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『何かがはじまる気配?』 管理人側視点

 ちぎれ雲さんには、透視能力があります。

 シロワンミ氏だけでなく、バーシュウレインの三人までもが、そのようなことを言い出すきっかけになったのは、そのとき僕が頼んだ二杯のコーラだった。


「なるほど、そういうことですか……」

 つぶやくようにいったシロワンミ氏は、感慨深そうな表情で僕たちを見た。

「どうかなさったのですか?」

 ベッキーが笑顔で訊ねると、彼は独り言のような口調で答えた。

「四人全員が透視能力の持ち主……参ったなぁ……」

低い声だったがはっきり聞こえた。全員という言葉の中に、この僕も含まれていることにも気づいた。

 でもそれを訂正しようなんて気持ちは起きなかった。

 だってこれは、社交辞令。もしくは、会話に隙間が生じるのをおそれたシロワンミ氏の口から漏れた本音のようなもの。彼の言う透視能力とは、バーシュウレインの三人の経営手腕、もしくは、先見の明。いずれにしても、僕とはまったく関係ない。

 そんなことを頭の隅に浮かべながら、僕はふたりのやり取りを眺めていた。

「いえいえ」

 ベッキーは、自分の顔の前で掌をひらひらさせた。

「私どもには、そのような能力はありません」

 謙遜。バーシュウレインの三人は、常にその心を忘れない。

 グループ全体が元気なのは、スタッフのおかげなんです。わたしたちは、何もしていません。

 たぶんそんなセリフでシロワンミ氏の話をかわす。と思ったが、違った。

 なにを思ったのか、ベッキーは体をねじるようにして、僕に顔を向けたのだ。そして、にこにこ笑いながら、意味不明なことをいった。

「透視能力があるのは、ここにいらっしゃるちぎれ雲さんだけです」

いきなりだったので、びっくりした。

「え? 僕が?」

 あわてて背もたれから体を離した僕の肩口を、カモシンが指先で、ちょんちょんとつついた。

「隠しても無駄ですよ、ちぎれ雲さん」

 あまりにもさらりといわれたので、僕は勘違いをしてしまった。

 いまの言葉にオチをつけて、シロワンミさんに渡してください。

 僕に顔を向けたカモシンの目が、そう言っているように見えたのだ。

 でも僕にユーモアのセンスはない。頭の回転も鈍い。どうやって返せばいいんだ、この状況下で……

 そのとき、いい考えが浮かんできた。この状況を作り出した本人に、オチを考えてもらえばいい。それが、言い出しっぺの責任というものだ。

 ザマミロ。

 心の中でそうつぶやいてから、僕はシロワンミ氏にボールを投げた。

「実をいうと、そうなんです。僕には透視能力があるんです」

「それは、一目でわかりました」

 え?

 一瞬言葉を失ったのは、反応があまりにも早かったことと、彼の表情に笑みがなかったからだ。僕は混乱した頭の中で、その理由を考えてみた。

 世の中には、めったに笑顔を見せない人間もいる。シロワンミ氏もそういった性格の持ち主なのだろう。その上、目の前にいるのは、超有名な二人。

 オチはわたしが考えます。でもここで無様な格好を見せたくないんです。お願いです。もう少し、言葉のキャッチボールをつづけてもらえませんか。

 シロワンミ氏の表情から、そんなセリフを読み取った僕は、彼の目をまっすぐ見つめたまま、ゆるいボールを投げ返した。

「さすがですね、シロワンミさん。で、どこで気づいたんですか、僕の透視能力に」

ガウチがドリンクバーから戻ってきたのは、そのタイミングだった。

「とどめは、これでした」

 シロワンミ氏が指さしたのは、ガウチがテーブルに置いたばかりのコーラ。

「わたしの大好物を、ちぎれ雲さんが当てたからです」

 

 思い込んだ人間は恐ろしい。常識以前のものさえ受け付けてくれない。

「違います。コーラ二杯は、僕が飲むためです。シロワンミさんの分は含まれていません。心の中が見えたわけでもありません。話の途中でお代わりを頼むと、自分自身で話の腰を折ることになるし、これ以上ガウチさんに、ウエイトレス役を押し付けるわけにもいかないと思ったからです。それにコーラ好きな人間なんて、どこにでもいます。だいいち僕は、他人のことにかまいたくない性格なんです」

