『おぼろげに見えてきたもの』 管理人側視点
「これを見てください」
僕はテーブルの中央付近に、ポストイットを並べた。
「お分かりだと思いますが、これは腹式呼吸で浮かんできた映像を、僕が書き移したものです。全部で四枚あります」
三人の表情を観察しながらつづけた。
「最初がこれでした。丘の上。天気良好。若い女の子。その次が、ごちゃごちゃ書き過ぎてしまったので、見えにくいかもしれませんが、大男と作業着姿の若者がでてくる場面。三番目が、坊主頭の少年が、はがきに文字を書いているシーン。そして四枚目が、バカ殿とラムちゃん」
そこで言葉を切った僕は、背筋を伸ばした。そして意識して高い声でいった。
「ご覧のとおりです。ちょんまげロボットという文字は、どこにもありません」
しかし、何の反応もなかった。三人は、僕の顔を見ようともしなかった。考え込むような視線をポストイットに向けているだけだった。
どうして、自分たちの記憶違いを認めようとしないんだ、この三人。
ちょっとした苛立ちを覚えた僕は、バカ殿とラムちゃんのポストイットを、指先でポンポンと叩きながら指摘した。
「みなさんは、これを、何かと勘違いしたんです」それからすぐフォローに切り替えた。
「でも、気にすることはありません。ほとんどの記憶を失ってしまった僕に比べれば、なんでもありません。ちっぽけなことです。些細なことです」
しかし、三人の様子に変化はなかった。
二百人ほどのメンバーの頂点に位置する三人の洞察力。チームワークのすばらしさに驚かされたのは、それから十数分後のことだった。
「腹式呼吸七回で、映像が現れるのよね、ちぎれ雲さんの頭の中に」
ポストイット見つめたまま、ベッキーがつぶやくと、ガウチがつづいた。
「その映像を文字にすれば、次の映像が現れる。文字化しない限り、映像は切り替わらない」
身じろぎひとつせずポストイットを睨んでいたカモシンが顔を上げたのは、その数秒後だった。
「お訊ねします」カモシンは、一枚のポストイットを選んだ。そして僕をまっすぐ見据えた。
「これから、何を思い浮かべますか?」
手渡されたのは、もちろん四番目のポストイット。バカ殿とラムちゃん。
カモシンの質問の意味はわかった。でも理解できないことがあった。いまだに自分たちの勘違いに気づいていないことだ。
これって、逆でしょ。試すのは僕です。あなたたち三人は、試される方です。
でも僕は、流れに任すことにした。逆らわないほうが、彼女ら自身が勘違いに気づく確率が高い。というより、自分で気づくように差し向けるのが、今の僕の役目。
「志村けんとアニメの女の子が見えます。志村けんの顔は、真っ白。ちょんまげも見えます。女の子は虎柄の水着。裸同然」
蛇足だとわかっていたが、付け加えた。
「どこをどう解釈しても、ちょんまげロボットなんて陳腐な映像は浮かんできません」
あとから考えると、恥ずかしさの極み。全身冷や汗もの。でも、そのときの僕は、得意満面。胸の中で大声でいっていた。
どうですか。これで気づいてもらえたでしょう。自分たちの勘違いに。
そのときの僕の鼻の穴は、見苦しいほどに膨らんでいたと思う。
残り三枚のテスト終了後に、バーシュウレインの三人は、こんな仮説を立てた。
僕の脳裏に映像を映し出すには、目を閉じた状態で腹式呼吸を七回くりかえせばよい。
いま見えている映像を文章化すれば、新しい映像が現れる。
直前の映像の消去とともに、それに関するすべての情報も消える。消えた映像を思い出すことはできない。
「でもこれは、現時点でのものです。検証をつづける必要があります」
カモシンはそんな言葉で締めくくった後、さきほどの電話が来るかもしれませんから、十五分ほどの休憩を設けますといったが、僕の携帯は、いつまでたっても、うんともすんともいわなかった。




