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戻ってきた記憶、七時ジャストのノック音から、冗談のような会話のあとでまで』 管理人側視点

 キーワード連鎖方式検証法。

 これは後になって、ベッキーが名付けた総称で、キーワード的なものをたどりながら、消えた記憶を探し出すシステムと、それを実行するためのプログラムの両方を合わせたものをさす。

 でも、僕はそれを実際に体験するまで、自分の体内にそのようなメカニズムが組み込まれているなんて、夢にも思わなかった。

 でも、予兆のようなものは、あった。

携帯履歴の話をカモシンが持ち出した辺りだ。あの前後に、誰かが僕の頭の中を引っ掻いたような気がしたのだ。擦り傷が完治する前の、痛いような痒いような、あんな感じだった。

 記憶が戻ってくる五分ほど前、僕はどこかの国の王室御用達ビスケットを頬張りながら、彼女らの守り神が祀ってある木箱をぼんやり眺めていた。

 ジャンスペにいたのは、僕ひとり。

 バーシュウレインの三人は、窓の外を眺めたり、飲み物の後片付けをしたり、離れたテーブルの上で、パソコンのキーボードを叩いたりしていた。まぁ、ちょっとしたリラックスタイム。

 そんな中、ふと、あの三千万円のことを思い出したのだ。

 そういえばベッキーがいっていた。この箱のどこかに僕が突っ返したお金が置いてあるって。どのあたりなんだろう、あの札束。お石様の下が一番あやしいけど、いまでもビスケットの空き缶の中に入ったままなんだろうか。だとすれば、甘い匂いに包まれているのかな、あの札束……

 そんなとりとめのないことを考えながら、つぎのビスケットを口に入れた。

 それにしても、人生って面白い。ほんのちょっとのことで、大きく変わる。

 バーシュウレインの三人が、僕を手厚くもてなしてくれるのは、三千万円を受け取らなかったからではない。僕にひらめいた数字と、彼女らに降りたお告げの数字が、ぴったり重なった上に、名刺投入時刻が23時59分53秒だったから。

 と、なぜかそこで、僕の口から、日野のコマーシャルソングが流れ出した。

 トントントントン、ヒノノニトン、トントントントン、ヒノノニトン。

 何の違和感もなくそれを口ずさんでいるうちに、それはいつしか、

 リレキ、リレキ、僕のリレキ。僕のリレキは四つだけ、リレキ、リレキ、僕のリレキ。僕のリレキは四つだけ、

 となっていった。

 カロンが姿を消した日の記憶が、音声付き映像として、まぶたの裏によみがえってきたのは、歌詞の変化に気づいた僕が、

「履歴?」

 とつぶやいた瞬間だった。

「信じられないんだったら、履歴を調べてみたら」

 声と同時に、いきなり目の前に現れたカロンに、僕は思わずのけぞってしまった。


「もう、よろしいでしょうか?」

 気遣うようなカモシンの声が聞こえてきたのは、戻ってきた記憶が脳に定着して、しばらくたったころだった。

 この現象をどう伝えようか。頭の中を整理しながら、視線を戻すと三人の姿が見えなかった。

 あれっ? 

 あわてて左右を見回したところで、声は、後ろからだったことに気づいた。

 身体と椅子を回転させて振り返ると、そこに三人がいた。しかし、なぜか横一列。しかも、気を付けの姿勢。かしこまった顔で僕を見ていた。

「どうしたんですか? みなさん」

 椅子から立ち上がって訊くと、カモシンが笑顔で答えた。

「邪魔をしてはいけないと思ったものですから。ここから拝見しておりました、わたしたち」

 何をいっているのかわからなかった。

「邪魔?」

 僕の表情と声のトーンで、カモシンは自分の勘違いに気づいたらしい。しばらくの沈黙の後、恥ずかしそうな声で、そのわけを説明した。

「あの女の子と、話をしているようにしか見えなかったものですから……」

 女の子が、誰を指すのか訊かなくてもわかった。

 カモシンが、勘違いするのも無理はない。戻ってきた記憶の検証をしているあいだ、僕はずっと天井あたりを睨んでいた。僕のその姿を、先日の自分と重ね合わせて見ていたのだろう。

 違います。

 といおうとして、思いとどまった。

 つまりそれは、今でもカモシンは自分だけに聞こえた声を空耳ではなかったと信じている証拠。それを一言で否定するほど、僕は冷酷ではない。

「なるほどなぁ」

 とりあえずそういって、そのあとの言葉を探そうとしたとき、ある疑問が湧いてきた。

 今よみがえってきた記憶は、実際に起きたことなのだろうか。誰かの手によって、修正されたものなんじゃないだろうか。

 いったんそう思ってしまうと、もうだめだった。それが正しいような気がしてきた。でも、それを確かめる方法はある。あの日、バーシュウレインの三人が僕の部屋にやってきたのは間違いない。 彼女らの記憶と、戻ってきた記憶のすり合わせをすればいい。

「わたし、迷惑をかけたみたいですね」

 しおれたようなカモシンの声に、僕は反射的にいっていた。

「ひょっとすると、おっしゃる通りかもしれません」

「え?」

 カモシンが目を見開いた。

 もちろん思い付きだ。でも、誰にも迷惑はかけない。誰も傷つかない。まったく根拠のない話で、人を楽しくさせることができるんだったら、僕は喜んで、それを使う。

 そんなふうに心を切り替えた僕は、ほかのふたりも喜ぶような、でたらめを口にした。

「カモシンさんが聞いたのは、カロン本人の声だったのかもしれませんよ」

 その時僕は、その出まかせの裏付けが取れる事態が待っているなんて、思ってもいなかった。


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