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黄パジャマの背中に置かれた手の感触

「なんだろ、これ。私には、お兄ちゃんなんていないわよ」

 それは勝手に口から飛び出したセリフだった。

 だが黄パジャマは、自分を責めた。自分の意思とはあまりにもかけ離れた言葉だったのに、それを止められなかったことが情けなかったのだ。

 神聖な儀式を台無しにした。とんでもないことを言ってしまった。悔やんでも、もう遅い。いつもは優しいふたりも、これには黙っていないはず。

 御石様からのお告げに、なんてことを言うの? 罰が当たるわよ。

 少なくとも、それぐらいは言われる。そう覚悟した。しかし、そうではなかった。なんと二人とも、ふざけたような口調で続けたのだ。

「お兄さんなら、まだマシよ。こっちは、ゴミ」

「これを解く鍵は、孫悟空にあるのかもしんないわよ」

 黄パジャマは、改めて二人に感謝した。

 セリフの中身は、どちらも意味不明だったが、響きの中に、共通しているものを感じたからだ。

 大丈夫。心配しなくていいのよ。罰が当たったら、私も一緒に受けてあげる。

 二人は同時に私を庇ってくれた。やっぱり、この二人のおかげで、今の私がある。

 そんなことを考えていた黄パジャマが、くすぐったそうに少し身をくねらせたのは、だれかが、自分の背中に手を回してきたからだ。

 しかし黄パジャマは驚かなかった。バーシュウレインのメンバーは、何かにつけてハグをする。特にここにいる三人にとって、それは日常的行為。

 どっちだろう。

 正面を向いたままで、考えてみた。

 答はすぐにでた。三人並んで座っているから、当然それは左隣の、

 とそこで、黄パジャマは、自分が単純な勘違いをしていることに気がついた。

 手の方向が違っていたのだ。

 後ろからではなかった。間違いなく、真正面から抱きしめられていた。

 これは一体、どういうこと?

 黄パジャマの頭の中で、疑問が渦巻いた。

 目の前には誰もいない。なのに、どうして?

 悲鳴を上げようと思えばできた。でも、黄パジャマは、そうはしなかった。

 せなかの手は、とても温かかった。手の形をしたやわらかな太陽の光。そんな感じがしたのだ。

 目を閉じて、深呼吸をしてごらん。

 だれかが、そういったような気がした。

黄パジャマは、何の違和感も抱かずに目を閉じた。

深呼吸をくりかえすごとに、自分は、今、誰かに抱かれているという思いが強くなっていった。

 両肘は自分の腰のあたり。交差させた手のひらは、肩甲骨のあたりにあった。

 黄パジャマの脳裏に、浮かんできたものがあった。

 御石様だ。

 心配無用。私は罰など与えない。そういう意味があるのかもしれない。

 しかし、黄パジャマは、すぐにそれを訂正した。

 背中の手は動かなかったが、どこか、おどおどしている感じを受けた。裏付けなんてものはなかったが、少年の手のひらのような気がした。

「悪いけど、お先に失礼」

 突然聞こえてきた声に、黄パジャマは我に返った。

 目を開けてみると、ドアを開けた緑色のナイトガウンに続くように、赤カーディガンが、ソファから腰を上げたところだった。

「考えてみれば、まだ夜中なのよね。じゃあ。おやすみ」

 赤カーディガンは、こちらに背を向けたままそう言うと、ドアの向こうに消えた。

 黄パジャマだけが、部屋に取り残される恰好になったが、それは彼女にとってとても都合のよいことだった。

 これでゆっくり確認することができる。

 窓向きのソファに座り直した彼女は、先ほどの感触がまだ残っていることに安心した。

 黄パジャマは再び目を閉じると、心の中で、御石様に呼びかけた。

「背中をむけて、お尋ねすることをお許しください。今私がいるのは、あなた様の腕の中ですよね」

 ずいぶん待ったが、何も聞こえてこなかった。閃きもなかった。

 彼女は、すこしがっかりした。しかし、もう一つの可能性が増したことを密かに喜んだ。

 ふーっ、

 はやる気持ちを落ち着かせるために、ため息をついてから目を開けた彼女は、先ほどのお告げを書き写したポスト・イットに視線を移した。

 そして、それをじっと見つめながら、自分の考えを確認するように、ゆっくりとした声でつぶやいた。

「今、私を抱いているのが、御石様、ではないとすると、あなたは、私の」

 そこまで言ったところで、黄パジャマは、自分の目から熱い涙が溢れでていることに気づいた。


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