『ボーエンキョーを音声検索』 管理人視点
気を入れて聞いていたつもりはなかったが、頭のどこかに残っていたらしく、キーワードになりそうな言葉がいくつか浮かんできた。
名刺より少し広めのポストイット三枚に、それを書き入れた僕はテーブルの中央に並べた。
ひとり娘、行方不明、ぞうきばやし。
神社、ごしんぼく。境内。
グンジョウイロ、同級生。ボーエンキョー。
「みなさんの意見も、聞かせてください」
そういったが、本心は違う。ガウチには悪いが、僕にできることは、ここまで。これを書いている間、なにもひらめかなかった。頭に引っかかるものもなかった。
このあと僕は、椅子にもたれる。そして考えるふりをしながら、メールがくるまでゆっくり過ごす。あとはみなさんにお任せします。そのつもりだった。
僕たちがいたのは、ベッキーのリビング。テーブルと椅子は、彼女らがジャンスペとよぶ場所から運んできた。テーブルも椅子もキャスター付き。全階バリアフリーにしたのはこんなときのためらしい。
「あのう」
背もたれにからだを預ける前に、ガウチが質問してきた。
「文字を使い分けていらっしゃいますよね。これにはどんな意味があるのですか?」
深い意味はない。僕はそれを説明した。
「思い出した順に書きました。漢字を知らないところは、ひらがな。カタカナで書いてあるのは、それを見たことがないということです」
三人の表情が変わった。驚きというより、あきれ顔。
しかしそれは、すぐに別の表情に切り替わった。
興味津々。一言一句聞き漏らさない。そんな顔。
三人同時に、目を見開いて、身を乗り出してきた。
「じゃあ、これをご覧になったことは、一度もないんですね」
ガウチが指さしたのは、三枚目。一番最後に書いた、ボーエンキョー。
自分が知らないものは、自分に必要ないもの。僕は常日頃、そのように思っていた。
でも、いまここでそれを説明するのも面倒くさい。
「なんですか、ボーエンキョーって」
と、三人当時に、きょとんとした表情をみせた。
こんなとき、いつもこんな疑問が湧いてくる。
この三人、血のつながった姉妹なんじゃないだろうか。長年一緒に暮らしているうちに、似たような反応を示すようになるのだろうか。
「すぐ調べます」
ガウチが立ち上がろうとすると、ベッキーが手で制した。
「これぐらいのことなら、パソコンはいらないわよ」
それからベッキーは、すぐ横のワゴンに手を伸ばした。
「最近気づいたんです。たいていのことは、スマホで事足りるってことに」
そんなことをつぶやきながらベッキーは、スマホに向かって語りかけるようにいった。
「ボーエンキョーノガゾウを、お願いします」
僕にはそんな風に聞こえた。
「これです。これが望遠鏡です」
にこやかな笑顔とともにこちらに向けられた画面にあったのは、三脚に乗った筒状の物体。
三脚は知っている。ということは、その上にあるのが、ボーエンキョー。
ちょっといいですか。
僕がそういう前に、ベッキーは「どうぞ」と僕の手の上にスマホを置いた。
僕が最初に確認したかったこと。ボーエンキョーは、どのような漢字に変換されたのだろう。
『望遠鏡』
僕はその三文字をしばらく眺めた後、視線をおろした。
画像は六点。全体的には白色。斜め上に向けられた先端部分と、下方の一部が黒。下側にはL字型に飛び出た細い筒。
「これが望遠鏡ですか?」
自分に質問がくることを予想していなかったのか、あまりにも低レベルの質問に呆れたのか、それはわからなかったが、ベッキーは戸惑いの色を浮かべた。
「そ、そうです。これが、望遠鏡です」
慌てたように答えたところで、思い出したように付け加えた。
「星を観測するときに、使います」
でも僕は違和感を覚えた。さきほどの話に出てきたのは、これではないような気がしたのだ。
「ちょっと待ってください」
僕は天井付近に目をやって、消えたひとり娘の話を頭のなかで反芻した。なにか大事なものが抜けている。見落としている。そんな気がしてならなかったのだ。
望遠鏡。望遠鏡……
何回か繰り返したところで思い出した言葉があった。シンチュウセイ。
もちろんそれが何を意味しているのか分からなかった。僕は、笑われるのを覚悟で,新しいポストイットに、それを書いた。
しかし、誰も僕の無知を笑わなかった。真剣な顔で文字を睨んだ。僕の文字が荒かったからか、カタカナを漢字に変換するのに結構時間がかかった。
変換スピードが一番早かったのは、ベッキーだった。
「あっ、そうか、そうか、ごめんなさい、ごめんなさい」
ベッキーは小さなお辞儀をくりかえしながら、僕の手からスマホを取り上げると、小さな深呼吸で息を整えたあと、再びスマホに声をかけた。
「シンチュウセイ望遠鏡の画像をお願いします」




