自由な沙織と制約のあるレベルE(1)
広場には、未だに放心状態のレベルEの生徒と愛子がいる。
王城からは追い出され、生活の基盤が有る訳でもない状態で腕輪の特典すら剥奪されたのだ。
つまり、今つけている腕輪は、二度と取る事の出来ない足かせだけになっている。
そう、クイナ王国に対する敵意を持つ事ができないと言う足かせを……
はっきり言って、他国との戦闘時に戦力にならないと判断されているレベルEだが、普通の住民からすれば別格の強さを持っている。
今回の実地訓練のように、住民では対処できない獣の排除や、強めの魔法を行使する事で住民の助けとなる事で生活する事は出来るのだが、絶望が先行し、明るい未来を思い浮かべる事が出来なかった。
沙織は、そんなレベルEの生徒と愛子を無視してさっさと納屋に向かって鞄を掴むと、そのまま広場に戻った。
そもそも、今までクラスの誰からも罵倒や嘲笑以外の声を掛けられた事が無かったので、無視と言うよりも、存在しない者として扱っていたのだ。
広場に戻ったのは、あまりにも広い王城なので、案内なしには門に辿り着けないから仕方がない。
かなり待っていると、うだうだと文句を言いつつ、レベルEの総勢八人、教師である愛子を含んだ全てが揃った。
騎士の先導に嬉々としてついて行く沙織。
その後ろを、まるで地獄にでも向かうかのような足取りで移動するレベルEの八人。
だが、いつもの通りに誰も沙織に話しかけるような者はいなかったが、罵倒や嘲笑する者がいなかったので、沙織としては晴れ晴れとした気持ちで王城を後にする事が出来たのだ。
これで、日本で生活をしていた頃から目の敵にされていた双子の妹による迫害を受けなくて済む事、そして、謂れの無い事実無根の噂によって迫害される事が無くなったのだ。
更には、以前城下町の視察を行った際に暖かい心で接してくれた人達と生活できる事に喜びを隠せなかった。
何も言わない騎士に一礼すると、さっさと門から離れて行ってしまう沙織。
一方、残されたレベルEの者達は、どうしてよいのか分からずに、未だ門の周辺で燻っていた。
「おばさん、来ちゃいました!」
遊技施設の近くに到着すると、そこにはあの暖かいもてなしをしてくれた女性がいた。
その女性と目が合うと、沙織は嬉しそうにそう伝えたのだ。
「お~、良く来た!待ってたよ。前よりも顔色が良くなっているじゃないか。よしよし、それじゃあ早速祝杯でも上げようか?」
半ば強引に沙織を家に連れ込む女性。
「そうそう、私はヒスイって言うんだ。ビチビチの60歳。あんたの名前は何て言うんだい?」
嬉しそうに食事を準備しながら、沙織に話しかけるヒスイと名乗った女性。
「沙織と申します!」
相変わらず暖かい雰囲気を与えてくれる女性に、嬉しそうに答える沙織。
「フフ、沙織か。良い名前じゃないか。よろしくな!これからはもちろんこの家で生活するんだろ?」
「はい。よろしくお願いします、ヒスイさん」
こうして、沙織は物心がついてから初めて楽しい生活を送る事ができ始めていた。
食事をしながら、お互いの事を話していく。
沙織としては、あまり話したくない身内やクラスメイトからの扱いの話も有ったのだが、なぜかヒスイには全てを曝け出してしまったのだ。
もちろん、話している途中で無意識に涙が出てきたのだが、ヒスイは全てを優しく受け止めてくれた。
一方のヒスイ。
夫は既におらずに一人息子がいたのだが、召喚者の一人によって理不尽にもその命を奪われたらしい。
三十年程前の話になるが、同様な出来事はこの周辺で多発したらしく、城下町での召喚者、特権意識を持たせるような腕輪をしている者達に対する感情は最悪だと教えてくれた。
特に、この遊戯施設周辺に住んでいる者が被害を受けているので、この辺りの住民は召喚者に対して良い感情は持っていないという事だった。
当時はここまでの遊技施設ではなく、召喚者である一人の女性が王妃になってからここまで発展したようだが、住民の娯楽施設としてこの場所は存在していた。
そこに暇を持て余した召喚者達の一部が訪れ、地域住民とトラブルになったのだ。
クラスメイトと翠と共にこの町を歩いていた時の住民の視線の意味がようやく理解できた沙織。
今回の召喚者である妹の詩織を筆頭に、同じような状況になりかねないと危惧しており、その事実をヒスイに告げた。
「多分大丈夫だよ。でも、どうして召喚者の中でも碌でもない者に強い力が与えられるんだろうね?沙織のような者が力を持てば、何も問題はないだろうに」
悲しそうに呟くヒスイ。だが、前回の召喚者も全員が最悪であったと言う事ではない。
実際に、その騒動時に召喚者の暴行を止めようとしていた召喚者がいたのも事実だ。
実際に腕輪をしている者はクイナ王国に敵意を持つことはできないのだが、実質王族や貴族、騎士に対する敵意が範疇になるので、住民は除外されてしまっているのが実情だ。
前回の経験がある住民達は、力のある召喚者に対しては露骨に逆らわないと決めていた。
こうする事で、経済的な被害は出る可能性があるが、人的被害は抑えられると考えていたのだ。
こうして夜が過ぎ、久しぶりに布団で眠る事が出来た沙織。
耐性がついていたのか、藁での寝床と疲れの取れ具合は変わらなかったのだが、気持ち的には随分と楽になっていた。
「おはようございます、ヒスイさん」
「おはよう沙織。昨日沙織が言っていたレベルEの腕輪持ち、どうやら特権をはく奪されたようだね。レベルEに対しては特別な対処は不要とお触れが回ってきたよ」
そう言えば、そんな事を翠が言っていたような気がすると思いだした沙織。
「それで、その連中だが、この町を無駄にうろうろしているらしい。沙織が見つかると厄介だから、暫くはこの家から出ない方がよさそうだ」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
少々落ち込む沙織だが、ヒスイは豪快な笑いと共に優しく沙織の背中を叩く。
「若いのにシケた事を言うんじゃないよ。さっ、気を取り直して朝食にしようかね」
こうして、楽しい生活の一日が始まるのだが、突然地獄に落とされたレベルEの集団が大人しくしているわけがなかった。
初めての野宿で疲弊した一行は碌な食事にありつけずに、たった一晩で疲労が蓄積されていた。
そうは言っても、少し前まで嘲笑の対象であった沙織の扱いに比べれば遥かにましなのだが。
「そう言えば、あの女はさっさと城下町に向かったが、その後はどうなった?」
「確かにそうだ。あんな無能が一人で生活できる訳がない。何か生活できる方法を知っているに違いない!」
「そうよ、そう言えばあの女は一人だけ訓練していなかったわね。その間に何か方法を考えていたのよ」
「ホント、やる事が陰湿!」
いつもの通り、無条件で沙織は悪だと確定している上での罵倒が繰り広げられる。
全く真実を知ろうともせず、ただ単に沙織を見下す事で自分の存在を優位な物であると無理やり納得しているようだ。




