味いと思い、慌てて起き上がろうとするが、オウカさんに体を軽く抑えられて柔らかいところに戻らざるを得なくなる。
「いやいやいや。その……、ええっとぉ……ですね。本当にもう大丈夫ですから」
オウカさんの好意を受け入れるようなことはせず、体を起こした。
頭の感触が良く寝心地も良いため起き上がりたくない気持ちはあったが、それ以上に膝枕されているという気恥ずかしさとこれは良くないと思ったのでオウカさんの好意を遠慮する。
起き上がると、ダンジョン入り口にあった階段が見え、岩壁で作られているダンジョン内部であることが分かる光景が広がっていた。
「……痛くないんですか?」
オウカさんが凸凹した岩床で正座していて、かなり痛そうなために出た質問だった。
さらに言えば、俺を膝枕していたわけだから、ただ正座をしているのとはわけが違うはずだし。
「これぐらいなら大丈夫でござるよ。であるからして、寝足りないのだったら膝を貸してもいいでござるよ」
「……いえ、遠慮しておきます」
自分の太ももをぽんぽんと叩くオウカさんを見て、なんでそんなウェルカムな感じなんだろう、という疑問と共にもう一つの疑問が浮かび上がる。
「あの、なんでテントとか寝袋みたいなものを使ってないんですか?そういうのがあったら、正座をしていても痛みが和らぐと思うんですけど」
「そんなものは持ってきていないからでござるよ」
「え……?でも確か、このダンジョンで一晩止まるつもりだったんですよね?何も敷くものがない状態で、この凸凹したダンジョンの床上で寝るつもりだったんですか?」
オウカさんはしまった、みたいな感じの表情で固まる。
「う、うむ。寝るときの際のことは、すっかり頭から抜けていたでござるよ」
「え?」
そんなことあり得るのか。オウカさんに限って……。
結構しっかりしているイメージがあったから、そういう準備もしてきているもんだと思っていたけど。
……なんか分からないけど、オウカさん、動揺しているように見えるな。
「気が利かなくて、すまないでござるな」
「いえ、全然。……そういえば、腕が吹き飛んだような気がしたけど……、あれって、記憶違いかな?いやでも、あの痛みは……」
魚人の水魔法で腕が逝かれた痛みが記憶されているのだが、失ったはず右腕があることに疑問を覚える。
あの時は意識が朦朧としていて何があったのかしっかりと覚えていないから、記憶違いだったのかな、なんて思いながら。
「セオドア君の腕がなくなっていたのは間違いないでござるよ。ただ拙者がセオドア君にポーションを飲ませたから腕が新たに生えているだけでござる」
「ポーションですか……。でも、そんな腕が生えるレベルとなるとかなり高価な奴だと思うんですけど」
「うむ。何かがあった時のために、セオドア君に使ったような強力なポーションをいつも一本持ち歩いているのでござるよ。それに今回はダンジョンに潜るつもりでござったからな」
何かあった時に備えてそういういいポーションを持っておくか……。まあ、おかしな理屈ではないけど……。
まあでも……、少なくとも、それを備えておける資金力があるってことだよな。
「だとしたら、そんないい奴を使わせてしまって申し訳ないです」
「いやもう、全く気にしなくてもいいでござるよ。それに今回の事態を招いたのは拙者の不注意が原因でござるし」
不注意?ああそうか、俺が転移罠を踏んであのとにかく厄介だった魔物三匹と戦う羽目になったんだっけか……。
あれでも、ここに入るときにオウカさん、このダンジョンは学園指定のものだとか言っていたような……。
そんな場所で、転移装置とか学生じゃ対処できなさそうな魔物がいるなんてことがあり得るのか?
