スコッパーは今日もなろうを掘り進む
そろそろ一区切りで良いかなって思ったので今回で完結です。
このエッセイを書き始めて、もう2年が経つ。この2年間に私が読んだなろうの作品は数知れずだ。
その中には、私がレビューを書いたことがきっかけで総合ランキング入りし、ついには書籍化した作品も出てきた。詳しくは、『スコッパーと水属性の魔法使い』で書いたから、ここでは書かない。ひとつ言えることは、ただの個人に過ぎないスコッパーが動くことで、推し作品が世に出るきっかけになれることもあるということだ。
また1年前には、自分でなろうのファンサイトを立ち上げて利用者獲得のためにTwitterアカウントも開設した。Twitterには、私のようなスコッパーはほとんど居なかったけど、プロの作家さんや、プロを目指している作家さんは沢山いて、日々自分の作品を宣伝したり、他の作家さんと創作談義をしたり、なろうのPVに一喜一憂している様子を窺い知ることができた。Twitterをきっかけで知り合ったプロを目指す作家さんのうち何人かは、そのあとランキング上位に進出し書籍化した。
そうやって成功を掴む人たちの傾向としては、作品を作るということに真摯なのは当然として、他のランキング上位作品の研究やランキングの仕組みの分析もしていて、ライバルの多いなろうで、より多くの読者に読んでもらうためにはどうすれば良いかを考え続けている人が多いと感じた。
また、あえて自分は書きたいものを書く!と言って、ニッチなジャンルである、不利なスタイルであることを理解した上で誇りを持って創作に取り組んでいる人たちもいた。
ただ、そういった人たちがなろう創作界隈の「光」である一方、なろうのランキング作品やレビューの多い作品は不正だ!ズルをしていると喚く、あるいは読者の質が低下していると嘆く、後ろ向きで「闇」を感じさせる作家の人たちもいた。 最近のエッセイジャンルもまさにそういう人たちのエッセイがいくつか並んでいた。
彼らにしてみれば、自分の自信作が支持されない、あるいはランキング作品を読んでもちっとも面白くないといった理由があったから、そういった結論に至ったのだと思う。
しかし、私には彼らの主張は全く理解できない。
なぜなら、真っ当に作品を書いて成功している人たちを知っているからだ。埋もれていてもレビューや完結をきっかけにランキングに上がった作品を知っているからだ。さらに自分の好みが他人と一致しないという当たり前のことを理解しているからだ。
また振り返ってみると、私がスコップして見つけた作品の感想欄には、今はなろうを代表するような作家さんが書き込んでいたこともあって、作家である前になろうを心から楽しんでいる読者でもあるんだなと思ったことが何度かある。
案外、なろうで成功するためには、文章力や構成よりも、まずなろうの読者としてなろうを楽しみ、なろうの仕組みを知り、その上でニーズにあったものを書くことが大事なのかもしれない。
それができていないうちから、好き勝手に書いてランキングに上がるなんて甘い世界ではないということなのだろう。
例えば釣りだって、同じ釣り堀で餌を垂らしているはずなのに、釣果が全然違ったりする。運が良いだけのケースもあるが、上手い人たちというのは再現性があって、毎回毎回よく釣れている。どこにどんなタイミングで釣り糸を垂らせば良いかを知っているからだ。餌や竿といった条件を合わせても差がつく。
とは言え、私はエッセイは書くけど、本質的には書き手ではなく読み手である。正直、どの作家の人がなろうをうまく活用しているかなんてどうでも良い。
自分の好きな作品に定期的に出会うことができ、その作品が他の人からちゃんと認めてもらえて、連載を続ける意欲を保つことができているなら、それで満足だ。中にはスコッパーを辞めて自分で作品を書き始める人もいるらしいが、幸い私は読む作品に困っていない。ひとたびスコップを振るえば自分好みの作品にいつでも出会える。なぜなら、出会うまで掘り続けるからだ。
そんなわけで。
スコッパーは今日もなろうを掘り進む。未だ日の目を見ない名作を求めて。
2年前に書き始めてから、本当に色々ありました。スコッパーやってて良かった。今回で連載は終わりますが、不定期で短編はちょくちょく書くと思います。




