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妖精に愛された僕  作者: 豆田あんじ
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思惑




ったく、制服を着るなんて何年振りだか。


詰襟じゃないだけまだマシと言えるだろうが、このぶっとい臙脂のネクタイはいただけない。


くたびれたサラリーマンじゃあるまいし、こんなもん真面目に締めてる生徒なんかいるのか?



久々の朝の満員電車を否応なく堪能したエイチは既に気力を奪われていた。


駅から徒歩5分。


この距離がこんなにも苦痛だとは思っても見なかった。


着慣れない制服の着心地にイライラが募るエイチの眉間に、わかりやすい皺が何本も刻まれている。


歩きながらいつもの仕草でポケットからタバコとライターを取り出そうと探るが、そういえばこれは制服だったなと思い遣り切れない溜め息を吐く。


転校初日から制服にヤニ臭いのを纏わりつかせて悪目立ちするのは、エイチの本来の目的から大いに外れるものだ。


旭と示月に探れと指示したはいいがその方法や手段云々は彼ら任せで、今どういう動きをしているのか全く知らされていない。


定期連絡と結果さえ出せばそれ以外のことは口出ししないという契約で初めて成立し、一切の詳細を明かさずに彼らは動き出すらしい。


淳はそんな一方的な契約にも二つ返事で了承し、ケイに彼らとの窓口に立たせサポートをしろと指示をした。


そして。


今現在、エイチが智明達の高校の制服を身に着け不機嫌極まりない表情で、禁煙に耐えねばならない状況に追い込まれている原因とは。



「まあ…、恐らくギリでまだ高校生で通用するだろうけどよ…」



何のコスプレ罰ゲームだ、と一人ごちてしまうのも無理はない。


あの時淳は旭達が消えた後エイチにも指示を出していたのだった。



「エイチ、お前は由麻の高校に生徒として潜り込め」


「え、お、俺がですか?」


「他に高校生の振りできそうなツラはお前とケイ以外にいねーだろ」


「あ、いや、そうですけど…」



しどろもどろになってるエイチがおかしいのか、淳は面白そうにニヤニヤと笑いながらラップトップの画面をエイチに向けた。


そこには典型的な男子高校生の制服であろうブレザータイプのものが映っていた。


濃いキャメル地のブレザーに臙脂ストライプのネクタイ、パンツは濃紺と緑のチェック柄。


エイチはぎょっとして目を瞠る。


まさか、これを俺に着ろと?



「これ、発注するから。サイズは…お前結構背があるけどMでいいのか?」


「ちょっ…淳さん待ってくださいよ!こういうのはいつもケイの仕事じゃないっすか!」


「だってほら、ケイは旭達のサポートさせるし?表出てったら裏の仕事に専念できねーじゃん」


「じゃ、じゃあ俺が裏に回りますから…」


「エイチ」



本来エイチの言うとおり、これまでの二人の役割は逆だった。


ケイが表で情報を集めその裏をエイチが取る。


外見や性格からも陽動はケイの方が適役といえるのに反し、エイチは周りに溶け込むのが長けていて隠密やバックアップをさせれば右に出るものは居ない。


そして二人が組めば阿吽の呼吸というものが遺憾なく発揮され、仕事も迅速で確かである。


淳がエイチとケイを可愛がっているのもそこにあった。


エイチが今回の割り振りに納得いかないのも頷ける話だが、淳には思うところがあってそう采配したのだろう。


さっきまでのニヤついた顔を一気に引き、穏やかだがエイチの言葉を遮ったその声は、一瞬でエイチの体を硬直させた。



「わかってるよな?俺の指示が絶対ってことは?」


「…は、はい。すんませんっした…!」



一気に体中の汗腺が開いたような感覚に耐えながらエイチは、淳の言葉に弾かれたように体を二つに折り曲げる勢いで頭を下げた。


淳の言葉は絶対だ。


淳の持つ力と情報はエイチ達仲間を守ってくれるが、その逆も然りだからだ。


エイチ達はその恐ろしさを身をもって知っている。



「わかってればいいよ。じゃあケイ、その制服一番早く届くのはいつになる?」


「んーと…、最短で1週間ってなってますねー」


「おけ。2日にして編入の手配も頼んだよ」


「了解っすー。あそうだエイチ、今回の名前は何がいい?」



ケイは相変わらず棒の付いた飴を口の中で転がしながら、淳から受け取ったラップトップのキーボードを軽快に叩く。


毎回違う偽名を考えるのもなかなかに面倒くさいものだ。


その辺にありそうな名前なら、とエイチはそういうつもりで言ったのに。



「…なんでもいい」


「じゃあさ、雨森あまもりしずくってのはどう?」


「…雨漏りで雫とか鬱陶しい名前だなおい?つーかどこのアニメのキャラだよお前」


「えー!じゃあ…雨降り…」


「まだ言うか、その口は!」



そんな名前で行けば悪目立ちする上に身動きまで取れなくなる。


尚もふざけた名前を言おうとするケイの口を塞ごうと、エイチが椅子から立ち上がり向かおうとするも楽しそうな淳の声でそれは阻止される。



「ケイ、それでいいよ。エイチは今回は雨漏りの雫で頑張ってきて」


「じゅ、淳さん…」


「了解っすー」


「・・・マジすか」



一昨日のそんな遣り取りがまたエイチの脳裏に浮かび、青筋が音を鳴らして立ちそうになる。


どっちにしろ、エイチには行かないという選択肢は元より存在しない。


だが往生際が悪いと思いつつも、ケイに確認の電話を入れその時を少しでも遅らせようとしたのも、いたしかたないだろう。


歩きながらケイの番号を短縮ボタンで呼び出し電話をかける。



「…ああ、ケイ?一応確認だけど編入の手続きちゃんとやっといたんだろうな?」


『やっといたけどさあ、エイチちょっと人使い荒くね?』


「は?何言ってんだお前。俺は毎回ずっとそういう作業をしてんだよ!!」



いつになく苛立ち声を荒げたエイチだったが、登校中の他の生徒の視線を集めてしまい慌てて口を噤む。


すると相変わらずマイペースで呑気な声が受話口から聞こえてくる。



『いやだってさあ…。そこ、由麻らがいる学校じゃん?俺まともに仕事できる自信ないしさー、多分淳さんもわかっててエイチをそこに行かせたんだと思って』


「…まあその辺は俺も思ってたけど」


『多分あいつらも俺の顔は覚えてるけどエイチの顔は覚えてないと思うんだよね』


「…それはけなされてんのか?」


『まさかー。ていうかそもそもエイチ変に要領良くて、由麻がいるときほとんど顔会わせてないじゃんよ』


「気付いてたのか」



ケイの言うとおり、エイチは由麻が淳の傍に居るときはほぼ近付かないことにしていた。


うちのメンバーには頗る評判の悪い由麻だが、目の前にすれば淳の女として扱わなければならない。


淳のことは尊敬しているし信頼もしているが、敵に回せばこんなに恐ろしい男はいないだろう。


だが由麻のことだけはどうしても納得が出来ないエイチは、不自然にならないよう注意しながら遭遇しないようにしていたのだ。



『それにさ、淳さん言ってたよ』


「何をだ?」


『今回はエイチの方が適任だって。そこ、何かややこしいことになってるみたいだからって』


「は?そこって、ここの事か…?」


『じゃあ頑張ってねー』



カチ、と飴が歯に当たる音がしたと同時に通話が切られた。


やや呆然とした風の表情でエイチは耳からスマホを離しいつの間にか到着していた、ケイが言うややこしくなっているらしい高校そこの校舎をゆっくりと見上げた。






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