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Ephemeral note ~リディアス国立研究所  作者: 瑞月風花


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 翌日からランドは魔女についての話を研究所でしないようにした。それにマリアがスケジュールに組んだ学生講義に時間が取られてしまい、研究所にいる時間もほとんどなかった。講義内容にはいつも批判的なはずなのに、全くどうしてマリアは学生講義のコマ数を増やしたのだろう。


 そして、今、授業準備のランドを前にして、時間に追われて暮らすマリアが時間を気にしないランドに相変わらずの説教を垂れている。ランドはその説教をまるで自然現象のように感じながら、いつになったら止むのだろうと考えていた。


「何をなさってるんです?」


マリアの声は苛立ちと不安が入り混じるように聞こえた。しかし、あまり深入りしてほしくないのと、また説教されるだろうと思うと手を止める気にはなれなかった。


「授業の準備ですよ」


「それが?」


「えぇ」


試験管やビーカーの中からピンク色の液体を選び、緑色の中に入れると、煙が少しだけ立ち上った。


「変なことなさらないでくださいね」


「変なこと、じゃありませんよ。一見布に見えるピラピラの鉄を、もう一度棒状に戻す実験なんです。出来れば、こう撓らせるだけで…」


ランドはペラペラに伸ばした細い鉄板をぴんと伸ばして見せた。


「それが何の授業になるんですか?」


「魔法を科学で証明するための授業です」


もちろんマリアはうんざりしたため息を落とし、ランドを憐れむようにして眺めた。それを特に気にはしないが、どうしてマリアがわざわざランドの行動を気にしなければならないのかが全く不明だった。


「まだ、そんなことを本気で考えてらっしゃるんですか?」


「えぇ、悪いですか?」


「別に」


ランドが手を止めようとせず、悪びれもせずその答えを言ったので、マリアの機嫌はますます悪くなった。


「別にどうこういうつもりはありませんが、その考えがいつか身を滅ぼすということをよく覚えておいてください」


「そんなことはありませんよ。もし、魔法が科学で証明されればあの魔女は特に危険視する者でもなくなるでしょうし、わざわざ魔女狩りなんてしなくても済むでしょう?」


もはや、軽蔑というよりも、それすらもしてくれないような感じだった。


「私は失礼させていただきます。くれぐれもちゃんとした講義なさってくださいよ」


「どこへ行くんです? 私を見張らなくてもいいんですか?」


そのランドの言葉に対してマリアはさも心外と言わんばかりに言葉を吐き出した。


「あなた以外の出世頭を探しに行くんです!」


本当か嘘かは分からなかったが、その声は迫力に満ちていた。


 ランドが相手をする魔女学専攻の学生たちは少なくともランネル贔屓の傾向があった。魔女学を専攻しようというのだからそういうことも全く思わなかったわけではないが、新興宗教についていく洗脳されやすい若者たち、という危なさを感じずにはいられなかった。それに彼らの危うさは、素直、という肯定的な意味にも変化する。ランドが教科書や文献には載っていないような実験を目の前でするだけで、十五歳から二十歳までの様々な年齢の生徒たちは不思議とランドの授業を聞いてくれるようになったし、中には本当に『魔法』だと息を呑む者もいた。そして、その目に映る好奇の光はワカバがランドの動きを不思議そうに見つめていた時とよく似ていた。


 この信者たちは今の魔女とそれほど年齢を違わない。十五年生きた魔女と十五歳の学生たち。


「でも、これは魔法じゃありませんよね」


ランドはそう言いながら、仕掛けをとくとくと説いていく。


「じゃあ、魔女はどんな魔法を使うんですか?」


「そうですね…」


ランドは考える素振りを見せながら、自分が思う答えを述べる。


「人間と同じようなことしか出来ないのかもしれません」


「じゃあ、何も怖くないじゃないですか」


「それじゃあ、武器を持った人間は怖くないですか?」


反応の早い学生がすべての学生の答えを代弁するようにして、自信ありげに答えた。


「そりゃあ、だって、人間は武器を持ったとしても、僕たちを殺したりしないもんな」


ランドはにっこりと笑う。戦争も魔女狩りも身近にない彼らにとってそれは当たり前のことなのかもしれないと思った。そして、伝承の魔女の話を取り出した。


「トーラというものは皆さんご存知ですね。トーラは過去を書き換えることの出来る魔女です。そして、その力の範囲は世界に及びます。言い換えればトーラは全世界を自分の思う『今』に書き換えることの出来る恐ろしい力を持っている者なのです。しかし、ある国に伝わる伝承の中で、こんなことが伝わっています。トーラは過去に生きた人間が作った遺物であると。そして、トーラには自分の望みを叶えられない、人間が望まないことは出来ない、という制約があるそうです。その中でトーラは何度も過去を書き換えていると。どういうことか分かりますか?」


そこで終業の鐘がなった。


「では、その答えを次の時間までに何枚でも構いません、数行でもいいですよ。紙に答えと、その理由、どう思うか書いて持ってきてください」


そう言いながら、ランドは次の時間に半数も集まればいいだろう、と思っていた。上級学校一年生に魔女学を専攻して、このままずっと興味を持ったまま卒業へ向かう学生は数が知れている。生活を考えれば、薄給の研究生や学者にしかなれないこの先に見切りをつける学生の方が多い。学問にしがみついていられる学生なんてほとんどいない。


 そして、ランドの点数の付け方は厳しいらしい。単位修得目的で履修する学問でもない。


「先生、あの、ちょっといいですか?」


男の子と女の子二人が前でノートを持って立っていた。彼らは十五歳の一番若い学生だった。教室は既に雑談や椅子、机の動く音、人の歩く音で溢れている。


「どうしましたか?」


男の子が頷いて、おさげの女の子が喋り出す。


「今捕まっている魔女も過去を書き換えるんですか」


それは、鬼気迫る表情で世界の一大事を語るようだった。ランドはそれを和らげるように答えた。


「心配いりませんよ。さっきも言ったでしょう? 魔女の出来ることは私たち人間と変わりありません」


三人ともが首を傾げた。幼さの残る、少し物事の分かりかけてきた小さな正義たち。


「今リディアスにいる魔女の年齢は、あなたたちと同じ十五歳です。出来ることが同じなら、あなたたちが怖がる必要はどこにもありません。宿題、待っていますよ」


ランドはまとめた荷物をゆっくりと抱えて、彼らに答えた後出て行った。


 ランドはあの文章を思い出していた。それはディアトーラの言い伝えである。



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