表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
24/44

【対セラフィス・迎撃会議】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 ニグラインが着任してから、会議の始まりはいつも和やかであった。シンプルで装飾品などない最高会議室が、ニグラインの笑顔によって、落ち着きがありながらも華やかな雰囲気まで感じられる空間となっていたのだ。総隊長の凰も8大将官である部隊長(DL)たちも、用意されたドリンクを飲み、重要な話をしていても、笑いすら交えながらの会議だった。そして、ニグラインは完璧な戦略を立て、それを隊員たちは見事に完遂してみせる──今回も、そうであればどれだけよいか。

 しかし、今、ニグラインはデスクに両肘を突き、顔の前で指を組んで悩んでいる。デスクに囲まれた中央の3Dモニターが映し出す太陽系は火星を中心にクローズアップされているが、戦略に関係する表示はひとつもなく、プラネタリウムのように星が煌めいているだけであった。会議室の空気は重く、誰も言葉を発せない。皆わかっているのだ。どれだけの良策があったとしても、罪のない、モグリにされた味方を撃たねばならない事を。撃たなければ、更に多くの味方を失う事も。(さき)の戦争の比ではない犠牲が出る事を。


「ベリル中将、テラローザ少将、今現在の火星の状況報告を」


 沈黙を破ったのは、肩に司令官室長(チーフ・オフィサー)であるオウムフィッシュのクラックを乗せた凰の事務的な言葉だった。会議開始を凰に目配せしたニグラインには微笑みすらなく、凰の声色もいつもより低く重い。ベリルとリーシアは顔を見合わせるとお互いに頷いて二人とも起立し、ベリルが発言を始めた。

「諜報治安部隊及び後方支援部隊が拘束した統括軍火星本部の隊員は、8054名。尉官以上の者はおりません。その者たちと親しい隊員及び家族、恋人、近しい友人は任意拘留中です」

「報告ご苦労。民間の方々は当然だが、拘留中の隊員にも丁重に接するように」

「は!」

 ベリルの発言に、ニグラインに代わって凰が対応すると、ベリルとリーシアは敬礼を伴って応えた。二人が着席すると、再び会議室に静寂が訪れる。


「レイテッド司令──」


 なおも沈黙しているニグラインに、凰が耳元で声をかけると、ようやくニグラインは顔を上げて僅かに笑んだ。

「ごめんなさい。報告ありがとう。統括軍は、エウロパから火星に移住して来た民間人の対応で大変なことになっているし、せめて火星本部内だけでも少しは楽にしてあげないといけないからね」

 辛うじて微笑して言うニグラインに、成果としてはやはり小さいのだと、ベリルとリーシアは感じた。拘束した隊員に尉官以上の者がいないというのは、艦隊戦における懸念を減らす事は出来なかったという事だ。もちろん、艦長(クラス)の隊員が全員クラスト派でもモグリでもなければいいのだが──。

「ああ、そんな顔しないで? キミたちは充分に責務を果たしているよ。モグリはわからなくても仕方ないし、艦長クラスの人間は、皆、目的のためには慎重だ」

 良くも悪くも──とは、付け足さず、ニグラインは諜報部と後方部の功績を労う。


「次、クラーレット准将。予知能力部隊からの新たな報告は?」


 凰は次に螢を指名した。特殊能力を持つ者の中で、予知能力者だけはIT支援部隊の隊員である。敵の動向を察知し、艦隊のバックアップをするためだ。

「はい。五日以内に、火星で民間人の過激派と穏健派のクラスト信仰者同士の衝突があるようです。規模はさほど大きくなく、統括軍だけでも充分対応できると思われます。それよりも問題なのが、火星統括軍の艦艇が数隻、出航しないとのことです。未だ順番に出航している状況のため、どの艦かまではまだわかりません。──あと、敵側にも特殊能力者がいるようで、予知の妨害をされています。ですので、これ以上に詳しくは……」

