第 ⅩⅩⅡ 話 掻き乱す不穏
この物語は、ただの創成物語である。
日帰りで依頼を終え、家に帰ればアニキの修行を受け、そして夜は遅くまで本を読む────そんな日が3日続いた。
そして、今日もまた依頼を受けようと支度をしているとアニキ達から呼び出しかかかった。
「済まないな3人とも、ここ最近働き詰めで。だが、今日やる仕事で今月のノルマは終わりだ」
アニキの言葉に続いて、ルークが話を始める。
「それで、今日の話だが……ギルドの依頼は俺達3人で行おうと思う」
「えっ!?」
突然のアニキ達の発言に「何故?」と尋ねるとアニキは「お前たちに休んで欲しいから」と答えた。どうやら3人なりの私達に対する思いやりらしい。
流石にこちらも居候させてもらっている身だ。最低限の仕事をしなくてはと「大丈夫だよ、私達もやるよ」と答えるも、アニキ達はこう返す。
「安心しろ。そんなに大変な仕事じゃあないさ。俺達3人で充分事足りる」
どうやら、内容的には近場の魔物退治とのことらしい。
相手はゴブリム────確かにそんなに大した相手じゃあないことを鑑みると、アニキ達3人なら余裕だろう。
だが、私は着いて行きたかった。
しかし、そんな私に肩を持ったアンジュが続いて優しく声をかけてきた。
「それに私達はこんななりでも一応先輩なのよ。だからたまには私達に格好つけさせて」
そうか、そうだったのかと、それを聞いて私は気付いた。
私達がアニキ達を気遣っているように、アニキ達も私達を気遣っていることに。
だが、それでも私が不服そうにしていると、次にアニキがこう言った。
「じゃあ分かった。明日の準備をしといてくれ。通行手形の受け取りと食料などの準備だ。頼むぞ」
そう、明日なのだ。リリスをウェルネスまで送り届ける為にこの街を旅立つ日────それが明日の予定だったのだ。
恐らく、これも私達を休ませるための理由付けなのだろう。買い出しが丸1日もかかるはずがないことを考えると、それを想像するのは容易かった。
けど、あまりアニキ達に貢献出来ていないことを思うと、私はそんなことでも理由が欲しかった。
「分かった、それなら……」
内心、焦っていたのだ。
しかし、これもアニキからの助言と考えると、上手く呑み込める。
「それじゃあ、行くからな」
「夕方には戻るからね」
そう言い残すと、3人は今回の仕事道具を手に取り、部屋を出ていった。
■ ■ ■
手形を受け取りに役場に向かっていると、噴水に人集りを見つけた。
私はそんなこと構わずスルーしようとしたが、リリスが気になってその人集りに近づく。
「ちょっと、待って」
そう言いながら、2人でリリスを追いその人集りに近寄るが────人が多過ぎて、一体奥で何が起きているか全く分からなかった。
近くの人に尋ねる。
「何があったんですか?」
すると、聞かれた人達は軽くこう答えた。
「なんでも、また殺人事件が起きたらしい。それも、例の連続殺人じゃあないかとのことだとよ」
「まったく、物騒な話だねぇ」
彼らは他人事のようにそう語る。まるで自分達にはその危険が及ばないことを確信してるが如く、その発言からは危機感を感じなかった。
平和ボケしている────これに対して私はあまり快く思わなかった。
そんなことを思っていると、
「また会ったねアベル君」
後ろから1人声をかけてきた。
聞いたことのある声────若い男性の声。
振り向くとそこに居たのは
「リハエロさん」
「やあ」
あの若い衛兵さんだった。
■ ■ ■
「リハエロさんはこの事件の担当ですか?」
いくらなんでも殺人事件にまた顔を見せるのはそういう事なのではと思い、私は彼にそう尋ねた。すると、リハエロさんは躊躇わずにこう答えてくれた。
「いやあ、前回の殺人事件の第1発見者が私でね。何かと事件に関わりがあるから、今回の一連の事件の捜査班に加わることになったんだ。いやはや、何故か立て続けに私の夜の巡回のルートで立て続けに起きるとは……」
