第1話 影道くんのテンプレな一日
「影道く~ん。何やってんの?」
目の前に植えられているマリーゴールドがグリグリと踏みつけられる。可哀想なことすんなよ。花だって生きてるんだぜ。顔を上げた瞬間、後ろから蹴り飛ばされて頭から花壇に突っ込んだ。痛え! でも、何も言い返さないことに決めてる。
「あれ、何か臭くない? お花が一杯なのにさあ」
「だな。もしかして影道くん、お風呂入ってない?」
まあ、あんまり風呂には入ってない。絞ったタオルで身体を拭くだけのことが多いからな。服もぼろいし、そんなに匂いがしてんのか?
「髪の毛長すぎ! これ校則違反じゃね?」
倒れた俺の髪の毛を掴んで、地面に押しつけてきやがった。何だよ、こいつら。痛! 腹や背中を蹴るんじゃねえ!
「こら! あんたたち何してんのよ!!」
見えないけど、もう一人の美化委員が走ってくるのが分かった。花壇当番の花山さんだ。
「花山! うぜえな。何もしてねえよ」
「嘘! あんたたち、影道くんを蹴ってたじゃん。最低!」
そう言いながら、俺の脇にしゃがんで制服についた土を手で払ってくれてる。女神かよ……。花山さん、髪の毛はピンクなんだけどね。
「何だよ。花山! お前、影道が好きなんか?」
「いじめなんてダサいことすんなって言ってんの!」
この高校はいわゆる底辺高校だ。道理が通用する世界じゃない。横目でバカどもの様子をうかがっていると、こいつら……。
「花山。お前、胸でかくなってねえか」
今度は花山さんにちょっかいを出し始めた。本当に日本の高校性かよ! じりじりと後ずさる花山さんを見て、とりあえず3人に突撃した。
「何だあ。影山、やる気満々だな!」
「やっちまえ」
その間に花山さんは逃げていった。口の中が鉄臭い匂いでいっぱいになったけど、俺は少しだけほっとしたんだ。こんな俺でも、誰かを助けることができたからな。こいつら高2になって、こんなことしかできねえのかよ。
結局、3人が飽きるまでボコられた。誰も助けにやってこなかった。そりゃ、そうだよな。
警察、仕事しろよ……。
§
足を引きずりながら、俺は自分のおんぼろアパートへと急ぐ。バイトの時間が迫ってるんだ。あいつら顔は殴らなかったから、そこだけは助かったよ。暴行の証拠がないって言い張るつもりだろうな。
ドアを開けて何もない6畳一間の部屋に入る。トイレ共同&風呂なしで、一月1万5千円と格安だ。ユニットバスすらなくて昭和かよって突っ込みたいけど、眠れるだけでありがたいよ。
部屋に置いてるものは、小型の冷蔵庫とちゃぶ台くらいだ。部屋の真ん中には、教科書、ノート、布団、服が散らばってる。両親はとっくに離婚してて、親父は2ヶ月前から帰ってこない。今は9月だ。夏はとっくに終わってるぜ……。
通学鞄を布団に放り投げ、水道の蛇口をひねる。水を口に含んで吐き出すと、どす黒い血が混じってる。口に染みるぜ。次に冷たい水にタオルを浸し、石鹸をこすりつける。風呂場なんてないから、部屋に厚手のビニールを敷いてる。バイト先は清潔でないとクビになるから、冷たさをこらえて全身を拭く。身体を見ると、所々に青あざがある。
毎日筋トレを欠かさない俺は、鍛え上げられた筋肉が自慢だ。え? あいつらにやり返すためだって? 違うよ。バイトのためなんだ。コミュ障の俺が稼ぐためにはガテン系しかない。重いものを運べないと、すぐクビになるからな。
吊してある比較的新しいパーカーに袖を通す。うちの高校のジャージは市販のジャージに見えるから、とても便利だ。脱ぎ捨てたジャージのズボンに再び足を通す。
今日は午後6時からの遅番。部屋の鍵を閉めてバイト先に向かう。トラックから荷物を下ろして倉庫に運ぶ仕事で、俺がこの仕事を選んだのは誰とも話をしなくてすむからだ。
生い立ちのせいか俺はかなりのコミュ障だ。挨拶だって気軽にできないから、受け答えがぶっきらぼうだとバイトをクビになったこともある。この仕事なら、ほとんど話さなくていい上に筋トレにもなる。一石二鳥って奴だ。
「バイト! 早くしろ!!」
正社員から怒鳴られることにも慣れた。すげえ嫌だけど、殴られないだけマシだ。しかも、このバイトは夕食の弁当が出る。これも楽しみの一つだ。
「ほらよ!」
午後10時になって、弁当の入ったレジ袋とバイト代を手渡される。4時間働いて1000円札が5枚だ。これで1週間は食べられる。
アパートに戻り、弁当を食べるとだいたい午後11時を過ぎている。1時間ほど宿題をやり、明日の準備を済ませると日付が変わっている。今日は9月3日(水)か。
歯を磨いて布団に入り目をつぶると、いつもならすぐに眠ってしまう。生活とバイトの疲れで、眠れないことはない。でも今日はじっと部屋の丸い蛍光灯を眺めながら、物思いにふけっていた。
いじめは高校に入ってから1年半続いてる。
寝返りをうって視線を横に移すと、この前買った古本のラノベが目に入る。異世界に転生してハーレムを作って無双する話だ。俺は別にハーレムなんていらないけど、一人でもいいから気軽に話せる女友だちがほしい。現実には無理だから、ラノベを読みながら妄想をするのが癖になった。妄想だったら可愛い女の子ともすらすら話せるんだ。
休みの日には、無料のwi-fi回線を使っての映画鑑賞がささやかな楽しみだ。youtubeで配信されてる、悪人をイカサマやはったりでやり込める洋画が大好きだ。スティング(有名な映画)のセリフは空で言えるくらい何度も見たよ。
俺の幸せなんて、こんな、ちっぽけなもんなんだけどなあ。
そう思いながら、蛍光灯から長く伸びたひもに手を伸ばす。ボロボロのアパートの照明は、昭和さながらのヒモで電気を消すタイプだ。立ち上がってスイッチを消すのも面倒だから、長いひもをつけてる。
ひもを引っ張ると真っ暗闇につつまれた。
明日は少しでもいいことがありますようにと願いながら目をつぶる。
でも、翌日はいい事どころか最悪な展開が待ち受けていたんだ。