 螢の報告に、全員が大きくどよめいた。宙空用艦艇が地上で反乱を起こしたらどうなるか、考えるだけでも脅威を感じる。詳細な予知を得られない事も問題だ。ニグラインは背もたれに頭を預けるように上を向いて息を吐くと、体勢を整え直して口を開いた。

「そう。民間人の暴動については、あとで長官たちと話します。艦艇に関しては、本日18時までに出航を完了するように伝達をするから、出航しない艦は同時刻をもってエネルギー電導を凍結。それから陸戦部に踏み込んで貰います。ドリテック少将、火星軍港に歩兵15中隊、それと艦艇の入口破壊及び、逃げ出て来た兵の捕縛用にキーロンを各中隊に12機ずつ。即時行動可能ですか?」

 将官たちの心配を余所に、ニグラインは淡々と答える。〝モグリ〟という存在が現れてから、いつこういう事態が起きてもおかしくない──と、想定していたのだろう。

「はい、いつでも出動できますが……ひとつ、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「武器の使用をお許し願いたい」

 ドリテックは、司令官であるニグラインの「人を死なせたくない」という意思に逆らってでも譲れない条件を進言した。何しろ、モグリであろうが自らツカイになっていようが、ツカイになっている者は戦闘員でなくても手強い。ツカイは身体能力も向上している上に、腕を折っても、足を折っても立ち上がって来る。しかも、武器の使用を禁じたと言っても、覚醒したモグリや自分の意志で反逆をする者がそれを守るわけがない。装甲服の空間シールドもなく、ましてや、武装した艦艇内の護衛兵と素手で戦うのは厳しく、「無血攻略は無理だ」という意味を込めて言う。

「……そうだね。護衛兵もいるし、仕方ないよね。でも」

 ニグラインはそこで言葉を切ると、凰から小型のペンライトの様な物を受け取って立ち上がった。


「実は、いつかこうなる日も来ると思って、こんな物を造っていました!」


 深刻な状況による重苦しい空気を破り、ニグラインはいつもよりは抑え気味であるが、明るい声を発する。その声に、誰しもが有効な武器であるのかと興味を示した。しかし、見た目はただのペンライトである。攻撃用の武器ではないのは明らかであった。そんな8大将官の面持ちを見て、ニグラインは優しい笑みで場を制する。

「説明するより、試した方が早いね。ん~と……」

 ニグラインはDLたちを一通り見やり、普段通り一歩下がって聞いているかのような、第二宙空艇部隊・クサントゥス隊長のアウィンに視線を定めた。

「アウィンくん、凰くんを殴ってくれるかな?」

「はい。……え?」

 司令官に指示されて即座に返答したものの、アウィンは内容の無情さに驚く。まさかニグラインがこのような指令を出すなどとは、誰も想像だにしなかった。そして、その言葉を聞いた凰はすでに好戦的な視線をアウィンに向けており、それを受けたアウィンは音が出るほど息を飲んだ。

「ちょっ、ちょっと待ってください! 総隊長を殴るなんて──」

 そんな理不尽な指令には従えないとアウィンは全力で拒む。想像しただけでも汗が滲みそうになり、流石に外しはしないが詰め襟に指をかける。

「大丈夫! 凰くんならガードできるから、心配しないで?」

 確かに、凰なら白兵戦慣れしてないアウィンの拳くらい、軽く受け流すであろう。だから大丈夫だと、ニグラインはにこやかに遂行を促すのだが、アウィンはまるでマイフィットチェアに縛られているかのように行動に移れないでいた。いくら司令官の指示だからとは言え、もともと温厚で喧嘩すらろくにした事のないアウィンが総隊長を殴るなど、到底出来ない事である。

「司令、私がやりましょうか?」

 同じ宙空艇部隊の隊長として、行動に移れないアウィンを情けなく思ったのか、手を挙げて代行を申し出たのは第一宙空艇部隊・バリュウス隊長のランであった。ランにしても、凰を殴りたいわけではない。ただ、その行動によってニグラインが伝えようとしている事が明確になるならばと、名乗りを上げたのだ。

