『セメダイン遊び』 管理人視点
「これです。これがセメダインです。これを、人差し指と親指の間に塗るんです」
セメダインを知らない僕に、ベッキーはアイパッドを使って説明してくれた。
確かに形はチューブ入り歯磨き。本体のラベルの色は黄。商品名が赤、そのバックの色は黒。
「セメダインって接着剤ですよね。それも、とても強力な。だったら指同士くっつくでしょう。でも、指と指を離していましたよね。何度も何度も」
そんな素朴な質問の途中で、ガウチが口を挟んできた。
「指の動きには、別の目的があるんです」
僕は口を尖らせた。
「別の目的? ここには、接着剤としか書いてありませんよ」
ガウチは困惑の笑みをみせた。
「おっしゃるとおりです。でも、むかしの子どもたちは、自分たちでいろいろな遊びを発明していました。セメダイン遊びもそうです。どんなものなのか、実際にやってみればわかります。いま、手配しました。もうすこしお待ちください」
僕の質問の目的は、相手を困らせるためではない。自分が納得したいだけ。いきなり脳裏に浮かんできたセメダイン。それがなんなのか、知りたいだけ。
「わかりました。待ちます」
僕がそう答えるのを待っていたかのように、カモシンが「はい」と手を挙げた。
「質問があります」
僕はしばらく彼女を眺めてから「どうぞ」といった。
「見えたんですよね、ちぎれ雲さんには」
主語抜きの会話には慣れていなかったが、この場合、セメダイン以外にあり得ない。
ええ、見ましたよ。この目ではっきりと。
といおうとして、それを飲み込んだ。
カモシンが初めて見せた上目使いだったからだ。それだけではない。短い言葉の中に、探るような響きを感じたこともそうだ。
なぜ? いつもはゆったりとしているカモシンが……
彼女の急変に、僕は冷静を装った。
「見えたって、なんのことですか?」
僕がしらを切ったと思ったのか、とたんに、カモシンの目が細くなった。
「決まっているでしょう」
あごを突き出すようにしていった。ひょっとすると、カモシンは気が短いのかもしれない。
「わたしたちが何を考えているのか、わかっていたんですよね。最初から我々の頭の中は、丸見えだったんですよね」
表情の理由がわかった。一安心したが、誤解もはなはだしい。
僕はにこっと笑った。
「ざんねんながら、僕には、そんな能力はありません」
しかし、カモシンは信じてくれなかった。
「正直にいってください。わたしの喉元まで出かかったセメダインの文字が、みえていたんですよね。納得できる説明をお願いします」
そんなこといわれても、無理。自分にも理解できない現象をどう説明しろっていうんだ。「瞼の裏あたりに、浮かんできた。それだけです。それ以外の理由はありません」
自分のぞんざいな口調に気づいたが、かまうもんかと思った。
しばらくの沈黙の後、 ベッキーが遠慮がちにいった。
「立ち入ったことを伺っても、よろしいでしょうか」
質問者の模範になりそうな言い方に、僕は笑みを作ってうなずいた。ベッキーは言葉を選ぶようにしていった。
「……浮かんできた文字は、イメージのようなもの、と考えてもよろしいでしょうか……」
「いえ」僕ははっきり答えた。「映像としてです。空中に浮かんだ大きな看板。そんな感じでした」
ベッキーはしばらく沈黙してから口を開いた。
「これまでも、そのような経験はありましたか?」
「経験?」
「つまり……」ベッキーは姿勢を正すように、背筋を伸ばして、僕を見た。
「目を開けた状態で、映像が見えたことがございましたか?」
僕には質問の主旨が、いまひとつ分からなかった。でもバーシュウレインのほかのふたりには、それが伝わったようだ。
「あ、そうか」
ガウチが納得したようにうなずくと、カモシンが、ベッキーに訊いた。
「あなたは、ずっと、ちぎれ雲さんを見ていたのね」
ベッキーは小さく笑ってうつむいた。
「べつに、観察していたわけじゃないんだけど……」
語尾を濁す言い方が気に入らなかった。でも僕は優しい声で訊いた。
「僕の顔を見て、何を発見したんですか?」
ベッキーは自分の手元を見つめたままでいった。
「お願いがあるんです。いますぐ、試していただけないでしょうか」
声はしっかりしていたが、意味不明。
「何をですか」
ベッキーの視線が戻ってきた。
「腹式呼吸です。目をつぶって、七回」
それでやっと、ベッキーの思いは僕にも伝わった。
「いいですよ」
僕はそのまま目を閉じた。




