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「止まった心」

窓の外では子供たちの笑い声が聞こえていた。街は復興していた。壊れた建物は建て直され、人々は再び仕事へ向かい、学校には生徒が戻っている。十数年前にゼルクロノスがもたらした恐怖も、数年前に起きた戦いも、少しずつ過去のものになろうとしていた。人間は前へ進む生き物だ。どれだけ悲しいことがあっても、どれだけ多くを失っても、生きている限り歩き続ける。世界は確かにそうやって前へ進んでいた。


だがレグルスだけは違った。


病院のベッドの上で天井を見つめる。何時間そうしていたのかも分からない。食事は運ばれてくるがほとんど手を付けない。眠っているのか起きているのかも曖昧だった。医者は胃に穴が空いていると言った。強いストレスが原因らしい。看護師は心配そうな顔をしていたが、レグルスにはどうでもよかった。心配されても何も変わらない。励まされても何も変わらない。失ったものは戻らない。


ルカは死んだ。


その事実だけが心の中に残っていた。


目を閉じると昔の光景が浮かぶ。病院の待合室。小さな頃の自分たち。どちらも身体が弱くて入退院を繰り返していた。最初はただ隣に座っていただけだった。だがいつの間にか話すようになり、気付けば親友になっていた。思い返せば特別な理由なんてなかった。ただ一緒にいるのが当たり前だった。それだけだった。


レグルスはゆっくりと身体を横に向けた。窓から差し込む光が眩しい。生きている人間のための光だと思った。自分には関係ない。そんなことすら考えてしまう。世界を救う。心を繋ぐ。そんな大きなことを口にしていた頃の自分が遠い存在に思えた。結局何もできなかった。ルカも救えなかった。ゼルクロノスも救えなかった。自分はいつも遅かった。


病室の扉が開く。看護師が入ってきた。「食べてくださいよ。身体が持ちませんよ」そう言われても返事はしなかった。看護師は困ったように苦笑すると、食事を置いて部屋を出て行った。扉が閉まる音だけが残る。静かだった。あまりにも静かだった。


その頃、遥か宇宙の彼方では別の出来事が起きていた。


砕けた惑星が漂う死の宇宙。その中心に巨大な存在が立っていた。赤と金の肉体。白い骨が体外へ突き出した異形。ゼルクロノスだった。かつて世界から弾き出された存在。だが滅んではいない。むしろ以前より巨大な力を得ていた。別宇宙の星々を吸収し、自らを作り変え続けていたのだ。


ゼルクロノスは静かに地球を見つめる。感情はない。怒りも憎しみもない。ただ見ていた。そしてゆっくりと腕を伸ばす。空間が裂けた。裂け目の向こう側から黒い影が姿を現す。


それは生物だった。


だが同時に兵器でもあった。


月ほどの大きさを持つ巨大な肉塊。全身に無数の目が並び、口のような器官が脈打っている。その姿を見ただけで惑星が恐怖するかのようだった。最終宇宙制圧生物兵器。Zティターン。その幼体である。


「行け」


ゼルクロノスが呟く。


「絶望を喰らえ」


「恐怖を喰らえ」


「そして成長しろ」


Zティターンが目を開く。その瞬間、周囲の小惑星が砕け散った。空間そのものが悲鳴を上げているようだった。生まれたばかりの幼体。それでも一つの星を滅ぼすには十分すぎる力を持っている。


次の瞬間、巨大な身体が消えた。


ワープ。


目指す先は一つ。


地球。


ゼルクロノスは何も言わずそれを見送る。遠ざかる影を見ながら、ただ静かに目を閉じた。その表情はまるで何かを確かめようとしているようにも見えた。


病院のベッドで横たわるレグルスは、もちろんそんなことは知らない。世界の危機も。新たな敵も。何も知らない。ただ天井を見つめていた。


だがその夜だった。


病院の警報が鳴り響く。


突然だった。


けたたましい音が建物全体へ広がる。看護師たちの慌ただしい足音が聞こえる。レグルスはゆっくり目を動かした。廊下から誰かの声が聞こえる。


「宇宙観測局から緊急連絡!」


「月軌道付近に正体不明の超巨大生命体を確認!」


「各国へ警戒レベル最大を通達!」


声は次々と飛び交う。


だがレグルスは反応しなかった。


興味がなかった。


何が起ころうと関係ないと思った。


世界はもう自分が守るものではない。


そう思っていた。


しかし窓の外を見ると、夜空に小さな赤い光が浮かんでいた。


それは確実に大きくなっていた。


ゆっくりと。


だが確実に。


地球へ近付いていた。


そして人類はまだ知らない。


その赤い光が。


再び世界を絶望へ叩き落とす災厄そのものであることを。


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