意味不明なお告げ。カロンの謎に満ちたことば
三人はお告げに、ランクを付けている。
ダイレクト。ワンクッション。胸騒ぎ。
今日のお告げは、三人とも、一番ランクの低い胸騒ぎだった。
この場合、急に冷静さを失い、いてもたってもいられなくなると同時に、頭の中に、いくつかの言葉が浮かんでくる。しかし、どれも輪郭がはっきりしない。文字が絡まっていることが多い。
気のせいだったと思ったら、無視しても良い。
自分が、これ、と思ったものが、お告げなのかどうかの伺いをたてることもできる。
それは、本人の自由。
御石様から返答がくる確率は低い。三パーセント以下。
だが、今日の場合、三人とも同じ時刻に胸騒ぎを覚えた。その上、同じ言葉を選んだ。
今まで、胸騒ぎのレベルで、このようなことは一度もなかった。
いよいよ、お前たちの運命が変わるぞ。
そのような、ダイレクトのお告げが来たような錯覚を覚えたが、儀式を執りおこなってみないと分からない。
「じゃあ、二十分後」
緑色のカーディガンがそう言うと、残りの二人は、声を揃えて「はい」と答えた。
三人は同じフロアにある自分の部屋にもどり、禊のシャワーを浴びた後、再び祭壇のある部屋に集まった。
彼女たちの服装は先ほどと変わらないが、それぞれの服の色に合わせた大きめのふせんと、黒のボールペンを持っている。
「じゃあ、はじめるわよ」
お伺いを立てる順番は、決まっていた。
緑。赤。黄。
儀式の作法は、三人で決めた。というより、自然にそうなった。
祭壇の前で姿勢を正す。そして深呼吸のあと一礼する。
何かが閃くのは、胸を張った状態で、御石様に意識を集中しているとき。
言葉。数字。地名。品名。色付きの光。あるいはイエス、ノー。そのようなものが頭の中に浮かんでくる。
「ありがとうございました」
感謝の言葉を述べた後、一礼して席を立つ。
閃きを書き写すのは、糊付きのふせん。サイズや色を変えたことはあるが、スリーエム以外のものを使ったことはない。
ポスト・イットに自分が書き写したものを、しばらく眺めていた黄パジャマが、府に落ちないと言うように首をひねった。
「なんだろ、これ。私には、お兄ちゃんなんていないわよ」
赤カーディガンが、不満そうな声でつづけた。
「お兄さんなら、まだマシよ。こっちは、ゴミ」
三十秒ほどして、緑色のナイトガウンが、自信に満ちた口調で言った。
「これを解く鍵は、孫悟空にあるのかもしんないわよ」
★
カロンは、とても小柄。
「私の得意技は、胸元から膝下まで、バスタオル一枚でカバーできること」
自嘲気味に笑って、そんなことを言ったことがある。
「お待たせ」
風呂上がりのバスタオルを巻いたカロンが、ベッドに滑り込んできた。
当然のように、僕の身体の一部が条件反射を起こして固くなる。
ずり落ちそうになった毛布をひっぱり上げるふりをしながら、すこし腰を引いた僕の顔を覗き込むようにして、カロンが言った。
「生まれ変わるのね。あなたは、今日から」
彼女の背中に手を回そうとしていた僕の動きが、ぴたっと止まった。
生まれ変わる?
言葉の意味を考えようとしたとき、さきほどの言葉を思い出した。
あなたの、新しい呼び名を考えなきゃいけないみたいね。
どう考えても、これは、プースケからの卒業を意味している。ということは、くすぐりもなくなるのだろうか。
と、そのとき僕は、先日の電話を思い出した。
カロンから、久しぶりの電話がきたのは、一週間ほど前だった。
「どう? 元気にしてる?」
「うん、おかげさまで」
それから、いつもの質問が始まった。
僕の胃袋に入った食材と、その量。冷蔵庫に残っている品目と、賞味期限。
以前は、財布の中身をきいてくることがあった。でも、いつも「八千円」とこたえるからなのか、それはなくなった。
その変わりに増えたのが、就職に関すること。
「新しい求人誌が出たみたいね、今日」
「ああ見たよ、でも、僕に合うようなやつは、ひとつもなかったよ」
そのあと、カロンが深いため息をついたあと、「早く見つかるといいわね。あなたに合った仕事が」と言って電話が切れるというのが、これまでのパターンだった。
しかし、この前は、そうではなかった。
求人誌の話がでたとき、僕が話を持ち出したからだ。
何の裏付けもない、単なる思いつきだったのだが、相づちを打つカロンの声が、次第に軽やかなものに変わっていった。
最初は戸惑ったが、話しているうちに、嬉しくなってきた。
たまには、カロンを喜ばしてやろう。最初の発想が、それだったからだろう。
調子に乗った僕は、あることないこと、と言うより、無いこと無いことを、頭に浮かんできた順に言葉にした。
「でも、あまり期待しないでほしい」
最後にそう締めくくって、電話を切ろうとしたとき、カロンは急に声のトーンを落とした。そして、言葉を選ぶような口調で、こんなことを言った。
「もっと年齢を重ねてからでも、いいんじゃないかしら。事業を起こすのは、そんなに簡単なことじゃないと思うの。でも、やめろと言っているわけじゃないのよ。もう少し考えてみたらどうかしら。こんな、わたしを嫌いにならないでね」
そこまで思い出したとき、僕の背筋を冷たいものが走った。