自由な沙織と制約のあるレベルE(2)
遊技施設から距離がある場所に住んでいる住民は、前回の召喚時にも被害を受けていないために召喚者に対して特別な思いはない。
少数ではあるが、人によっては、自分達の住む国を守ってくれていると感謝している程だ。
その為、なぜかこの周辺をうろうろしている召喚者の集団に対しては、興味の視線を向ける事はあれど、悪意の視線を向ける事は無かった。
ここで悪意の視線を向けていたら、いくら生徒たちがレベルEだとしても一般住民のレベルFでは太刀打ちできない。
結果、大惨事が起きていた事は間違いないため、住民は幸運を拾ったと言える。
「で、どうするんだよ?ここでうろうろしていても、あの女の居場所は分からないだろ?」
多少イライラしている正樹が、この場にいる愛子を含むレベルEの全員に現状の打開策を求める。
すると、隼人がこう言って来た。
「そう言えば俺、王城で翠に聞いた事がある。この世界って、日本で言う所の異世界だろ?当然ギルドとか、冒険者とかが存在するのではないかと思ったのだけど……」
現代の高校生ともなれば、受験対策を始めるためにネットでの検索や書店に赴く事はある。そこでついでに視界に入るのが、異世界をテーマにした書籍だ。
そのため、ある程度の知識は全員持っているのだが、各自が思い描いている世界とこの世界が一致しているかの確信が持てていなかった。
「結果的には冒険者もいるし、ギルドもある。冒険者は、異世界人と関連のある者だとレベルFではない場合が多いから、そんな人がやっているみたいだぜ」
「それでどうするんだ?あいつはレベルF。冒険者登録なんてしないだろ?人探しの依頼をするにも、俺達は金なんか持ってねーぞ」
正樹の突っ込みに、隼人は黙り込んでしまう。
「地道に聞き込みをするしかないでしょうね。そもそも、私達の知る限りでは、私達と同じく遊技施設近辺にしか行った事が無いはず。その辺りに移動してみましょうよ」
多少冷静な優香の真っ当な意見が採用され、レベルEの一団である八人は、沙織を探し出すために遊技施設方面に移動を始めた。
「何だよ、こいつら!目つきわりーな!」
不機嫌な態度を隠そうともせず、大声を出して威嚇する正樹。
当然同行している残りの七人も、悪意の視線に晒されれば機嫌も悪くなる。
もちろん腕輪をしている召喚者に対して、遊技施設周辺の住民が恨みを持っているからだ。
自分と関連がある者を殺めた召喚者本人ではない事は理解しているのだが、どうしても傍若無人にふるまう召喚者と言うイメージが覆せないのだ。
そんな中で正樹のセリフが聞こえてきた上に、生徒達の怒りの表情。
この周辺の住民とは、既に敵対していると言っても良い状態になっていた。
沙織のような人柄であれば、多少の時間はかかったかもしれないが受け入れられただろう。
だが、この場にいるレベルEの生徒や、教師であるはずの愛子ですら沙織のように殊勝な心は持ち合わせていなかった。
「おいお前ら、ここら辺に薄汚れた召喚者が来たはずだ。数日前に俺達と共にこの場所に来て、一人でそこに立ち尽くしていた奴だ。今どこにいる?」
正樹が周辺住民に聞こえるように、大声を出す。まるで命令するかのような口調で……
この周辺の住民は沙織がヒスイの所にいる事を知っているのだが、誰一人として口を開こうとはしなかった。
そればかりか、まるで正樹一行が存在しないかのようにふるまい始めたのだ。
「こいつら……テメーら、何無視してやがるんだ?あん?シバキ倒すぞコラ!!」
さんざん今まで沙織に対して行ってきた行動のほんの一部を逆にされただけでブチ切れる正樹。
そんな正樹を前にして、引きずられるように愛子を含めた生徒全員が怒りの表情になり、今にも攻撃せんとばかりに、住民を睨みつける。
それでも住民の態度は変わらない。
業を煮やした正樹は、つかつかと一番近くにいた妙齢の女性の胸倉をつかんで持ち上げた。
レベルEとはいえ、住民達とは一つレベルが異なるので相当な力がある。
日本では人を片手で持ち上げる事などできはしない正樹だが、異世界において得た力がそれを可能にしていたのだ。
「何をするのですか。放してください」
偶然正樹たちの近くにいたと言うだけで、突然暴力にさらされている女性は当然抗議の声を上げる。
「あん?今更何を言っていやがる。俺様の問いかけに無視を決め込むのがわりーんだろうが!」
更に胸元を締め付けるように手に力を入れて、更に持ち上げる正樹。
女性は苦しそうにしながら、正樹の手を振りほどこうと必死でもがいている。
「正樹、こいつらこんな状態でも誰も口を開かねー。という事は、多分、俺達の予想通り、あの女はここにいるな。こいつら、あの女を庇っていやがる。上辺だけの態度に騙されて、善人だと思ったんだろうな」
俊彦が、周辺の住民の態度を確認して正樹に告げる。
俊彦の言う事に納得するところがあったのか、正樹はとりあえず女性から手を放す。
女性はそのまま地面にへたり込み、咳をしている。
この女性を助けようと動いていた住民が、女性を必死で宥めている。
つまり、正樹たちの前には住民が多数いる状態になっているのだ。
「お前らに良い事を教えてやろう。お前らが庇っている沙織と言う女。あいつはとんでもない悪女だ。陰湿で、外面はすこぶる良いが、その裏では悪事を平気で行うような奴だ。きっとお前らは外面に騙されているんだろうな。被害が甚大になる前に、そんな女は放逐するべきだぞ。何の力も無いしな。その代わり、俺達がこの周辺に住んでお前らを守ってやろう。冒険者登録をして得た収入の一部を分け与えてやっても良い。どうだ?良い提案だろう?互いに益がある」
自信満々に告げる正樹。
自分としては、正に住民を悪の手から救い出した上に、助力までして見せるヒーローのつもりだったのだ。
「バカ言ってんじゃないよ。突然現れて偉そうにした挙句、女性に暴力をふるうような奴の言葉を信じる奴がいるか!これだからお前達のような出来損ないの召喚者は嫌われるんだよ!」
全く期待していない、いや、期待とは真逆の言葉が投げつけられた正樹は、自分に暴言を吐いた女性の元に向かっていく。実はその女性、ヒスイだったりする。
ヒスイの元でかくまわれている沙織を正樹の言葉を聞いたうえで明らかに庇い続けたヒスイを見て、住民は正樹の伝えてきた事が嘘であると確信した。
ヒスイの人を見る目は間違いないと信用されていたからだ。
そんな中でも正樹はヒスイに近づくのだが、わらわらと住民が出てきてヒスイを守るように動き始める。
「おい正樹、ここで派手に暴れると後々苦労するぞ。ここは一旦押さえろ」
城下町の事や、この世界について碌に理解できていない状況で生活を始めるのに、最初から敵を作るのは得策ではないと考えている俊彦の助言により、渋々引き下がる正樹。
「お前ら、今回は引いてやる。俺達はこの町で冒険者として活動する予定だ。沙織について何か情報が得られれば、何時でも良いから伝えに来い。悪い様にはしない」
最後に俊彦が住民にそう告げると、レベルEの一行はこの場を後にして、俊彦の言う通り冒険者登録をしにギルドに向かった。
だが、誰も道を知らないために、かなりの時間彷徨っていたのは仕方がない。