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『質疑応答は、着信を待ちながら』 管理人側視点

 僕は本題に入る前に、言い訳をした。

「カロンが消えた日の記憶が戻ってきたといっても、あやふやな部分は、当時のままです。これが本当に僕の記憶なのかどうかもわかりません。ひとことでいえば、矛盾だらけ。僕の記憶を消した犯人は、カロン。カロンが向かった先は、僕の頭の中。そんな内容なんです。支離滅裂もいいところ。でも、どこかに、謎を解く鍵が隠れているはずです」

 そこで僕は、テーブルに額が着くほど頭を下げた。

「お願いします。みなさんの力を貸してください」

 すると、三人も同じようなお辞儀を返してきた。

「光栄です。わたくしたち、最初からそのつもりでした。力を合わせるうちに、ちぎれ雲さんと我々との出会いの謎も見つかるかもしれませんね」

いわれて気づいた。僕とバーシュウレインの三人が出会った理由。それこそが最大の謎なのかもしれない。

「すみません。自分のことばかり考えていました」もう一度頭を下げてから、テーブルの携帯を横目でみた。

「いつ電話がかかってきてもいいように、話の途中で疑問を感じたら、その場で突っ込んでください。その方が効率よく話を進められるし、お互いにやりやすいと思いますので」

「おっしゃるとおりです」

カモシンの声に、ガウチ、ベッキーも力強くうなずいたが、誰一人として口を挟まなかった。といっても、話に聞き入っていたわけではない。

 あら、まあ、ほう、なるほど、といったような気のない相づちを打つだけ。カモシンはほとんど目を閉じていたし、ガウチとベッキーは、時折、ボールペンを動かす程度だった。

 でも、テーブルの周りには、得も言われぬ緊張感が漂っていた。

 結局携帯は鳴らなかった。

 そのおかげで、バーシュウレインの三人が僕のアパートにやって来た日の一部始終を話すことができた。

 質疑応答は、コーヒーブレイクのあと、カモシンから始まった。

「要約すると、こうなりますね。わたしたちが、ちぎれ雲さんのお部屋に伺ったとき、カロンさんは、冷蔵庫の後ろに隠れていた。カロンさんは、わたしたちのやりとりを見ていた可能性がある」

 僕は黙ったまま、大きくうなずいた。

「カロンさんが消そうとしたのは、ちぎれ雲さんと出会ったときの記憶。でも手違いが起きた。久しぶりにちぎれ雲さんの頭の中を覗いてみると、環境が変わっていた。その件を報告している途中で、ちぎれ雲さんの頭の中に人影があったことを思いだしたカロンさんは、そのまま消息を絶った」

「そうです。そうです」

 何度もうなずいた。うなずきながら、感謝の拍手を送りたい気分だった。

 聞いていないようで、きちんと要点を押さえている。それに、カロンを実在の人物として扱っているところに感銘を受けたのだ。

「でも、ごめんなさい。わたしに聞こえてきた声が、カロンさんだという証拠を見つけることはできませんでした」

申し訳なさそうな声に胸の痛みを感じた。悪気はなかったにせよ、繋がりのないものを、繋がっているように思わせた罪の意識で、飲みかけのコーヒーカップに手を伸ばすカモシンを見ることができなかった。

 しかし場の空気は変わらなかった。熱い緊張はつづいていた。

「こんどは、わたし」

 額にかかった髪を指先でかき分けたガウチは、自分の前に数枚のポストイットを並べると、それを見ながら事務的な声でいった。

「重要な点がいくつかあります。まず、カロンさんが消えた日の記憶が、このタイミングで戻ってきたことです」 

 僕と同じ考えに、ほっとした。

 カロンが姿を消した特別な日を、この僕が忘れるはずがない。誰かが、記憶を隠し、誰かが、今日、それを戻しにやってきた。それ以外に、考えられない。

「それと、カロンさんの『信じられないんだったら、履歴を調べてみたら』もそうです」

 ガウチは体をひねって、僕に顔を向けた。

「このセリフを、どのように受けとられたのですか?」

 急にふられて戸惑ったが、戻ってきたばかりの記憶をたどりながら答えた。

「言葉通りに受けとったと思います。なにしろあの日の僕は、皆さんを偽札偽造団だと思っていました。無意識のうちに、警察に電話したかもしれない。そうなると、パトカーが駆けつける。拳銃の打ち合いになる、そんなことを考えながら履歴を開いたような気がします」

 拳銃のところで、三人は苦笑いした。

「確認は、110番だけでした。なにしろ、目の前には見たこともない大金。背中では、ドアをドンドン叩く音。そんな切迫した状況でしたから」

 そのときの僕の姿を想像したのか、ガウチは小さく笑った。

「質問を変えます。今のお気持ちを聞かせてください。この携帯電話の最初の着信の相手。さっきかけた電話の持ち主は、誰だと思いますか?」

「僕が乗ったタクシー以外に考えられません。だって日付と時間からすれば……」

 そこまでいったところで、僕はあることに気づいて口ごもった。

「どうかなされましたか?」

 ガウチが怪訝そうな表情で訊いたが、それを口にする勇気がなかった。

 バーシュウレインの三人は、僕と四人だけの世界を望んでいる。他人の参入を、好まない。拒む、排除する。そんな気がしたからだ。

 でもそれは、僕の思い過ごしだった。

「わたしにも、秘密にしておきたいことならいくらでもあります。答えて下さらなくてもかまいません」

 ガウチの優しい心遣いが、嬉しかった。それに下手に気を使うと、大事なものが見えなくなる恐れがある。三人の落胆の表情を予想しながら、最小限の言葉で伝えた。

「あの運転手とも繋がっているような気がするんです」

 するとなぜか三人は、ほっとしたようなため息をついた。

「実をいいますと」ガウチは、にこっと笑ってつづけた。

「わたしたち、確信しておりました。運転手さんともシンクロしているはずだと」

 嬉しくもなかった。あまりにも調子が良すぎる。僕に合わせているとしか思えない。

「だったら、理由を教えてください」

 つい、つっけんどんな物言いになった僕に、ガウチは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐ真顔になって説明した。

「その運転手さんが、名刺投入時刻の時間調整役を担っていたからです。23時59分53秒は、その方の存在無しには考えられません」

 完ぺきだった。僕の心の中が、透けて見えているんじゃないかと思うくらいだった。しかし、気になることがあった。

「どうして、そんな重要なことを、今までだまっていたんですか?」

 ガウチは姿勢を正すと、少しだけ僕に顔をちかづけた。

「正式な依頼がない限り、余計なことはしないことにしているんです。わたしたち」

「参ったなぁ」僕は頭を掻きながらいった。「ほかにも、何か気づいていることがあるんじゃないんですか?」

 カマをかけたつもりはなかったが、ガウチは意味ありげな笑みを浮かべた。そしてそのままの顔を、ベッキーに向けた。

「ここからは、あなたの出番よ」

 僕の携帯に着信が入ったのは、ベッキーが「了解」と軽快な声で答えた直後だった。



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