『ランドサット映像を眺めながら』 管理人側視点
十五分程度のティータイムのあと、ベッキーが確かめるような口調でいった。
「わたしどもが頂いたカロンさんに関する情報は、四点でしたよね。色白、小柄、白い服、長い髪」
「ええ」僕はうなずいた。「カロンの場合、何かの拍子に顔つきや性格が、がらっと変わるんです。写真があったとしても、僕は見せなかったと思います。似顔絵を断ったのはそんな理由からです」
「おっしゃるとおりでした」
ベッキーは、当時を思い出したような顔でいった。
「正直申しまして、その四点だけで十分だと思っておりました。アパートは石塀に囲まれていますが、高いところから見下ろせば、敷地も路地も丸見えです。アパートを取り囲む高層マンションは七棟。そこには大勢の住民が住んでいます。その中のだれかがカロンさんの姿を見ていたはずだと考えておりましたから」
アパートの敷地に陽が射さないのは、高層マンションのせい。それぐらいはわかっていた。でもどの方角に、どのようなマンションが建っているかなんて、考えたこともなかった。
「七棟もですか?」
「実際はもっとあります。七棟というのは、窓のむこうに、ちぎれ雲さんのアパートが見えるマンションの数です」
そこでベッキーは声を低くした。
「でもカロンさんに関する情報は、なにひとつ入ってきませんでした」
「つまりその……」僕は言葉を選んでからいった。「マンションに住んでいる方の口が硬かったということですね」
ベッキーは十秒ほどの間を置いてから答えた。
「それもあるかもしれませんが……」
何かを隠しているのは明らかだった。
ベッキーは、ちょっと強ばった表情で僕を見た。
「これから申し上げることは、カロンさんの情報を集める過程で、耳にはいってきたものです」
それから僕の背後に視線を向けた。
「よろしかったら、バルコニーに出てみませんか?」
何のためのバルコニーなのかは、訊かなくてもわかった。でも僕は、それを拒むことにした。
南に面した窓の向こうには、青空が広がっていた。部屋の中からその姿は見えないが、ぎらぎら輝く太陽が、強烈な紫外線をまき散らしているのは間違いない。
このあたりの様子を見るだけなら、グーグルマップか、グーグルアースで事足りる。
僕はそれをいう代わりに、左袖をまくって見せた。
「長い間、アパートに閉じこもっていたからでしょうね。たった三日歩いただけなのに、ほら、こんなに……」
手首のちょっと上に、横線を引いたような日焼け痕。
「キャッ」
悲鳴に似た声を上げたベッキー。
「あぶないところでした。UV塗るのを、すっかり忘れていました」
大げさに胸を撫で下ろすガウチ。それを横目に、カモシンが自嘲気味にいった。
「私たちに興味を示す人間は、だれもいないんですけどね」
「そんなことないでしょう」
かたちだけのお世辞をいいながら、気づいたことがあった。カモシンだけが、違う雰囲気を持っていたのだ。でもそれが、あの23時59分53秒と、深い関わりがあったなんて思ってもみなかった。
「便利な世の中になりましたね」
カモシンがしみじみとした声でいうと、パソコンとプロジェクターの接続を終えたガウチが、眉をひそめながら「こんな絵が無料で見られるなんて、ある意味怖いですね」と応じた。
冷房の効いた和室で僕たちが眺めているのは、ランドサットが700キロ上空から捉えた映像。僕のアパートとチカチカマンションが、はっきりくっきり映っている。
映像は、ノートパソコンとまったく同じ。なのに、200インチの高解像度画面で見ると別次元の世界。僕自身が、宙に浮かんでいるような錯覚を覚えた。
「考古学者によりますと……」
ベッキーは、レザーポインターで画面上に楕円を描いた。
「この一帯は、石器時代から実り豊かな土地でしたが、四百五十年ほど前の、ある出来事をきっかけに、草木も生えない荒れ地になってしまったようです」
ベッキーは、そこで言葉を切ると、僕をじっと見つめた。
ガウチとカモシンは、その理由を知っている。となるとここで反応する人間は僕しかいない。
「ある出来事って、なんですか?」
ベッキーは少し間を置いてから口を開いた。
「地殻変動です」
感情のない声でそういったベッキーは、チカチカマンションから少し離れたあたりに、赤いレザーを当てた。
「コンコンと水がわき出る大きな洞穴があったのは、このあたりです。それがある日とつぜん」
豊かな大地。前兆無しの水の枯渇。
とくれば、そのあとの展開は容易に察することができた。世界中に溢れているありふれた話。
僕の予想どおりの展開になった。
大飢饉。水を巡る戦い。大勢の死者。
でも僕は真剣に耳を傾けた。四百五十年ほど昔の地殻変動と、カロンがどこでどう繋がっているのかを知りたかったからだ。
しかし、若い娘が生けにえに捧げられたところで、話は現代に飛んだ。
「ちぎれ雲さんのアパートの辺りに、興味深い風習が残っているのをご存じですか?」
生けにえにされた娘の中に、カロンの先祖がいたのだろうか。そんなことを考えていた僕に、話の変更を受け入れる余裕はなかった。
「ちょっと、待って下さい」僕は大声でとめた。「その質問は、生けにえの話が済んでからにしてください」
しかし僕の願いは叶わなかった。
「申し訳ありません」ベッキーは小さく首を振った。「言い伝えは、そこで終わっているんです」
それが本当なのかどうかはわからなかったが、ベッキーを信じる以外に手はなさそうだった。
「風習って、どんなことを、いうんでしたかね?」
意識してふて腐れた声でそういいながらも、風習の意味について考えてみた。
風習、風習、風習……
たしか、二年や三年つづいている行事を、そうは呼ばなかったはず。個人レベルの習慣とは別物。慣習とも違っていたんじゃなかったっけ……
そんなことを頭の隅で考えていたとき、気づいたことがあった。
「あのう」と僕はいった。「僕はこの街にきてから間がないんです。僕には情報源はありません。アパートのオーナーと会ったのも、たった一度だけなんですから」
するとベッキーが、びっくりしたような顔をした。
「オーナーと会った? いつごろの話ですか?」
なぜそんなことで驚くのか、わからなかった。
「僕がアパートの管理人になった日ですから、今から四年ちょっと前です」
考えるまでもなくスラスラいえた。でもベッキーは戸惑ったような顔を、他の二人に向けた。
「全部話した方がいいのかしら?」
二人は考える顔になったが、カモシンがすぐにこういった。
「今やめたら、ちぎれ雲さんが不安になるだけよ」




