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11回目の転生目録  作者: 上代 迅甫
第一章
23/52

第 ⅩⅩ 話 精神医学

この物語は、ただの創成物語(フィクション)である。

 深い溜息と共に扉を開ける。


 やっと、帰ってきた。

 殺人事件の騒動といい、チンピラ共のいざこざといい、2度も衛兵の厄介となり、もう心身共にヘトヘトである。

 だが、今日を終えるのは私にはまだ早いのだ。晩飯を食べたら直ぐに借りてきた本の朗読だ。もしやすれば、これで私の悩みが解決するやもしれないと考えると寝る暇など惜しんでられない。


「おかえり、アベル」


 ドタバタと足音が聞こえ、何故かカタコトの少女の声が聞こえた。ドアノブから手を離し、その方向を見やる。


「お出迎えありがとう、リリ……」


 私はそこにいる少女を見たが思わず目を逸らし、そして2度見をしてしまった。


 フリフリの装飾を纏ったスカート、明るい色で可愛さを表現したトップス、頭に付けられた宝石のような髪飾りエトセトラ……まるで初めて会った時とは別人のようである。女の子らしさというか、ようやく年頃に合った服装になったようだ。


 どうやら私が衛兵に厄介になっている間、彼女たちは彼女達でショッピングとやらを楽しんでいたようだ。どおりで奥を見やると何やら袋の数々か見える。まあ、別にだからどうという訳でも無いが、私とは逆に楽しんでいたようで羨ましい限りである。


 初めて出会った時は土や垢で汚れ素っ気なかった彼女が、まるで飾り付けされたデザートのように彩られている。


 だが、その一方で、彼女の腕にも目がいった。

 そう、例の枷である。現在彼女の身柄は不法滞在の身であり、こんな風にオシャレに勤しんでいる様子でも本来彼女は国が監視し、他国の人間であることを確認次第、強制送還するのがセオリーであろう。

 それを"7日で王都を出ていく"、"枷を付け、国の監視下に置く"、"ギルダーの下宿に滞在し、ギルドもそれを承認する"という3つの条件を元に今ここにいる。

 それの証があれだ。

 少し、思うところもあるが、致し方ないのも確かである。


 本人はというと、あまり納得のいっていない様子だった。いや、どちらかと言うとベルやアンジュさんのファッションセンスに理解が出来ていないといったところだろうか。私からすれば似合ってはいるのだが、不慣れな様子でいつもよりも布面積の多い服に戸惑っているというか……。


「どう?」とベルやアンジュさんが押し付けるように尋ねてくるが、本人が納得していなさそうな表情をしているのにどう答えろと……。


 とりあえず、適当な返事をしてもこの2人に問い詰められるだろうし、ここは素直に思ったことを言おう。


「前よりは可愛いんじゃあないかな」


 私がそう言った瞬間、ベルとアンジュさんには後ろから引っぱたかれた。「そうじゃあないでしょ」などと言ってるところから、どうやら回答として間違いだった様だ。素直に褒めるのは些か小っ恥ずかしいので、できる限りの褒め言葉を送ったつもりだが……女心は厳しいらしい。

 一方のリリスは満更でも無いようだが……やはり人を褒めるのは苦手だ。



 ■ ■ ■



 私は「もしかしたら医学的な側面があるのかもしれない」と思った。

 今朝、カタリーナ先生に診察されて思いついた案である。今まで頭痛を理由に診てもらった医者には「原因不明」とだけ伝えられていた。その為、勝手に自分で「何かしらの持病」だったり「何かが原因で起きている後遺症」とこれまでは思っていた為、医学的にはそうだと勝手に思い込んでいた。

 まあ、それがあながち間違っているわけでもなかったが、しかし、発生源は「キオクの想起」という精神的、或いは概念的要因に起因していたらしい。


 だが、カタリーナ先生の「専門」という言葉を聞いてハッとしたのだ。


 今まで私はスピリチュアル的な観点だったり、過去の偉人にそういった人間がいないかどうかを調べたりしていたが、どうにも見つからなかった。

 そもそも「転生」という発想自体が突飛なものであり、私も私の記憶として確信を持つまでは存在するだなんて思いもしなかったどころか馬鹿らしいとすら思っていた程だ。しかし、実際はそうではなかった。