流石にそこまで来ると、不安になってくるが……。いつか、彼も狙われないだろうか心配だ。
「ぐっ……」
すると、リハエロさんが頭を抱えて苦しみだした。「大丈夫ですか?」と心配になって駆け寄ると、
「最近寝不足で頭痛が酷くてね。事件の担当に配属されてから、寝た心地がしないんだよ」
と答えた。
「無理なさらないで下さいよ」
私がそう言うと。
「無理もするさ。なんせこんな連続殺人なんて、王都の歴史上ここ数十年は起きていないんだから」
彼は真剣な面持ちでそう言った。
騎士としての顔────それは勇ましく、雄々しく、そして何処か違和感を感じる。
この違和感は何か分からない。が、何かが混じっているように感じる。
恐らく、悲しみや憎しみなのだろう。国を守る衛兵として、まるで苦虫を噛み潰したような気持ちのだろう。その気持ちが分からんでもない。
「まあ、一応君には第一発見者という理由がある。後々新聞で大々的に公開することしか言えないけどね」
私が発見した1人目を含め、被害者は今までに一般人3人、衛兵2人の計5人。
殺害方法に関しては一般人の3人は胸をナイフで貫かれ即死、衛兵の2人は首を掻っ切られて同じく即死。
そして奇妙なことに5人ともコアを奪われてる。恐らくコアを目的とした計画的犯罪とのこと。
事実として、一般人の3人は2級以上の魔法を習得している近所でもそこそこ評判の人間だったらしい。
衛兵2人に関しては巻き添え。犯行現場を見てしまったと予測されており、口封じの為についでに殺されたのだろうと言われている。
現時点で纏められている情報はこの程度だ。
新聞である程度は知っていたが、どうやら思ったよりも状況が異質らしい。
「不可解なのが、動機が分からないことなんだ」
その証拠に、今回の事件は犯人の目的が分かっていない。
「コア狙いにしても、魔法法によって人間のコアの取引は禁止されている上に、加工もしづらいから魔法道具に活用するにも不向きだ」
取り敢えず、衛兵達は今回の事件を快楽殺人だったり、猟奇殺人だったり、そういった明確な理由のない殺人として捜査を進めているらしい。が、どうも引っかかる。
「一体何の為に……」
「強くなりたい────とかか?」
「流石にそれは有り得ないわよ、リリスちゃん」
そんな会話をしていると1人、リハエロさんに走ってくる衛兵がリハエロさんに耳打ちをする。
「分かった」
話を聞き終えると、衛兵は持ち場に戻って行った。
「取り敢えず、暫く夜の徘徊は辞めた方がいい。アベル君、そしてマナベル君もリリス君も」
どうやら、今回のこの事件を受けて今夜から夜の巡回を厳重化するとのことらしい。
すると、リハエロさんは血相を変えてこう言った。
「さあ、あとは衛兵に任せといて君達は買い物でも楽しむといい」
流石にこれ以上の足止めは、捜査の邪魔だったのだろう。衛兵さん達も忙しいのだ。これ以上、時間を取らせてはいけない。
私達は追い出されるようにその場を後にし、リハエロさんと別れることになった。
■ ■ ■
あれから私達は買い物を楽しんでいた……いや、その中でも私だけは不服に感じていた。
確かに手形の手続きも終え、食料などの旅立ちの準備も既に済んでいるが、ベルがどうしてもショッピングに行きたいとの事だったので、次いでに付き合っているのだが……。
私は完全な荷物持ちとして扱われていた。リリスもある程度持っているには持っているが、それでも私が両腕が見えなくなるほどの袋を持っているのに対して、リリスは手元が塞がる程度だ。
どう考えても、買っている量が明日から旅立つ人のそれでは無い。買っているものは服やアクセサリー類なのだが、流石にこれを旅先に持っていくまい。
私も思わず尋ねる。
「まだ買うのか?」
それに対してベルは「そうだよ」と答える。
まだ買うつもりなのか……。
そう思うと、より持っている荷物が重く感じられた。
「流石にこれから旅立ちだというのにこんなに着ないだろ」