「え~……でも、ランちゃん女の子だからなぁ」

 乱暴なことさせたくない──と、ニグラインはぼやく。

 ランは宙空戦が専門とはいえ、陸上戦闘部隊隊長のドリテックが認めるほど白兵戦にも長けている。そんなランに〝女の子だから〟などと言うのは、ニグラインくらいではないだろうか。

「……はは! 〝女の子〟だって」

 それを証明するように、ユーレックがつい口を滑らせる。確かに、ランは宙空戦や白兵戦の腕だけではなく、女性にしては背も高く凜々しい顔立ちをしており、赤みがかった髪を、それに似合う女性にしては短すぎる髪型にしている。同性からの憧れの的でもあり、〝女の子〟とは、縁遠い存在であるが──。流石に声に出してそれを言われると、ランとしても気持ちのいいものではない。

「ユーレックの、そういうトコ嫌い」

「わ……悪ぃ……」

 ランの代わりに螢がユーレックを咎め、その言葉はユーレックの胸に深く突き刺さる。ユーレックは苦悶の表情を浮かべ、胸を押さえて苦しんだ。ユーレックには、愛しの螢からの言葉が何よりも効く。ユーレックが痛烈な打撃を受けているのを見たランは、眉をひそめるだけでユーレックの失言を仕方なく許した。

「じゃあ、ランちゃん。凰くんを殴って」

「了解しました」

 ユーレックが難を逃れたのを合図に、ニグラインはランに凰を殴れとの指示を与える。ランは悔しくも思うが、凰なら自分の拳くらい軽く受け止めるだろう。それでも、ニグラインの指示を実行するために全力で手を握りしめた。凰は構えようともせず、向かって来るランを見つめている。

 まさにランが凰に殴りかかろうとしたその時、ニグラインがペンライトのようなものから発した閃光がランの視界に入り、凰に向かっての攻撃を止めた。


「了解しました」


 新たな指令も受けていないのに、急に動きを止めて再び「了解」を口にランに、皆、何を言っているのだ……と、一瞬思ったが、それがニグラインの発した光のせいだと理解し、行く末を見守る姿勢を取る。

「うん。でも標的をユーレックくんに変えてくれるかな?」

「はい!」

 ランは直ぐさまデスクを飛び越えてユーレックの前に立つと、力いっぱい腕を振り上げた。そのランに気づきながらも、心に傷を負ってうな垂れていたユーレックは、身構えたものの避けられずに右頬にストレートで拳を受けて椅子ごとひっくり返り、絵に描いたように見事に床に転がったのである。

「だ、大丈夫?!」

 螢はひっくり返ったマイフィットチェア(・・・・・・・・・)を、壊れていないかと心配して撫でるように起こしてあげた。ユーレックの事は……自業自得であるので、まるで気にしていないようだ。

「これで、よろしいでしょうか?」

 ランも普段の鬱憤が晴れたかのような爽やかな笑みを浮かべ、姿勢を正してニグラインに成果を問う。

「上々だよ。さて……質問は?」

 満足そうに微笑み、ニグラインはDLたちに質疑を求める。ランはニグラインの言葉に首をひねり、訳を知っていそうな凰に目を向けたが、凰は僅かに口の端を上げるだけであった。


「記憶、制御……?」


 皆が口を結んで悩んでいる中、艶やかな唇に右手の人差し指の甲を当てて思案していたリーシアが、事の経緯をまとめて答えを出す。

「リーシアちゃん、正解!」

 分析力のいいリーシアに、ニグラインは満面の笑顔を向けた。

「今のは時間も10秒ほどしか戻ってないし、ランちゃんは違和感ないよね?」

 ニグラインに問われたランは、〝10秒〟について記憶を辿ったが、記憶が途絶えたり漠然とした感覚もなく、リーシアの言った「記憶制御」という言葉についても、何も感じない。

