冷たいおんなは、豹変好き
カロンは、とても魅力的な女性だ。
スタイルや顔立ちは、言うことなし。それに加えて、慈愛に満ちた広い心まで兼ね備えている。
しかし、世の中に完璧な人間なんていない。カロンにだって、欠点はある。
彼女の唯一の欠点。それは、温和な性格が、何かの拍子にガラリと変わってしまうこと。
でもどういうわけか、性格が切り替わるのは、一時間以内と決まっているらしく、時間がくると、本来のカロンにもどるのだ。
しかし、本人はそのことに気がついていない。言っても信じない。機嫌が良いとき、何回か指摘したことがあるが、笑って相手にしなかった。
ごく希に、凶暴性を帯びることもあるが、ほとんどは、わがまま女への変身。
「分かったわ。あとはわたしに任せなさい」
突然、そんなことを言いだし、
「じゃあ、こうしなさい」
と命令口調で言う。でもこんなときのカロンは、なぜか可愛く見える。僕は喜んで指示に従う。
しかし物事は、彼女のイメージどおりには動かない。逆方向に一直線。はっきり言えば、いつも失敗に終わる。
だが、彼女の口から謝罪の言葉は出てこない。反省もなし。
そんなつもりは、なかったの、の後に、物事がうまく進まなかったのは、アンタのせいだと言い始める。
しかし、今は、そんなことを思い出している場合ではない。
こんな真夜中に、やってきた理由はひとつしか考えられない。慎重派から推進派に変わるまでの経緯の説明だ。
たぶん、こんなことを言いだす。
一週間考えつづけて、やっと分かったの。あなたの仕事が見つからなかったのは、私が原因だった。私がブレーキをかけていた。意欲を削いでいた。ごめんなさい。私、今日から何も言わない。だから、あなたの好きなようにしていいのよ。私にできることだったら、いくらでも協力する。後押ししてあげる。
僕の幸せを願う、言葉の数々。
でも、カロンのせりふの後に、実を言うと、あの話はね。と切り出さなければならない僕にとっては、ありがた迷惑。
今までカロンに、嘘をついたことはないが、彼女を喜ばすための先週の電話は、結果として、僕がついた嘘になってしまった。
信じ切っていた僕の裏切り行為に、たぶんカロンは平常心を失う。
ブチキレたときのカロンを思い出しただけで、背筋が凍る。
キレた瞬間、彼女の近くにあったものが宙を飛ぶ。
食器類のほとんどを金属製に代えたが、砕け散らない代わりに、どこかに当たれば、とてつもない大音響が発生する。
手元が狂えば、窓ガラス直撃。ガラスの割れる音で、幸せを感じる人は、まずいない。
眠りを破られ、憤慨した近所の住民が、110番する確率は極めて高い。
そんなことを考えていると、とつぜんカロンが、
「何、考えているの?」
と言った。
一瞬、頭の中を透視されたような気がした。知っていながらの質問だと思った。
ここでごまかすと、カロンの怒りは、更に増す。となると、正直に答えるしかない。声が震えないように腹に力を入れて、
「この前の電話のことだよ」
と言って出方を伺った。
「だろうと思った」
意外な気がした。返ってきたのは、想像していたとおりの言葉だったが、怒っている様子はなかった。どちらかと言うと、甘え声。
油断させておいて、一気に怒りを爆発させるつもりなのだろうか。
「どうして、分かったの?」
おそるおそるたずねると、カロンはウフフと笑いながら、僕の肩に自分の鼻先をくっつけた。すこぶる機嫌が良いときの仕種だ。
「そんなことより、わたしを抱くほうが先なんじゃないの?」
鼻にかかった声からも、あの話が作り話だとは夢にも思っていないことが分かる。
ホッとしたが、いずれそのことは言わなければならない。謝るのなら、早いほうが良い。今がそのとき。
そう思ったが、やめた。
サイレンを響かせて駆けつけるパトカーが、頭の中に浮かんできたからだ。
「たしかに、きみの言うとおり」
とりあえず、謝罪と言い訳は先延ばしすることに決め、カロンの背中に両手を回すと、彼女は、身体をすこしくねらせながら、
「不思議だわね。どうしてあなたに触られると、身体の芯まで温かくなるのかしら?」
と、独り言のように言った。
いつものセリフだったが、それに答えたことは一度もない。
僕は返事の代わりに、いつも心の中で、こんなことをつぶやくことにしていた。
不思議なのは、僕じゃない。きみの方。どうして、きみの身体は、いつもこんなに冷たいの。シャワーを浴びたばかりだと言うのにさ。
バスタオルに包まれたカロンの身体を抱き寄せるのは、それを言い終わって、深呼吸を何回か繰り返してからだ。