 しかし、シロワンミ氏は、まったく聞き入れなかった。

「何をおっしゃっても無駄です。ちぎれ雲さんに透視能力があることぐらい誰でもわかります」

 彼と僕との年齢差は、低く見積もっても、二倍以上。その彼が、僕に対して敬語のような言葉を使う理由もわからない。

「なんとかいってくださいよ」

 バーシュウレインの三人に助けを求めても、返ってくるのは、どれも似たようなもの。

「誰にも迷惑はかかりません。そうだということにしたらどうですか」

 最後は妥協するしかなかった。


でも、彼の思い込みで助かったことがあった。

 僕の体質に関する話を、シロワンミ氏はそっくりそのまま受けいれてくれたのだ。

「で、今まで映し出された映像には、どのようなものがあったんですか?」

 それが、話終えた僕に対する最初の質問だった。

 頭がおかしいと思われるのを覚悟していた僕は、拍子抜けを感じながらも、ウエストポーチから取り出したポストイットを、彼の前に並べて置いた。

「この順番で浮かんできました」のあとに「でも関連性なんてものはなにもありません」と付け加えたのは、彼に余計な期待感を抱かせないためだ。

「この二つの曲には、どんな関係があるんですか?」

 彼が興味を示したのは、三枚目のポストイット。

「わかりません。でも僕たちの間では、少年が書いたリクエスト曲となっています。しかし一枚のはがきにプリーズプリーズミーと、東京五輪音頭と書いた理由については、意見が分かれたままです」

「なるほど」シロワンミ氏は、腕組みをして目を閉じた。そして口の中で何度か、プリーズプリーズミーと東京五輪音頭をくりかえしたあと、目を開けた。

「わたしの記憶によると、共通点があるようです」

「教えて頂けますか?」

 素早いベッキーの問いかけに、シロワンミ氏は、すこし困ったような表情になった。

「でも、思い違いかもしれません」

 ベッキーはしばらく間を置いてから、やわらかい声でいった。

「それでもかまいません。おっしゃってみてください」

 シロワンミ氏は、ほんの少しの間天井に目をやった。

「発売時期が、同じころだったのではないでしょうか」

 そんなこと、どうでもいい話でしょ。僕が心の中でそういったとき、ベッキーはすでに愛用のアイパッドを開いていた。

 場所柄を考えたらしく、ベッキーは指先で検索した。

「おっしゃる通りです。1963年の発売です。どちらの曲も大ヒットしています」

 残念ながら僕の記憶の中に、プリーズプリーズミーと、東京五輪音頭はなかった。でも知っているビートルズの曲がある。ヘルプと、レットイットビー。

 ヘルプは、なんでも鑑定団のテーマソング。レットイットビーは、テレビのバラエティ番組の中で聞いた。

 番組の内容は、悪霊島という日本映画で使われたビートルズのレットイットビーが、DVD化の際、契約上の都合で、やむを得ず別のアーティストの演奏に差し替えられた。そんなものだったと思う。

「ついでに、売り上げ枚数を調べてみましょうか」

 ベッキーが思い付いたようにいうと、シロワンミ氏は、苦笑いを浮かべた。

「いえ、それはけっこうです。自分の記憶どおりだったことがわかっただけで十分です。お手数かけました」

 僕は、腹式七回映像の件は、これで終わったと思った。

 今度は、僕たち四人がシロワンミ氏の話を聞く番だ。どんな仕組みで、聞こえてくるのだろう。やっぱりステレオだろうな。5・1チャンネルってことはないよな。疑問があったら、遠慮せずに訊いてやる。心の準備はできていた。でもガウチの次のような発言から、話は違う方向に進んでいった。

「いまこれを見ていたら、思い出したことがあったの」

 ガウチの指は、シロワンミ氏が選んだポストイットの一か所を押さえていた。

「プリーズプリーズミー? この前も見たでしょ、これ」

 ガウチはその質問には答えず、僕を含めた全員を見回した。

「この中で、ビートルズが来日した時のドキュメンタリー番組を見た人はいる?」



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