オウカさんの様子も変だし……。
「ここって確か、学園指定のダンジョンでしたよね」
「……ああ、そうでござるよ」
なにその、そんな設定だったな、みたいな間は。
「そんなところであんな悪質な転移装置を置いてあることなんてありえるんですかね。しかも、転移先でボスモンスターみたいなのがいるなんて、凶悪すぎると思いません?」
「うむ、確かに……。悪辣と言わざるを得ないでござるな」
「そうですよね……。こんな罠を学園側が配置させるなんてことあるんですか?」
「あまり考えられないでござるな。……それこそ、外部の人間が学生たちを貶めるためにやったとしか思えないでござるよ」
オウカさんは俺のことを見て、由々しき事態だとでも言いたげに頷いた。
「外部の人間だとは限らないのでは?」
「学生や教師がこんなことを……?うーむ、そんなことをするような者がいるとは思えないでござるが……」
いや、そういうことをする奴は普通にいると思うけど。
貴族クラスの奴らとか完全に俺のことを敵視している節があるし、俺の予定を知っていたらそういうことをやってくるような陰湿な奴がいてもおかしくない。
……まあ、今回のは違うだろうけど。
「あの、なんか隠してません?」
「……何のことでござるか」
「あくまで予想なんですけど、転移罠の設置とかあの魔物とかがいたのとか、オウカさんが関係していたりしませんか?今正直に言ってくれればちょっとイラっとするだけで済ませますから」
「……申し訳ないでござる!!」
迫真の土下座だった。それも、問い詰めていたこっちが若干引いてしまうぐらいの。
……ちょっとやりすぎじゃない?いやまあ、結構なことはされたけどさ、そこまでやられるとこっちが反応に困るんだけど……。
「もし、これで気が済まないのであれば、腕の一本や二本切り落としても――」
「そんなことをしなくてもいいですから!というか腕の一本や二本って、二本切り落としちゃったらもう腕なくなっちゃうじゃないですか!」
「だとしても、それでセオドア君の気が済むのなら!」
「いやだから、いいですって!!これが原因で、オウカさんの将来がお先真っ暗になっちゃったとか言われても困るので!……そんなことよりも、なんでこんなことをしたのかを教えてもらってもいいですかね?」
反応からして俺のことが嫌いだからという理由ではなさそうだけど、そうだったらちょっと泣いちゃうかもしれない。
「ここで黙り込むのは不誠実でござるな……。今回の件は、セオドア君の実力を試すために起こした事でござる。そもそも、拙者がセオドア君に近づいたのは命令されてのものだったのでござるよ」
「命令……?でも、オウカさんと自分が師弟関係になったのは学園側が決めたことですよね」
「それも仕組まれたことだったのでござるよ」
まあ、話の流れ的にそうなんだろうなとは思ったけど……。
学園に強制させることが出来る人物ってことね……。
「……なるほど」
「申し訳ないでござるが、雇い主が誰であるかまでは教えられないでござる」
「……分かりました」
「ありがとう」
誰の命令だったか知りたい気持ちはあるけど、オウカさんが言えないっていうのなら無理やり聞き出してもね。
それに、聞きたくないような気持ちもあるし……。
そもそも、腕試しをしたいって話なら俺に危害を加えるためってわけでもなさそうだから、無理に聞く必要もないか。
「あ、もう一つ聞きたいことができたんですけど、なんで自分のことを学園まで運ばなかったんですか?……もしかして、重くて仕方なくここで起きるまで待っていたとか?」
「いや、そういうわけではないでござるよ。今回がセオドア君にとって初めてのダンジョン攻略でござるから、自身の足で踏破を噛みしめた方がいいのではと思ってここで待っていたのでござるよ」
「あ、そういうことなんですね。お気遣い、ありがとうございます」
転移の罠で無茶苦茶やっかいな魔物と戦わされただけという印象しかないから、ダンジョン攻略をした実感がないし、別に達成感を求めていたわけではなかったけど、オウカさんの好意を無下にする理由もないので素直にお礼を言った。
「じゃあ、帰りましょうか」
「……そうでござるな」
間があったことで、オウカさんが俺に本当に許してくれたのかと言いたいのを呑み込んだのだろうな、なんて思いながらも特に追及しなかった。
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