『新メンバーは、シロワンミ氏』 管理人側視点
待ち合わせ場所は、チカチカマンションから車で十分ほどのファミリーレストラン。
「無理をいったのは我々です。たとえ一分でも待たせてはなりません」
カモシンは制限速度ぎりぎりで車を飛ばした。しかし彼はすでに到着していた。
店のドアを開けたその向こう。背伸びするような格好で駐車場の方を眺めていた。
目印の黄色い反射タスキ。体つきや、横顔に見覚えがあった。間違えようがない。
約束の時間の二十分前。時間に遅れたわけではないが、先頭の僕は、とりあえずお詫びの言葉を口にした。
「申し訳ありません。遅くなりました」
お久しぶりです。あなたのおかげで僕は……とつづけようとしたところで、彼は信じられないものでも見たような表情になった。
「ち、ちょっと」長身の体を折り曲げると、僕の耳元でささやいた。
「あなたが、ちぎれ雲さん?」
タクシーに乗ったのは、二年ちょっと前。多くの乗客と接する彼が僕の顔を覚えていないのは、当たり前。
たぶん電話の声と、目の前に現れた僕のイメージが違い過ぎたのだろう。でもそんなことは、よくあること。
「はい、そうです。ちぎれ雲です」
笑顔と共にうなずくと、彼の表情は、目まぐるしい変化を見せた。
怪訝、思案、怪訝、思案、怪訝、思案、怪訝……
腑に落ちないといった表情のまま、彼はさらに声を低めてささやいた。
「後ろの三人は、ちぎれ雲さんとは無関係ですよね」
待ち合わせ場所を決めて電話を切ろうとしたとき、ベッキーは僕にメモ用紙を差し出した。そこにあったのは『おばちゃん三人連れてきてもいいですか?』
それを伝えると、受話器の向こうから嬉しそうな声が返ってきた。「少しでも多くの人に、民話を伝えたいと思っているところです。老若男女、どのような方でも大歓迎」
僕はゆっくり後ろを振り返った。
改めて三人を眺めてみると、確かにそうだ。バーシュウレインの三人に、おばちゃんという言葉は当てはまらない。着飾ってもいない。そこに立っているだけ。なのに、そんじょそこらの女優にも負けないオーラを放っている。
ふたたび彼に向き直った僕は、にかっと笑ったあと、十分な間合いをとってから、はっきりした声でいった。
「大いに関係あります」
店長自ら案内してくれたのは、一番奥のテーブル。
ちなみに僕たちの席順は、車の中でカモシンが決めたとおり。窓側から、カモシン、僕、ベッキー、ガウチ。元個人タクシーの運転手は、その向かいの席。
時刻は午後五時を少し回ったところ。夕食には少し早い。とりあえずドリンクバーを注文。
ガウチが、ウーロン茶を持ってくるまでの間に、元個人タクシーの運転手は「信じられません」「夢のようです」「光栄です」を幾度となく繰り返した。
彼によるとこの街で、カモシン、ガウチ、ベッキーの三人を知らない人間は、よそ者扱いされるらしい。
「これから長い付き合いになるかもしれません。わたしたちのこと、ニックネームで呼んでくださいませんか」
全員揃ったところでカモシンがそう切り出すと、彼はしばらくぼーっとした表情を浮かべていたが、急に立ち上がると、震えたような声で、
「よろしかったら、わたしのこと、シロートワンミと呼んでくださいませんか」
といった。
シロートワンミ?
考える顔になったのは、僕だけではなかったらしい。
「あ、いや、べつに深い意味はありません」彼は慌てたように付け加えた。
「いま思いついたんです。民話を逆さにして、それに素人をくっ付けただけです」
しかし、カモシンの提案で、彼のニックネームは、シロワンミに決定。
「そのほうが、しっくりくると思うんです。それに、謎めいて聞こえるような気がしませんか?」
柔らかな声で説明するカモシンを、うっとりした顔で眺める元個人タクシーの運転手が、異論を唱えるはずがない。
「では、シロワンミさんと、我々の出会いに、カンパーイ」
僕の音頭で、五人は互いのグラスをカチンカチンと鳴らした。
僕があの日のお礼をいったのは、先週再放送されたというシャッター商店街の再生ドキュメンタリー番組を見たシロワンミが「とにかく、この街が発展したのは、みなさんのおかげです」といって、一息ついたときだった。
しかし、彼は僕のことをまったく覚えていなかった。
「運転免許証を返納したのは、物忘れがひどくなったからです」
情けなさそうな声を聞いたとき、直感的に思った。
そのときの記憶を、僕が取り戻してやる。今の僕にはそれができる。
彼の顔をしっかり見つめた僕は、あの日のことを、事細かに説明した。カットしたのは、うちのバカ息子に、あなたの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいです、の部分だけ。
しかしそれも通じなかった。返ってきたのは、疑問符付の短いセリフのみ。
「あなたの背中にエアサロンパスを塗った?」「におい消しのファブリーズ?」「自販機で買ったコーヒー?」「チカチカマンション?」「23時59分53秒?」
そこまでは何とか気持ちを保つことができた。しかし、最後のセリフに愕然とした。
「その時の運転手は、私ではなかったと思います」
根源的な部分を、勝手に思い込んでいた自分を恥じた。情けなく思った。
あの時の運転手に間違いない。でも時間調整は、僕一人でやった。彼は関係ない。僕を運んだだけ。僕とつながっているのは、バーシュウレインの三人だけ。
全身の力が抜けた。つづける言葉を探す気持ちも失せたとき、隣のベッキーが僕の脇腹を肘でそっと突いた。そして彼女の前に置いてあったメニューを、ゆっくりと開いて僕のほうに向けた。
シロワンミ氏に、夕食をご馳走したあと、縁を切ります。それでいいですね。
最初僕は、そんな意味に受け取ったが、そうではなさそうだった。
メニューを広げたのは、伝言メモを隠すためらしい。
『この後は、我々が仕切っていいですか?』
料理写真付きメニューに張り付けてあるポストイットには、そう書かれていた。我々とあるところをみると、個人プレーではないらしい。
「そうですねぇ……」
とつぶやいてから、考えてみた。
いずれにしても、この時点で、人違いでしたといって、僕一人が席を立つわけにはいかない。だとしたら、バーシュウレインの三人が、どうやってこの状況をまとめていくのか見てやろう。
そんな結論に達した僕は、シロワンミから見えない位置で、オーケーマークー作ったあと、腕組みしながら背もたれに体重を預けた。




