『余計な一言』 管理人側視点
僕たちがいたのは801号室。お石様の目の前。身を乗り出せば顔と顔がくっつきそうな、通称ジャンスペと呼ばれるコーナー。
いつもと違うのは、それぞれの左側に小さなテーブルがあること。その上には、ノートパソコンとアイパッドが置かれていた。
ネット情報をふんだんに取り入れた検証からはじまるのだろうな、と思っていたら、違った。
「我々三人だけでは、なんの結果も出ませんでした。ちぎれ雲さんと一緒なら、何かが見えてくるかもしれません」
なんのことかと思ったら、先日カモシンだけが聞いたという声のことだった。
「初めのころは、あれは空耳。忘れよう、忘れようと、そっちのほうの努力をしていました。でも日に日に、気持ちは逆方向に向かうようになってきたんです。いまは確信をもっていえます。あれは、空耳ではありませんでした」
カモシンは当時を思い浮かべるように天井に顔を向けた。
「でも、あやふやな部分もあるんです。目を押せ、ではなく、目を覚ませ、だったかもしれません。あれがわたし個人に当てたメッセージだったと考えた場合、どこを指摘されたのか、わたしには、まったく……」
カモシンはそこで、僕をじっと見た。何かアドバイスを、そんな目だった。でも僕はそんな立場ではない。そんな能力もない。ごく平凡な質問を返すことにした。
「つまり、再検討を要するような心当たりは、ないということですね」
するとカモシンは、クスッと笑った。
「あり過ぎなんです」
意味がわからなかった。カタカナ文字に聞こえた。
「アリスギ?」
カモシンは嬉しそうな声でいった。
「煩悩って言葉を、ごぞんじですか?」
聞いたような気がするが、意味なんて知らない。
「簡単にいえば、欲望です。欲望のかたまりなんです。わたし」
僕はしばらく考えてから、身体をすこし斜めにして、カモシンの後ろをちらりと見た。
彼女らの守り神が祀ってある箱のどこかに、預り金というかたちで、僕が返金した現金三千万円が保管してあると聞いていたからだ。
「欲しいものは、なんでも買えるでしょう?」僕はお石様の箱に向けて、あごをしゃくってみせた。
「僕みたいな人間に、ポーンと大枚をはたくくらいですから」
でもカモシンは、後ろを振り向かなかった。
「ところがですね」ちょっといたずらっぽい目をした。「世の中には、お金では買えないものが、いっぱーい、あるんです」
「いっぱーい、って、どんなものなんですか?」
口調を真似しながらカモシンに顔を近づけたとき、気づいたことがあった。
小じわの多さだ。
反射的に浮かんできた言葉があった。
若さ。
もちろん僕は、それを呑みこんだ。しかし、僕の口はそれを拒んだ。
「若さでしょ、欲しいものは」
ああ、やっちゃった。口が滑ったとはいえ、いってしまったものは取り戻せない
さすがのカモシンも、これには怒る。そしてそれは、他のふたりにも飛び火する。覚悟したが、カモシンは、にこっと笑った。
「とおい昔から、人は老いるようになっているんです」
他のふたりも、にやにや笑いながら僕を見ていた。
ほっとしたが、恥ずかしさのほうが、ずっと大きかった。でも、口が滑ったなんて言いたくもない。
「すみません、余計なことをいってしまって……」
カモシンは、もう一度にこっと笑った。
「ちぎれ雲さんには本音が似合います。これからも思ったことを遠慮なくいってください。そのほうが、わたしたちも助かります」
たしなめられたような気がしたが、相手も本音をいっていると思うことにした。