「はい。ですが、10秒とはいえ、私だけが知らない時間があるのは気になります」

 ひとりでいる時であれば、何事もなく過ぎたのであろうが、今ここにいる者は皆その時間にランの身に起きた事象を知っている。たいした事ではなくとも、気にならないわけはなかった。

「そうだね。じゃあ、時間を返すよ。──クラック」

 ニグラインは、凰の肩でおとなしくしていたクラックを指笛で呼び、〝ランの10秒〟を返すよう頼んだ。クラックが緋色の羽根を広げ、ランの前でホバリングすると、赤虎目石のような瞳が揺らめき、ランは脳裏に眠る10秒を思い出す。

「──ユーレック!」

 思い出したものは、当然ユーレックの失言である。ランは怒気を顕にユーレックに向き直ると、未だ床で頬をさするユーレックを睨み付けた。それでも同時に思い出した螢の言葉(一撃)がランの気を落ち着かせ、ユーレックは2発目の攻撃を受けずに済んだ。ランに睨まれて逃げようとしたユーレックだが、制裁がされないとわかると、だらしなく顔を緩めて息を吐き出す。そして、その様を螢に見られて侮蔑の視線を浴びる羽目になり、傷む心に追撃を受けたのであった──。

「ユーレックくんが指示がなくても殴られるようなこと言ったから、凰くんから変更したんだよ? 本当は、寸止めする指示も入れようと思ったんだけど、忘れちゃった」

 本当に忘れたのかどうかはわからないが、ニグラインはユーレックの赤みの引かない頬を見ていたずらっぽい笑みを漏す。

 ニグラインの笑顔を余所に、凰以外の者はペンライトのような物だけではなく、クラックの能力にも関心を抱いた。このオウムフィッシュがランに何かをしたのだろうが、理解が追い付かない。

「ああ、クラックにはヒトの脳に干渉する能力があるんだ。直接、相手の脳に意思を伝えたり、今みたいに失われた記憶を呼び覚ましたり出来る」

 それに気付いたニグラインは、クラックの能力について解説をする。これによって、クラックがお飾りの司令官室長(CO)ではないと、8大将官の面々は今更ながら知る事になった。

「COクラック! スゴいじゃないですか!!」

 ユーレックは頬の痛みも忘れ、目を輝かせて自分のように特殊能力を持つクラックを褒め称える。

「ありがとう、ユーレックくん。クラック、褒められたよ!」

「ホメラレタよ・ぅ? ホメラレタよ・ぅ?」

 ニグラインの腕に停まったクラックは、語尾を繰り返して首を傾げた。

「褒められた! よかったね」

「ヨカッタね・ぇ? ヨカッタね・ぇ!」

 太陽系最強の特殊能力者にクラックを褒められ、ニグラインは自分の事のように喜んだ。クラックも嬉しいのか、言葉を繰り返しながらピチピチと飛び立ち、ユーレックの頭上を旋回している。


「それで、これを使っての戦略を聞かせていただけますかな?」

 クラックの能力には多少驚かされたとは言え、若い者たちの些かくだらないやり取りに業を煮やした年長者のベリルが、ニグラインに真意を尋ねた。子どもっぽい悪ふざけをするニグラインの本当の年齢を知ったら、ベリルはさぞ驚くであろうが、彼がそれを知る事はない。

 ニグラインは「記憶が10秒戻った」と言った。しかし、それだけでは何にもならないのだ。戦闘においてどのように活用するのかと、説明を求める。

「このペンは個人用。実際に使って貰うのは、こっちのグレネード型のもの」

 そう言うと、凰が今度は白いグレネード型をしている物を取り出し、ニグラインに手渡した。実際のグレネード弾よりは一回り小さいだろうか。全員がそれに注目をしていると、ニグラインは意気揚々と説明を始めた。

