『シロワンミ氏と僕たちを繋ぐ糸口?』 管理人側視点
その時の僕は、バーシュウレインの三人も僕と同じ考えだと思い込んでいた。
これからはじまる会話は、あなたとこうやって会うのは、今日が最初で最後ですからね。そのことをはっきりシロワンミ氏に伝えるため。
ベッキーはそれを短時間でやってのける。それが終わると僕たちは、食事なしでこの店を去る。そんな段取り。
しかし、伺いを立てるようなベッキーの声で、彼女たちと僕には違う部分があることに気付いた。
「わたしたちに頂ける時間は、どれくらいありますか?」
「それは気になさらないでください」シロワンミ氏は笑顔で答えた。
「ありがとうございます」
感謝の礼を述べたベッキーは、そのまま身を乗り出すと、当たり障りのないような質問をした。
「幼いころから、民話に興味があったのですか?」
するとシロワンミ氏の表情が強張った。
あれっ、聞こえなかったのかな。そういえばさっきの電話で、何度も聞き屋をケーキ屋といっていたよな、と思っている途中で彼は、急にうつむいてしまった。
「どうかなさったんですか?」
ベッキーの問いかけに、シロワンミ氏は消え入りそうな声で答えた。
「結果的に、皆さんを騙してしまったようですね」
え?
予想外の言葉。僕はベッキーとカモシンの様子をうかがった。しかし、二人の横顔に戸惑いの表情を見つけることはできなかった。
「その理由を教えていただけませんでしょうか」
騙してしまった、の部分を省略したベッキーに、シロワンミ氏は言葉を選ぶようにして答えた。
「さきほどの電話で、郷土史家、といいました。でも正確に言えば、あれは嘘になります。郷土史家のようなものを目指している、というべきでした。申し訳ありません」
さらに頭を下げるシロワンミ氏に、ベッキーは明るい声で応じた。
「そのことでしたら、ご心配なさらずに」そのあと優しい声でこう付け加えた。
「我々四人、最初からそのように理解しておりましたから」
車の中でそんな話は出なかった。席順と、最初の飲み物は相手に合わせます、の二点だけだった。でもカモシンとガウチがうなずくのが見えたので、僕もそれに合わせた。
「これでやっと、落ち着くことができます」
ほっとしたような表情を浮かべたシロワンミ氏が、残っていたウーロン茶を飲み干したところで、ガウチが僕に声をかけてきた。
「別の飲み物を持ちしましょうか」
いつのまにか僕のグラスは空になっていた。
僕の二杯目は、もちろんコーラ。最初ウーロン茶のシロワンミ氏は、ジンジャーエール。体に良いものを、が合言葉のひとつのバーシュウレインの三人は、植物性繊維豊富なホットココア。
その時点で僕たちは正式な自己紹介をしていなかった。僕はコーラを待ちながら、さり気なくシロワンミ氏を観察してみた。
年齢は七十歳前後。身長は175センチより少し高め。年齢の割には引き締まった体型。片方の耳がつぶれている。ひょっとすると、柔道の有段者。でも、優しい目をしている。
茶色系で統一されている服装のほとんどは、ユニクロ。
このあたりまでの僕は、僕たちとシロワンミ氏がつながっているなんて、夢にも思っていなかった。
「民話の指導を受けていらっしゃる先生は、どのような方なんですか?」
ココアで喉を潤したベッキーが、ゆっくりとした口調で訊ねると、シロワンミ氏は苦笑いを浮かべた。
「先生なんていません。すべて自己流です」
そこまでは、コーラをちびちび飲みながら話を聞いていた。
「この辺りに、民話は残っていません」
この言葉はバーシュウレインの三人にも予想外だったらしく、僕と同じタイミングで動きをとめた。それに気づいたのか、シロワンミ氏は、あわてたような声でつづけた。
「江戸時代の終わりのころの大洪水で、ほとんどの古文書が消滅。そのとき難を逃れた古文書も、太平洋戦争の空襲によってすべて灰になった。そのように聞いています」
それならそうと、最初からいえばいいのに。僕はそんなことを思いながら、テーブルに置いたばかりのグラスに手を伸ばした。
「残っていない民話を、どのような方法で収集していらっしゃるんですか?」
的を得たベッキーの質問に、シロワンミ氏は背筋を伸ばした。
「後で誤解が生じないように申し上げます。わたし、好きでやっているわけではないんです」
ベッキーはすこし首を傾げた。
「といわれますと?」
居心地が悪そうな表情になったシロワンミ氏は、指先で頬を何度か掻いた。
「義務感のようなもの、と思ってください」
「義務感?」
つぶやくようにいったベッキーは、しばらく沈黙した後、確かめる口調で訊いた。
「何か、特別な理由があるということですか?」
「はい」
その質問を待っていましたというような顔で、大きくうなずいたシロワンミ氏は、なぜか周囲を見回した。
六時前という時間帯のせいだろう。広い店内にいたのは、ほんの数組だけ。しかも、僕たちからずいぶん離れていた。にもかかわらず、シロワンミ氏は声を潜めていった。
「笑わないで聞いてくださいますか?」
話を聞く前に、そんなことを言われてもなぁ、僕は心の中でツッコミを入れながら、他の三人と同じようにちいさくうなずいた。
「収集していません。浮かんでくるんです。でも、断片的なんです」
その瞬間、僕に鳥肌が走った。しかし、僕以上に、衝撃を受けた人物がいた。
「ど、どのような、じ、状態で……」
といったところで、ベッキーは、言葉に詰まったように、口をぱくぱくさせた。




