『ミスタームーンライトの謎が解明される?』 管理人側視点
1966年当時のビートルズは、凄かったらしい。
そのときの視聴率56・5パーセントは、日本における特別番組の最高視聴率として、いまでも燦然と輝き続けているという。
その56・5パーセントの中にいなかったのは、僕ひとり。なにしろ僕が生まれる前の出来事なのだから。
ガウチは家の近くの電気店。カモシンは、学生寮の食堂。ベッキーは、テレビ喫茶。シロワンミ氏は、後輩が間借りしていた大家さんの居間で見たらしい。
「上下関係の厳しい学校だったけど、あのときだけは公平を期してくじ引きで決めたの。一番遠い席になったのは、バレー部のキャプテン。でも文句ひとついわなかった。というのも、彼女は小型の双眼鏡を持っていたから」
「いつもはガラガラなのに、その日だけは超満員。でも、トイレにいった隙に自分の席を取られた女の子がギャーギャー泣き叫んじゃったもんだから、落ち着いてみることができなかった」
「一番の思い出は、あの日大家さんが出してくれたかっぱえびせんと、はじめて飲んだネクターの味です」
僕は背もたれに体を預けたまま、五十年近く昔のことをまるで昨日のことのように話す四人をぼんやり眺めていた。
「ところで、あの番組の中で一番印象に残っている曲は、なに?」
ガウチがそんな質問をしたのは、それぞれの思い出話がひと段落してからだった。
「ミスタームーンライト」
ベッキー、カモシンがほとんど同時に答え、シロワンミ氏がちいさくうなずくと、ガウチは「やっばり、そうなのね」といったあと、こんな疑問を口にした。
「でも、どう考えてみても、あの場面でミスタームーンライトは、おかしいわよね」
戸惑いの表情を浮かべたのは、ベッキーだけではなかった。空になったグラスをもてあそんでいたシロワンミ氏の手の動きも、ぴたりと止まった。
「どこが、おかしいっていうの?」
口を尖らせたような声のベッキーに、ガウチは自信に満ちた声で答えた。
「わたしが番組プロデューサーだったら、オープニング曲は、彼らの事実上のデビュー曲、プリーズプリーズミー以外にあり得ない。だって、ミスタームーンライトは、」
とそこで、シロワンミ氏が「あ、なるほどそうか」といって、ガウチに顔を向けた。
「いわれてみれば、確かにおかしな話ですよね。シーラブズユー、抱きしめたい、キャントバイミーラブ、ハードデイズナイト。ジョンとポールの大ヒット曲がいくらでもあるのに、どうしてカバー曲を使ったんでしょうね。ビートルズを売り込むための来日、特別番組でしょ。エプスタインが指定するはずはないし……」
ふたたび思案顔になったシロワンミ氏に、ガウチは遠慮を含んだ声で訊いた。
「ずいぶん詳しそうですね、ポピュラー音楽に」
「いえ、まぁ」シロワンミ氏は、すこし照れたような表情を浮かべた。
「若いころ、バンド活動を少々……」
「あらっ」横顔からでも、ガウチの目が輝くのが見えた。
「楽器は?」
「ベースです」
「ウッド?」
「いえ、エレキです」
「ひょっとして、ビートルズのコピーバンド?」
「違います、違います」二度も否定しながら、シロワンミ氏は笑みを浮かべた。
「僕にとって、彼らは敵でした」
シロワンミ氏が自分のことを、僕といったのはそのときが初めてだったが、僕以外にそれに気づいた人間はいないようだった。
「敵? ビートルズが?」
「表現が過激でした。訂正します」シロワンミ氏は笑顔のままつづけた。
「僕たちの年代のロックスターといえば、プレスリーだったんです」
「あ、そういう意味だったのね。そっか、そっか」納得したようにうなずいたガウチは、シロワンミ氏をしばらく眺めてから付け加えた。
「ということは、わたしたちより、ちょっと年上ってことよね、あなたは」
「え?」
シロワンミ氏が真顔になったのは、ガウチの言葉遣いが急変したことに対するものではなさそうだった。
「すこしどころじゃありません。一回り以上離れていると思います」
「あら、お上手」口元を隠してクスクス笑ったガウチは、ベッキーに顔を向けた。
「でも、ちょっとお世辞が過ぎるんじゃないかしら、ねえ」
「いえる、いえる。いい過ぎも、いいところ」
同意を求められたベッキーも、ガウチと同じような言い方をしたが、シロワンミ氏は真面目な顔のまま、自分の生まれ年をいった。
「僕、1944年です」
「ほらやっぱり、三つ上」
ためらいもなく自分の年齢を告げたガウチに、シロワンミ氏が目を見開いたとき、ベッキーが割り込んできた。
「謎が解けたわよ」
「何の?」
にやりと笑ったベッキーは、砕けた口調で答えた。
「もちろん、ミスタームーンライトの謎でございますわよ。敏腕プロデューサー様」
当時を知らない僕にも、ベッキーの推理は納得できるものだった。
「ミスタームーンライトを選んだ理由は、タイトルに『ムーンライト』の文言があったからよ。ただそれだけの話。もし、あの日天気がよかったら、羽田上空に明るく輝く満月が見えたはず。月の光に照らされて、高速道路を滑るように走る四人の乗ったキャデラック。そんな映像にマッチする曲は、ミスタームーンライトだけでしょ。ただ残念だったのは、担当者に天候のツキがなかったこと。スタッフの誰かが、あした天気にしておくれと、てるてる坊主に願掛けしたかもしれない。でもその願いは、叶わなかった」
ベッキーは、早口でつづけた。
「確かに、ミスタームーンライトは、ジョンとポールの曲じゃないわ。でも、ツイストアンドシャウトも、ロックンロールミュージックもカバー曲でしょ。それに、ミスタームーンライトは、アルバムの中に入っているのよ。オープニングに使ったとしても、なんの不思議もないわ」
僕はベッキーの背中側。彼女の顔は見えなかったが、声の感じから、勝ち誇ったような笑みを浮かべているような気がした。
「ありがとう」かるくお辞儀をしたガウチは、ベッキーに顔を近づけた。そして「あなたのおかげで……」といったところで、なぜか言葉を切った。
ガウチの逆襲がはじまりそうだな。僕がそう思った数秒後に、ガウチは笑いながらこんなことをいった。
「五十年振りに思い出した謎は、ますます深まるばかりでございますわ、名探偵様」




