『民話収集に至る経緯』 管理人側視点
「運転手時代、話し下手で有名だったんです。わからない部分があったら、いつでもおっしゃって下さい」
シロワンミ氏の、そんな前置きを聞きながら思った。
これは長い話になる。
しかし、五分足らずで終わった。カモシンが、うまく取りまとめてくれたからだ。
「さまよえる亡霊を、成仏させるためです」
いきなりの衝撃の言葉に、つんのめりそうになったのは、背もたれに体を預けようとして、腰を浮かしたところだったからだ。
でもどういうわけか、バーシュウレインの三人は、ピクリとも動かなかった。
ほうーっ、感心したようなため息を漏らす程度。
傍観を決め込んでいた僕は、ちょっとあわてた。
三人には違う言葉に聞こえたのだろう。となれば、ここは僕の出番。こんな中身の濃い言葉を無視するのは、シロワンミ氏に失礼。彼がこの時点までそれをいい出さなかったのは、何か深い理由があってのこと。
でも、焦りは禁物。すこし考えてから。
相手は短い言葉で素性を明らかにした。となれば、単刀直入に訊くのが礼儀。
そんな結論に達した僕は、彼の目をじっと見つめながら訊いた。
「つまり、シロワンミさんは、霊能者ということになりますよね」
笑顔を期待しての発言だったのに、彼は激しく首を横に振った。
「と、とんでもありません。そ、そんな能力、ありません」それから早口でまくしたてた。
「ご住職様の意思を引き継ごうと思っただけです。それがこのわたしを我が子のように可愛がってくださったご恩に報いる最善の方法だったこととそれに、」
「あのう……」
カモシンがそこで割り込んだのは、僕の心情を察したからだろう。そう、僕はそのとき、心の中でシロワンミ氏に毒づいていた。
だったら、最初からそういえよ。紛らわしいにも程がある。
その思いが、僕の横顔に現れていたのかもしれない。
「できれば、順序立てて、話して頂けませんか?」
カモシンが柔らかな声でいうと、シロワンミ氏は教師に叱られた生徒のような表情を浮かべながら、言い訳じみたことを口にした。
「申しわけありません……でも、喋ろうとするといつもこうなってしまうんです……」
僕が心の中で、シロワンミ氏にツッコミをいれる癖がついたのは、この辺りからだ。
おいおい、シロワンミさん。誰もうまく喋れとはいってないよ。順序立てて、ですよ。順序立てて。
「それでしたら、どうでしょう」カモシンは口元に笑みを浮かべた。
「わたしが質問する。シロワンミさんは、それに答える。そのような方式に切り替えてみましょうか」
シロワンミ氏は、うつむいたまま答えた。
「お願いします。ぜひ」
カモシンは、さっそく話の整理に取り掛かった。
「耳の奥から人の声が聞こえてきたのは、ご自身の記憶の一部が欠けていることに気づいた日の夜中。それに間違いありませんね」
そうそう、ここが僕とシロワンミさんにとって、一番大事なところ。
僕は彼の口元をじっと睨んだ。
「ええ、そうです」
はい合格。実をいうと、あなたと僕が見えないもので繋がっていると信じているんです、この僕は。
「そのとき返納時期を考えながら、運転免許証を見つめていた。この点も合っていますか?」
彼は当時を思い出すような目を天井付近に向けた。
「間違いありません」
カモシンは、そこでしばらく間を置いてから口を開いた。
「で、そこで聞こえてきたのが、ご住職様の声、だったわけですね」
「あ、はい」と答えたあと、シロワンミ氏はなぜか困惑したような表情になった。
「……でも正確にいえば……そうではありません」
どういうこと? まさか、声は妄想でした、なんて言い出すんじゃないでしょうね、シロワンミさん。
カモシンにもそれは予想外の言葉だったらしく、小首を傾げた。
「と、いわれますと?」
「ご住職様の他にも、聞こえてきたんです。色々な人の声が……でも……」
さらに話をつづけようとするシロワンミ氏を、カモシンは笑顔で制した。
「まず、ご住職様がどのような話をなされたのか、教えて頂けますか?」
そうですよ、シロワンミさん。物事はひとつずつ。それが基本です。
するとシロワンミ氏は、気持ちを切り替えるように、背筋をすっと伸ばした。
「誤解がないようにいっておきます。聞こえてきたのは間違いなくご住職様の声でした。でもそれは昔、ご住職様から聞いた話の一部だったんです」
それから僕たち四人を交互に見ながらつづけた。
「でもたった一言でした。認めてやれば、亡霊は消える、それだけでした」
先ほどとは違う意味で、つんのめりそうになった。
さまよえる亡霊の成仏とは、あまりもニュアンスがかけ離れている。期待外れも、いいところ。
ひょっとしたらシロワンミさんって、物事を都合のいいように解釈するタイプなんじゃないの? それとも、物事を大げさにいう性格?
心の中だけでいったのは、年上の人間に、そのような物言いをしてはいけないという常識の他に、これからカモシンの鋭い質問がはじまるという予感があったからだ。
しかし、カモシンはかるくうなずいただけで、次の質問に入った。
「ご住職様以外の方々は、どのようなことをおっしゃっていたんですか?」
「こっちも、一言ずつでした。昔、このあたり、それ以外のセリフはありませんでした」
「なるほど」納得したような声でそういったカモシンは、少し身を乗り出すようにして訊いた。
「そのとき聞こえてきた二種類の言葉によって、民話収集を思い立った。これでいいですか?」
「はい、簡単にいえばそうなります」
シロワンミ氏が嬉しそうな声でそういうと、カモシンは、僕たちに笑顔を向けて「ねえ」といった。
「このあたりで、軽い食事にしましょうか」