私がそう言うと、ベルはこう返してきた。
「旅立ちだからよ」
それを聞いて、私はこう思った。
そうか、そうだったのか────と。
だが、翌々考えれば簡単なことだった。
買ったものを見るとどれもリリスのものだったのだ。
そう、ベルは思い出を残したかったのだ。短い期間とは言え少しはリリスに想うところがあったのだろう。
ウェルネスに着けば彼女ともお別れ。旅の間にも買うものは限られてくるとなると、今、リリスに対して出来る限りのプレゼントをあげようとするのは当然かもしれない。
そのことを考えると、私もこれ以上文句は言えなかった。
すると、突然前を行く2人の歩みが止まった。
何があったのかと、止まった彼女の視線に目を向けると、そこには5歳くらいの少女が1人、噴水の前で泣いていた。
ここは────さっきまであの事件があって人集りが出来ていたところだ。
恐らく、さっきの人集りのせいで親とはぐれてしまったのだろう。
通りすがる人々は少女の存在に気がついているが、誰も声をかけようとしない。
流石にこれでは少女が可哀想だ。
私はそんな少女に声をかけようと1歩踏み出そうとした。だが、その間にベルは5歩も6歩も先に歩を進めていた。先に少女の前に辿り着いたベルは優しく声をかける。
「どうしたの?」
だが、その問いかけに少女は泣きじゃくって答えない。
「落ち着いて……大きく息を吸って」
背中を擦りながら、彼女は呼吸を仰いだ。ベルの言うままに、少女はゆっくりと呼吸を整える。吸っては吐いて、吸っては吐いてを繰り返していると、荒かった呼吸が徐々に収まっていった。
「落ち着いた?」
頷く少女。
ようやく会話ができる程度には落ち着いたようだ。
「パパかママはどこ行ったか分かる?」
横に首を振る少女。
やはり迷子のようだ。
「じゃあ、家がどっちかは分かる?」
またもや首を横に振る少女。
「そうかぁ、困ったなぁ……」
流石に情報が少な過ぎる。
かと言って衛兵は今、事件の処理で忙しい。
困った挙句に、ベルはこう質問をした。
「じゃあパパとママがどんな人か教えてくれる?」
それに対して、涙ぐんだ声でごにょごにょと話し始める少女。あまりにも小さな声だったので聞こえなかったベルは耳を彼女の口元まで持っていき、「なるほど」などと相槌を打っていた。
「私、この子を親のところまで送ってくるね。君は先に帰ってて。そんな大荷物抱えて街中歩くのも大変でしょ?」
誰のせいだよと思いつつ、私は彼女に少女を任せることにした。
「私も行こう」と言いたかったが、少女に対する立ち振る舞いや少女の反応からして、私よりもベルの方が適任だろう。
「もしかしたら遅くなるかもしれないから、アニキたちには言っておいてね」
彼女の横顔が、眩しかった。自分とは違う、ひとつ上の階にいるような気がして、何故か遠く見えた。
彼女はいつもそうだ。こうやって人が困っていると直ぐに身体が動く。そんな彼女に私は憧れていて、そんな彼女に私は負けたくなかった。
けど、私は彼女の本心を知っている。
この優しさも嘘なのだとしたら……私はどう彼女と接すればいいのだろうか。
「分かった。必ず送り届けてこいよ」
私が言えるのはそれが精一杯だった。
「私も、行く」
するとリリスも荷物を置き、ベルに寄り添った。
理由は分からなかった。彼女の様子を見て心が動かされたのだろうか、理由は聞かなかったが私は彼女の意志も尊重することにした。
「分かった。あんまり遅くなるなよ」
「うん」と返事をすると。彼女たちは少女の親を探しに颯爽と人混みの中に消えた。
重っ……
リリスが持っていた荷物を持つと、口にこそしなかったが、腕に伝った重みに身体が悲鳴をあげそうなほどだった。こんな重さの荷物を軽々しく持っていたのかと考えると、私の非力さよりも彼女の怪力さに焦点がいく。
だが、約束はした。私は私の役割を果たすだけだ。
両腕に服という名の重しを抱えて、私は自宅への帰路についたのだった。