 なら「今まで空想と思っていたものが実在していたのなら、世間では空想として扱われている『転生』について綴った図書は実は真実なのでは?」と思ったのだ。


 結果は殆ど空振りだった。

 地獄がどうだの、天国がどうだの、そういった宗教的概念に絡めた「転生」、あとは創作物としての「転生」だったりと、どうも私の求めているものとはズレているものばかりだったのだ。


 ならと思い、今度は医学的観点から調べることにした。

 かと言って専門の本は見たところ専門用語だらけで書いてあることが何が何だか分からなかった。

 そして、よく良く考えれば、私が読んでいたのは「頭痛」関するものばかりであった。

 私が彼女の「専門」に引っかかったのはそれだ。

 今まで「内科」にあたる医師に診てもらっていたが、だが一方で他の分野に関しては専門外の話だろう。

 彼らはあくまで「内科」としての診断を下した訳であって、他の観点からの診断に関してはまだ私ですら知り得ぬところだ。

 そして私が読んで調べた書物も、どれも「内科」と呼ばれる分野に関することだった。


 だが、「外科」と言われても違うだろう。

 なら、他にどんな分野があるか考えた時、1番近いであろうと私が思ったのは「精神医学」という分野であった。

 その名の通り、精神に関する医学だ。精神医学は種族戦争時になって発見され、数十年前になってようやく設立された医学としては比較的新しい医学分野である。

 未だ解明されてない部分も多く、そして世間の関心も薄い。私もこうやって真面目に向き合うまでは考えたどころか、そういう分野があること自体知りもしなかったほどである。

 また、その所為か専門医師の数も少なく、その医師自体もまだ患者に対する思いやりに欠けたものが多いとのことだ。あくまで「分野として未発展の部分が多い」という要素に興味を覚え、我先にと未開拓の地で結果を残そうと躍起になっている人々の集まりに過ぎない、ということなのだろうか。

 そんな中で「私は過去の記憶がある」とでも言ってみろ。まともに相手してもらえない上に、一方で虚言癖だの妄想癖だの、そういった観点から治療を試みることだろう。突然、患者がそんなことを言い出したら私だってそうする。


 ならば独自で調べあげ、

 幸い、新分野というのもあり、様々な医師が独自の見解で文献や知識本を書き記している。これから有力だと思われる文献を抜き出し、答えに導くのが1番であろう。



 ■ ■ ■



 ……などと、考えていたが甘く見すぎていた。いくら新分野とは言え、専門学は専門学。ましてや新分野とはいえ発足から一応数十年以上もの歴史がある分野なのだから、今更私が1から学んだとて身につくようなそんなやわなもんじゃあない────そんなことは考古学を学んだ私が1番理解していたであろうに……。


