『十倍増しチクリ光線に対するそれぞれの反応』 バーシュウレイン ガウチ視点
ベッキーは首の後ろ。カモシンは胸の辺り。そして私は右脇腹。
それぞれ違う場所を手の平で撫でている。
その状況下において、このような推測が成り立つ。
温かみを感じる部分は、体がどの方向を向いていたかによって決まる。
今回もチクリ光線は西側からやってきた。それは間違いない。でも、今の感覚を忘れないうちに、すべて伝えておこう。
ガウチは、自分が気付いたこと、感じたことをそのまま報告した。
「アタック感は十倍増し。地震で言えば、震度4ってところかな。でも危険度ゼロ。ふわふわの綿菓子がぶつかってきた感じ。発生時刻は、九時ちょっと前。継続時間は三十秒弱。心地よさは表面のみ。しかし現時点において、それは完全消滅」
ひと息に喋ったせいか、最後は息が切れた。だがガウチは満足感に浸ることができた。 これで話に弾みがつく。私はパソコンやメカには強い。絶対の自信を持っている。でも、感覚的な鋭さは持ち合わせていない。私にないものを持っている二人は、今のチクリ光線をどのように感じ取ったのだろう。
「ねえ、ねえ、ベッキー」ガウチは意識して、若い頃のニックネームで呼びかけた。「どんな感じだった?」
しかし、返事はおろか、振り向く気配さえなかった。
「ねえ」ガウチは再度呼びかけた。「どうだったの?」
だがベッキーは、あいかわらず小首を傾げたまま、首筋の辺りをなで回しているだけだった。
ガウチは不安になった。ベッキーは紫外線に弱い。今のチクリ光線は強すぎたのかもしれない。
ガウチはベッキーの顔を覗き込んだ。
「ヒリヒリするの?」
「きゃっ!」小さく叫んだベッキーは、目を大きく見開いた。「なによ、急に。びっくりするじゃない」
「ごめん、ごめん」
と謝るガウチの顔に笑みが浮かんだのは、ベッキーの表情の中に、痛みを連想させるようなものが何一つなかったからだ。
ほっとしたガウチは、改めて訊いてみた。
「どうだったの?」
「何が?」
「チクリ光線よ」
「チクリ?」ベッキーは、目をぱちぱちさせた。「なに、それ」
予想外の反応に、ガウチは戸惑った。意味が分からなかった。からかわれているとしか思えなかった。
よし、それなら気の利いたセリフを返してやろう。
そう思ったが、結局何も思いつかなかった。となると、真顔で言うしかない。
「データーを取りたいの」
すると、信じられない言葉が返ってきた。
「何のために、そんなことをしなくちゃいけないの?」
ガウチは、イラッとした。
空気を読め、空気を。バーシュウレインがここまで成長できたのは、データー収集と、その分析力のおかげ。たしかに夜中からの一連の出来事は、事業とは関係ないかもしれない。でもチクリ光線は、我々三人だけに降り注いだものだと決めつけるのは早い。
チクリ光線の謎を解明することによって、新しい事業展開が見込めるぐらいのことは、小学生でもわかる。
「どうして、こんな簡単なことに……」
と言ったところで、ガウチは気付いた。
ベッキーの視線は宙をさまよっていた。しかも、焦点も結ばずに。
ガウチはうろたえた。こんな彼女を見るのは初めてだった。
なぜ?
自分に問いかけた瞬間、一つの単語が浮かんできた。
睡眠不足。
その言葉をつぶやいたとき、なぜかまぶたが重くなり、眠くなってきた。
そういえば……
ガウチは、あくびをかみ殺しながら考えた。
私が寝たのは夜中の三時頃。で、この部屋に集合したのは七時過ぎ。それから後はほとんど立ちっぱなし。なのに口にしたのは、ハーブティとデリバリーのピザ少々。
ほとんどの人が、私にこう言う。
あなたは、若く見える。
しかし、身体の内側もそうだとは言い切れない。
若い頃から心と体を酷使し続けたダメージが、身体のどこかに蓄積されている可能性は否定できない。
私はよく寝た。でも他の二人はほとんど寝ていないのかも知れない。
睡眠不足とカロリー不足の負の相乗効果。それによって、思考力が極端に落ちている。 自分が出した答えを確かめるために、カモシンに目を向けたガウチは、あやうく吹き出しそうになった。
そこにあったのは、ベッキー以上にわかりやすい風景。
自分のソファにもたれたまま、ぼんやりと天井を見上げているカモシン。その姿は、意識を失っているようにしかみえなかった。
疲れを取る最善の方法は、寝るのが一番でございますよ、ご主人様。
そんなふうに、身体が訴えているのは明白だった。
それを二人は、無意識のうちに受け入れようとしているところらしい。
となると、ここで音頭を取るのは、自分しかいない。
「ねえ」
二人の視線がこちらに向いたのを確認したガウチは、大きな声で言った。
「そろそろ、自分の部屋に戻りましょうよ」




