『報告会の冒頭で』 管理人側視点
野菜サンドとコーヒー。軽めの昼食の後、カモシンはこう切り出した。
「腹式呼吸七回によって生みだされた映像を文章化した直後に、バーシュウレインの誰かに、何らかの反応が起きます」
以前の僕なら、即質問、あるいは異論を唱える。もしくは、聞かなかったこととして処理する内容だった。
しかし今日の僕にとって、カモシンの話は、実にありがたいものだった。ただただ、ありがとうございます。感謝致しますをくりかえすのみ。
というのも、話を聞いた瞬間、僕の悩みの種が消滅したからだ。
僕の悩みの種。それは味覚テストが行われた日を境にはじまった、ある症状のことだ。
同じ映像が、朝から晩までくりかえされるようになったのだ。
でも、腹式呼吸七回の映像とはまったく違っていた。いわゆる脳裏に浮かぶというやつ。輪郭をもたない映像だったから日常生活に支障はなかった。でも、困ったことがあった。目を閉じても、開けても、お構いなしにくりかえされるのだ。
もちろん、映像を止めようと模索した。
目を開けたままの腹式呼吸。息をしばらく止める。座禅を組む。屈伸二十回。逆立ち。熱い風呂。水シャワー。コーラを二リットル。いずれも効果なし。
そこで作戦変更。真正面から映像そのものに向き合うことにした。
この現象には、何か理由がある。その理由がわかった時点で、映像は消える。そんな確信めいたものと、思い当たるものが、ひとつあったからだ。
この映像のどこかに、僕とバーシュウレインの三人の出会いの謎を解くカギが隠れている。それ以外の理由はない。
映像は、味覚テストが行われた日のものだった。
僕のアパートにまつわる噂、砂の入った試験管、バクダン梅、神隠しにあった娘さん、セメダイン、カモシンの空耳、冥王星、カロン、そして再び、僕のアパートにまつわる噂、砂の入った試験管……
エンドレス再生されたのは、あの日、僕の網膜に映し出された映像そのもの。
しかし、何度見返しても、いくら考えても、答えはおろか、ヒントのようなものさえ見つけることができなかった。
同じ映像の繰り返しは、拷問に近い。体力は次第に落ちていく、睡眠不足も加わって、僕の思考力は、ほとんどゼロ。
このままでいけば、今の記憶も失ってしまう。
そんな心境になったとき、昼食も兼ねて、いかがでしょうという誘いの電話がきたのだ。
だるい、きつい、眠い、めんどくさい。
それを理由に断ろうとした報告会の冒頭で、僕の脳裏の映像が跡形もなく消え失せるなんて思ってもいなかった。
ふと顔をあげると、カモシンの不安げな顔があった。
左右を見ると、ベッキー、ガウチも同じような表情。
どうやら僕は、物思いにふけっていたらしい。
「……といったような、荒唐無稽な話なんですが……聞いていただけますでしょうか」
カモシンは、何かを恐れるような声と顔で僕に訊ねた。
何か変だなと思ったが、笑顔で答えた。
「ええ、もちろんです。喜んで」
すると、なぜか、バーシュウレインの三人はハンカチを取り出し、目のあたりを押えはじめた
「どうしたんですか? みなさん」
理由を聞いて驚いた。嬉し涙だった。
アパートまで迎えにきた三人を、僕が完全無視したと誤解したらしい。
「車の中、エレベーター、食事中。いくら話しかけても知らん顔。目も合わしてもらえない。心配を通り越して、わたしたち……もう……」
「べつに、意地悪したわけじゃないんです。そのときの僕は、思考停止状態だったはずです」
頭を掻きながら事情を説明すると、三人は気抜けしたようなため息をついた。
「ということは、まだお疲れなんですよね」
気遣うようなカモシンの声で、体内に気力が満ち溢れていることに気づいた。
みなさんのおかげで、といおうとしたが、直前で言い換えた。
「僕のことより、つづきをはやく聞かせてください」
三人の表情が、ばっと明るく輝いた。
「理由はこうです。ベッキーが男の子の顔を思い出したのは、ちぎれ雲さんがポストイットに『坊主頭の少年。葉書。リクエスト。プリーズプリーズミー。東京五輪音頭』と書き入れた直後。わたしだけに意味不明な女の声が聞こえてきたのも、ポストイットからボールペンが離れた瞬間でした。映像。ポストイット。映像の文字化。そのあたりのことを掘り下げていけば、我々とちぎれ雲さんの出会いの理由がわかるはずです」
カモシンがそこまでいったところで、ガウチが提案した。
「気持ちを切り替えるために、早めのティタイムにしませんか?」
「大賛成!」
真っ先に手を挙げたのは、カモシンだった




