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久し振りに家に戻り、横になると、ほどなくして眠りに落ちた。疲れていたのかもしれない。夢の中でもランドは研究所にいて、そこで職員に無視され続けていた。ランドは一生懸命に何かを話していた。何を話したのか分からないが、次の瞬間には馬に引き摺られて、町中を転がされていた。人々の声が耳に届いてくる。
「お前が魔女だ。だから魔女を否定したいんだろう?」
日は高く上り、じわっとした汗をかいてランドは目覚めた。しばらくぼんやりとしていると、足下に金の豚が転がっているのに気が付いた。まったくガントらしい。少し丸顔の大人しい花嫁さんと、物静かで控えめの花婿さん。幸せに浮かれるその両親。拾い上げた金の豚を戸棚に置くと、ランドは伸びをして、目覚ましのためシャワーを浴びてから図書館へ向かった。
リディアスの国立図書館は民衆にも開放されている。図書館も小宮殿のような作りになっていて、正面扉までは大理石の石段が伸びていて、重厚な木の扉を開くと、リディアスの国獣である蛇が唐草に紛れ、天井から見下ろしている。決して趣味の悪いものではない。白基調で所々に描かれる緑の葉の中に金の葉がアクセントとして添えられている。
休みの日にすることのないのはいつものことだった。ランドのしたいことや知りたいことは全て仕事場にあり、自宅にはない。仕方がないので図書館へ向かう。図書館には清楚な受付嬢と、清掃の貧弱なおじいさんがいて、顔見知りになっていた。いつもつなぎを着ているが、今日は茶色のつなぎを着ていて、ちょうど腰に手を当てた時にランドと目が合った。
「こんにちは」
ランドが大きな声で挨拶をすると、玄関の前で、モップを杖代わりにした白髪のおじいさんが顔をしわしわにして、強張った手を軽くあげて挨拶を返す。そして、司書は親しみを込めてランドに挨拶をし、ランドにおすすめの本を紹介してくれるようになっている。肩の少し上の辺りでバッサリと髪を切り揃えた眼鏡の司書は「新しいものがありますよ。学生さんのものなので、どうかとも思いますけど」とランドに原稿用紙三十枚程度のものを渡した。しかしそれ以上、ランドが何かを話しかけない以外、何も話はしない。ランドもそれを受け取ると書棚へ向かう。彼女はいつも何か新しい物を探しておいてくれるのだ。どれ、と言って読む物もないので、とりあえず、辞書と魔女に関する文献、そして、古書、歴史書を抱え読書室へ籠る。五時間くらいの間にそれを読み終え、ざっとその原稿用紙に目を通した。
原稿用紙にイルイダ・d・クロノプスと名前が記されていた。ときわの森を管轄するディアトーラ領主の娘だ。原稿用紙に印刷されている学校名にリディアス神聖学校とあった。ここがクロノプス家を受け入れたということ自体が不思議であり、それ以上にここにクロノプス家が入り込んだということに疑問を持った。ざっと目を通したランドは、受付台へ戻り、司書に話しかけた。
「あの、これってディアトーラの方ですよね?」
司書は「そうなんですか?」と疑問符をランドに投げた。隣国の小さな国の領主家族の名前を気に留めておく人は少ない。ランドだって、このディアトーラという国が魔女と大きく関わる国でなかったら、気付きもしなかっただろう。
「有名な方なんですか?」
ランドは「ははは」と笑ってごまかした。
「いえいえ、そんなことないんですけど、少し気になったもので。すみません、私もうろ覚えで、分かりませんよね。わざわざありがとうございました」
学校では身分を隠していたのだろう。小さな国に言い伝えられている魔女とその性質をまとめたもので、リディアスの考えとは全く違う。もし、これが学生論文でなければ、きっとリディアスはこのディアトーラを攻め滅ぼすきっかけとして利用したかもしれない。世に出なくてよかった。
「読みにくかったですか?」
彼女は少し残念そうにした。
「いえいえ、学生の論文は読み慣れていますから」
ランドがそう言うと彼女は安堵の微笑みを唇に浮かべた。
「これ、お借りしていっても?」
「えぇ、もちろん。たぶん借り手はあなただけでしょうし、良かったら差し上げます」
受付嬢はおかしさを我慢するようににっこりとした。
「それは嬉しい」
「本当に魔女関係なら何でもいいんですね。でも、喜んで下さってよかったわ。だって、最近は図書館に来られる方なんてそんなにいらっしゃらないから」
ランドはまるで舞台役者のように大げさに喜んだ。司書はその過剰反応にも慣れていて、特に気にしなかった。
ディアトーラは魔女信仰の強い国だ。実際に魔術を使う人間がいたかというと、全くそうではないのだが、ときわの森にすむ魔女と森を守るという信条を持っている国である。そして、ときわの森は『トーラ』の生まれた場所だとして伝わっている。それを理由に魔女狩りを強行したのがリディアスだった。当時の領主は領主夫人と魔女の一人を処刑すること、リディアスにときわの森への魔女狩りを許すことで滅びを逃れたのだが、それからはリディアスの犬のように扱われるようになった。おそらく、娘を守るために、忠誠を誓わされたのだろう。アナケラス王ならやりかねない。偶像崇拝のなかったその場所にリディアスで信仰されている女神像を置いてきたのだから。その関係で魔女の存在を全面否定するこの学校に入ったのかもしれない。
しかし、このディアトーラ、魔女に捧げられるとされるだけあり、あまり明るい噂のない国だ。その領主もつい一年ほど前に変死し、一人娘のイルイダが領主を務めていると聞く。そして、母を失った後、父を失う前に彼女は弟を森で失くしている。天涯孤独とはこういうことなのだろう。




