『鳥肌センサー』 管理人側視点
するとベッキーも、受けて立つようないい方をした。
「わたしのどこが間違っているとおっしゃるんですか? 敏腕プロデューサー様」
しかしガウチは、それを一刀両断。
「全部」
しかも、余裕の笑みを浮かべて。
みんなの前で面目をつぶされた格好になったベッキー。さすがの彼女も、これには憤慨、と思ったが、予想は外れた。
どうやらバーシュウレインの三人は、状況に合わせて瞬時に気持ちを切り替えることができるらしい。
「裏付けは、あるの?」
ベッキーが普通の声で訊ねると、ガウチは笑顔のままで返した。
「一番肝心なことを忘れているわよ」
それだけで何を指摘されたのか、伝わったようだ。
「あ、いけない」ベッキーはおどけたような仕草で、自分の頭に手を置いた。
「そういえば、夜中の三時過ぎに着いたのは、台風の影響だったわよね」
そのあとをガウチが引き継いだ。
「そういうこと。スケジュール通りにいけば、ビートルズの羽田到着は前日。六月二十八日の午後五時十五分。六月といえば一年中で一番昼間が長い時期でしょ。その時間帯だったら上空を雨雲が覆っていたとしても、まだまだ明るい。そんな場面に、ミスタームーンライトはおかしいでしょう」
「ほんとだわね」
ガウチの言い分をそのまま受け入れたベッキーだったが、しばらくすると遠慮がかった声で「あの、さぁ」といった。
「到着時刻が夜中になったから、急きょ、オープニング曲を差し替えたんじゃないかしら。だってあの番組は録画だったでしょう。それぐらいの時間はあったはずよ」
「差し替え?」一瞬考える顔になったガウチは「差し替えねぇ……差し替えかぁ」を二回くりかえしたところで、にこっと笑った。
「なるほどね、そっか、そっか、その可能性があったわけか。ぜんぜん気づかなかった。ありがとう。さすがは、名探偵様。あなたのおかげで、長年の疑問が解けたみたい」
もし、ベッキーがそのあとのセリフを口にしなければ、シロワンミ氏の、あの発言はなかった。と僕は思う。
「ねえ」ベッキーがいった。「ついでだから、二十九日の月齢を調べてみようか」
「月齢?」
「そう、日付を打ち込むだけで、その日の月の形がわかるの」
といったときにはサイトは開かれていた。
「あらら、ざんねん。月齢9・9」ベッキーはそれから天井に目をやって、指を折りはじめた。
「ということは、満月になる日は、」
「ちょっと待って」
そこで割り込んできたのは、カモシン。
「五十年も昔の、月の形がわかるの?」
「月の形だけじゃないのよ」ベッキーの声は得意げだった。
「太陽が顔を出した時刻、沈んだ時刻もわかるの。もちろん紀元前もオーケー。数値を打ち込むだけで、その日の惑星位置がわかるサイトもあるらしいわよ」
「惑星?」
驚いたような声でいったカモシンは、その直後にこんなことを口にした。
「それらの情報を組み合わせれば、あの日の娘さんの様子がわかるかもしれないわね」
話が急に変わったからなのか、ベッキーは「え?」といった。
「誰? その娘さんって」
「何言ってんの」カモシンは呆れたような声で付け加えた。
「娘さんといえば、あの人しかいないでしょ」
「あ、そうか、そうか、すっかり忘れてた、ごめんごめん。で、何をどう調べればいいの?」
シロワンミ氏が、両手で自分を抱きしめるような仕草をみせたのは、その時だった。
「どうかなさったんですか?」
カモシンの問いかけに、シロワンミ氏は、うつむきながら答えた。
「その話、やめていただけませんか」
理由を訊く前に、シロワンミ氏は腕をまくってみせた。
「どういうわけか、その話になると、こんなふうになってしまうんです」
彼の両腕をびっしり覆っていたのは、粟粒ほどの鳥肌。
一斉に身を乗り出して、それを見つめるバーシュウレインの三人を眺めながら、ふと、思った。
このあと、僕たちとシロワンミ氏のつながりが証明される。
自信はなかった。しかしどういうわけか、そのような流れになっていった。
いったん体を起こしたカモシンは、姿勢を正すようにしてシロワンミ氏を見た。
「空調が強すぎるんですか?」
「いえ」シロワンミ氏は首を横に振った。
「今のが、レベル7だったからです」
その言葉が想定外だったのは、僕だけではなさそうだった。
「……レベル?」
とつぶやいたカモシンが、こちらに顔を向けようとしたとき、シロワンミ氏が恥ずかしそうな声で説明した。
「鳥肌の強さを示す数値です。1から10まであります。自分で考えました」
カモシンは、数秒ほどの沈黙のあと、シロワンミ氏の手もとを見つめた。
「いまみたところ、鳥肌は消えているようですね」
彼は口元に笑みを浮かべた。
「あの話から話題が逸れると、自然に消えるんです」
「なるほど……」
といったカモシンの次の質問は、僕が見落としていたものだった。
「さっきの、聞きたくない話というのは、どの話を指すのですか?」
彼は落ち着いた声で答えた。
「望遠鏡を持ったまま神隠しにあった娘の話です」
驚いた拍子に飛び上がりそうになったのは、僕だけだった。
「ということは……」カモシンは、ゆったりとした声でつづけた。
「シロワンミさんも、特別な能力の持ち主ということになりますね」
「わたしがですか?」
ぽかんとするシロワンミ氏に、ガウチは笑顔を浮かべた。
「隠しても無駄です。だって、わたしたち、神隠しとか、望遠鏡なんて一言もいっていません。あの娘さんといっただけです」
「なんだ、そういうことですか」
シロワンミ氏は、安心したように、小さな息を吐いた。
「鳥肌センサーがレベル7になるのは、あの話しかないからです」
カモシンが話を変えたのは、鳥肌センサーの響きの中に、自分たちの間で使う「ゾクリ」と共通するものを感じたからだろう。
「質問を変えます」カモシンは、はっきりとした声でいった。
「神隠しにあった娘さんの話は、民話の中にあるのですか?」
「それが、なんともいえないんです。あるといえば、あるし、ないといえば、ないし……」
そのあとシロワンミ氏は、僕たち一人一人の顔を見ながら、こう付け加えた。
「民話収集を思い立った理由を、聞いてもらえませんか」