 だが、それでもあれから数時間、夜な夜な調べていく中で分かったことがある。いくら専門学の書物でも多少は一般人でも分かるような単語が幾つか散見されている。

 無論、あくまで私自身が噛み砕いて収集した情報の為、大雑把かつ、不確かではあるが……まあ、それは私の勉強不足なのだから仕方あるまい。


『記憶喪失』について綴られた本は共通事項としてこう書いてある。


 ・強い脳への傷害、強いストレス、薬物中毒などによって発生する過去に起きた事象に対する記憶障害

 ・但し、深層心理に眠る生物としての本能、言葉、習慣などの記憶の喪失は見受けられず、また一定期間の記憶の喪失も未だ確認されていない

 ・1度失った記憶は取り戻すことが極めて困難であり、記憶が戻った事例が少ない

 ・強い衝撃や失った記憶の断片を本人に提示することで記憶が戻ることがあるが、医学的根拠に乏しく未解明

 ・神の恩恵による記憶の喪失に関する能力が発見されているものの、そのメカニズム等は不明。


 ────とのことだ。

 確かに私は、前世の記憶は失ってはいるらしいのだが、果たしてそれは記憶喪失に当たるのだろうかが疑問だ。


 だが、少なくともあの日や今日起きたような「一時的に記憶が飛ぶ」という事項は記憶喪失の類ではないだろうことは分かった。


 次に『記憶改竄』について記された図書もあったので読んでみたが、


 ・意図的に記憶を別のものとして置き換え、それを事実として自身や他者に誤認させること

 ・記憶改竄には自身に対する強い暗示、催眠や薬による脳への傷害等が原因として挙げられる

 ・暗示や催眠による記憶改竄の詳しいメカニズム等は未解明

 ・過去の記録から、神の恩恵による記憶改竄能力保持者の存在が確認されている

 ・医学的に記憶改竄を解消させるには、改竄した事象に対して真実を提示する、もしくは改竄した記憶を更に改竄させ事実を記憶として植え付ける他無く、手術等による治療法が確立されていない。


 確かにあの時、何者かによる直接脳への語りかけがあったが、しかし私の記憶が何者かによって植え付けられたものだとするのなら、では私は何を信用すればいいのか分からなくなってしまう。

 疑問に思うことはあれ、記憶と現実の齟齬は現時点では起きていないところをみると、やはり私は私の記憶を信用せざるを得ない。


 数時間かかって何冊もの本を漁り、ようやく纏まった情報がこの2つだけである。だが、この2つを調べて概ねそれらに近いものだろうことは分かった。それが収穫出来ただけでも大きい。


 なら、後は数をこなすだけだろう。なあに、自分の謎が解けると考えるとそれくらい易いもんさ。


 そう奮い立たせ、私はまた、別の本を手に取った。



 ■ ■ ■



 気がつけば夜が明けていた。


 不思議と集中していたからか、眠気は全くと言っていいほど無かった。衛兵の聴取を2度も受けてもうヘトヘトだったはずなのに……「やる気」というものは恐ろしいものである。お陰で日が昇っていることにも気が付いていなかったくらいだ。

 私の意識がそれから離れたのは、後ろから誰かに頭を硬い何かで叩かれたからである。

 ある意味「目が覚めた状態」だ。


「全く、勉強するのは感心だが、程々にしろ。身体のことも考えろよ」


 その声に反応し、振り向く。

 声でも分かったがルークさんだった。

 どうやら私が読んで積み上げていた本のひとつを手に取っていたようで、私の頭を叩いた本を元に戻す。


 一連の流れで、ハッとなり外を見やると、窓からは日が差し込んでいた。この時ようやく私は徹夜していることを自覚した。

 しかし、私はルークさんの助言に従うつもりは無かった。


「私には知らなければならないことがあるんです……その為なら、寝る間も惜しんでられません」


 使命感というのもあるだろうが、これについては好奇心が強かった。苦ではなく、寧ろ楽な程である。

 やりたいことくらい熱中してもいいだろう、そういうスタンスだった。


「精神医学ねぇ……。アベル、君は考古学専門だろ? どうして医学なんて……」

「それが1番答えに近いと思って専攻したんですが……どうやら思ってたものと違ったようで……」


 私の話を聞くとルークさんはそれ以上深く聞かずに、そのまま台所に立った。魔石に魔力を注ぎ、熱を出させて何かを沸かしているようだ。


 ルークさんはマグカップをひとつ、私の目の前に置いた。中にはホットミルクが入っている。


「これでも飲め。ちょっとは脳を休ませろ」

「ありがとうございます。ルークさ」

「ルークでいい。あと敬語はもうやめろ」


 遮るようにルークさんはそう言った。


「同じ家に暮らす以上俺達はもう家族同然なんだ。そこに上下の関係はなくていい。アンジュもそう望んでいるはずだ」


 そう思ってくれていることがありがたい。言ってくれることがありがたかった。

 名前を呼び捨てで呼ぶ──家族なら当たり前の行いだ。

 タメ口で話す──これも家族なら当たり前だ。


「はい、ありがとうござ……、ありがとう、ルーク」


 そう言って、私はホットミルクに口をつけた。

 砂糖は入っていないはずなのに、ホットミルクは少し甘かった。

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