『元手いらずの商売に潜む危険の度合い』 管理人側視点
「ほら、これが最終原案。君の何気ない一言のおかげで、こうなったんだ」プリンターがはき出したばかりの紙を、カロンに手渡してから続けた。「こうやって一時間あたりの料金を名刺に印刷しておけば、チラシは要らないことに気づいたんだ。ありがとう」
「お礼を言われるようなことは、何もしていないわよ」と言いながらもカロンは嬉しそうだった。
「ねえ」しばらくしてからカロンが顔を上げた。「相手の話が、一時間未満で終わった場合の料金は、どうなるの?」
まさか、そんな質問がくるとは思ってもいなかった。でも思いついたことを口にした。
「三千円は最低料金。もし、相手の都合でキャンセルになった場合でも、三千円は頂く」
「それって、この業界では常識なの?」
僕はしばらく考えてから答えた。
「この業界のことは殆ど何も知らないけど、それぐらいの厳しさがあった方が、逆に会社としての信用度が増すと思うんだ」
「ふぅん」感心したのか、呆れたのか分からないような声の後、カロンは次の質問をしてきた。
「じゃあ、六十一分の場合は、どうなるの?」
今度は口が勝手に動いた。
「一時間は六十分。三千円を六十で割る。こうやれば、一分あたりの料金が出るだろ」 そんなふうに答えながら、超過料金なんてまったく想定していなかった自分の迂闊さに気がついた。
「重ね重ね、ありがとう。同じ質問が依頼者から出たとしたら、ドギマギして何も答えられなかったと思う。その時点で、僕の信用はゼロになるところだった」
「そんなことはないと思う。あなただったら、どんな状態になったとしても、最善の方法をその場で考えつくはずよ」
それは買いかぶりすぎ、と言おうとする前に、カロンが言った。
「ストップウォッチを持っていたっけ?」
「いや」と答えてから訊いた。「どうしてここでストップウォッチが出てくるの?」
「だってほら。一分単位で料金が発生するんだったら、時間を正確に計る必要があるでしょう。時計だけでなく、領収書も要るわよ。場合によっては、印紙や訂正印も。それらを入れるバックか鞄も要るんじゃない?」
言われてみれば確かにそうだ。カロンの頭の回転の良さに感心したとき、反射的に浮かんできたものがあった。カロンに一番似合っている職業は、秘書、あるいは企業アドバイザー。
「ほんとだね。言われるまで全然気づかなかったよ」そこで質問してみた。「もし、君だったら、どのような料金設定にする?」
「基本料金の件は後回しにしてもいい?」
「ああ、いいよ」
「私なら、追加料金は、十分刻みにする。それも四捨五入。四分以内はサービス」
即座に返ってきた答えに、改めてさすがだなと感心した僕は、基本料金の設定理由をまだ話していないことに気がついた。この件に関しては、僕たちはまったく同じ意見のはず。だとしたら、自分の方から先に、それを言おう。カロンの話の後で、僕もそう思っていたんだなんて言えば、嘘っぽく聞こえてしまう。
「基本料金の件なんだけど、君の意見は後から、ということでいい?」
「もちろんよ」少し間を置いてからカロンは付け加えた。「だって、経営者は、あなたなんだからね」
話を始める前に、コーラを一口飲んだ。
「たぶん大抵の人は、料金を見たとたん、高い、と思うだろうね。だって、コンビニの時給が、千円前後。なのにその三倍だからね。でもね、自分が料金を払っても良いから、誰かに聞いて欲しい。そんな大事な話を一時間980円の大特価。しかも消費税込みです。いかがでしょう、なんて言えば、相手に失礼に当たるだろう」と言った後、同意を得る意味で「ねっ」と付け加えてから、コーラのボトルに手を伸ばすと、それを待っていたかのようにカロンが訊いてきた。
「もう、私の意見、言ってもいいの?」
「あ、ごめんごめん。僕のは、今ので全部。たぶん君と同じだったと思うけど、付け加えることがあったら、遠慮なくどうぞ」
「そうねぇ」
カロンは小さくつぶやくと、考えるような目を宙に向けた。
たぶん今の僕の話に追加するものは何もない。そんな確信があったが、違った。
「まず、料金の桁がひとつ違う」
あやうくコーラを吹き出しそうになったが、慌てて飲み込んだ。
「一時間で、三百円?」
「違う。三万円」
ゲホゲホゲホッ、今度は本当にむせた。
「さ、さ、三万円?」我ながら情けなくなるほど間抜けな声が出た。「一時間に、三万円?」
「そうよ」
カロンは大きくうなずいた。
「これでも少ないと思うの」それから僕の顔を覗き込んだ。「あなたに覚悟はあるの?」
「何の?」
「赤の他人に、お金を支払ってもいいから聞いて欲しい。そんな人が、どんな話をすると思う?」
言葉遣いは変わらなかったが、脳天を何かでかき回されたような気がして、頭が一瞬くらくらした。
「そう言えば、そうだね」僕は今気づいた自分の愚かさを打ち明けた。「何の努力もせず、相手の話に耳を傾けているだけで、お金が稼げる。坊主丸儲けの更に上を行く、そんなシステムを考えついたというだけの単純な気持ちで、こんな名刺を作ったことが恥ずかしい」
そこで僕は姿勢を正してカロンに体を向けた。
「世の中には、血の滲むような暮らしを続けてきた人も、大勢いるはずだよね。そんな相手の話に同情して、僕の方が、なにがしかのお金を、相手側に出してしまう可能性もあるわけだ。そうなると、何のための商売か分からなくなってしまうよね」
同意の相づちが来るかと思ったが、がっかりしたような表情の後に来たのは「甘い」の一言だった。
「もし、時効が成立した殺人事件の一部始終を打ち明けられたとしたら、どうなるか考えてみてよ。あなたに、それに堪えられるだけの精神力はあるの?」
え? と言ったきり、僕は絶句してしまった。