「〝記憶制御閃メモリーコントロールフラッシュ〟……MCFとでも言えばいいかな? 使い方はグレネードと同じで、ピンを抜いて投げればいい。さっきのランちゃんの記憶が10秒戻ったのは、最後に受けた指令(・・・・・・・・)が10秒前だったから。記憶を戻す装置じゃなくて、この光を見た者に与えられている、本意ではない(・・・・・・)命令の上書き(・・・・・・)をする。だから、このMCFが有効なのは相手がツカイとして覚醒しているモグリや、脅されて従っている者にだけ。同じ命令を受けていたとしても、自分の意思で行動している者には効かないから、敵の選別が出来る。例え目を瞑っていても瞼越しにでも光が入れば効くので、ほぼ取りこぼしもないよ」

 ニグラインはMCF弾を手元で回しながら、簡易的に話した。ツカイとして覚醒するまでは誰がモグリであるかもわからないため、戦闘開始前に特定するのは殆ど不可能であるのだが、開始直後に一瞬の光でツカイになっている者を割り出せるツールを造り出したニグラインに、DL一同は嘆賞の溜め息を吐いた。

「なるほど! それならば真の敵のみを討伐出来ますな!」

 ドリテックが豪快に笑うと、他の者も頬を緩めた。これで罪なき者を傷付けるのは最低限で済むと。

「それで、どんな命令を上書きするんです?」

 ユーレックがまだ痛みの残る頬を気にしながらマイフィットチェアに座り直して、一番肝心な疑問を口にする。

「そうだなぁ……凰くん、何かいいのある?」

 ニグラインは凰に一任するように顔を向けると、凰はすでに思い付いているといった風に頷いた。

「『床におすわり』で、いいのでは?」

「床におすわり! ですか。それはいい!」

 凰の提案に、ドリテックは更に豪快に笑って賛同した。言い方はふざけているようにも聞こえるが、これほど理に適っている命令もないだろう。言葉は短く、かつ『おすわり』していてくれれば捕縛もしやすい。『床に』と付けるのは、椅子に座っている者との区別を付けるためだ。


「それと、武器だけど」


 ニグラインがふ……と笑顔を封じ、最初のドリテックの進言に答えようとすると、和やかになりかけた空気が改めて緊迫感をもたらす。


「使用は許可します。……出来れば武器を持たない相手は、なるべく傷付けないで欲しい。でも、自分と味方の命を優先で」

 ゆるくウェーブのかかった白金(プラチナ)の髪を垂らし、俯いて言うニグラインの藍碧(あお)い瞳は揺れていた。艦内にいるという事は、元は共に戦った同胞なのだ。セラフィスが現れなければ、この先も太陽系を守る仲間であっただろう。仕える者を選ぶのは自由だ。だが、罪無き人にまで被害が及ぶ戦争を起こすなど、許される事ではない。それでも……例え罪があっても、ニグラインが心から愛する太陽系で育まれた命。敵になったからとて、その命を奪えと言わなくてはならないのは、ニグラインに取ってどれだけ苦しい事なのか。

「──司令」

 ニグラインの苦しみを感じ取った凰が、彼の小さな肩に手を置く。それに合わせて、飛び回っていたクラックがピチピチと戻って来て反対側の肩に停まり、やわらかい金色の冠羽根をニグラインの頬に擦り寄せた。

「……ありがとう、大丈夫」

 こうして心配してくれる者がいるのだ。ニグラインも覚悟を決めなければならないと、クラックの冠羽根を撫でながら気を取り直す。

「陸戦部の残りの部隊は、おそらく後続の避難船に武装勢力が潜んでいると思うので、そちらの対応を。一応MCFは使用してもらいますが、第一級の装備・編隊で当たってください」

「は!」

 ドリテックはニグラインの指示に全くの異議なしと、敬礼で応えた。

「スマルト。キーロンの調整は出来ているか?」

 そして、ドリテックは戦闘の要となる重装甲機キーロンの状態を、メカニカル・サポート部隊のDLであり飲み仲間でもあるオーランド・スマルト准将に尋ねる。

「当然だ。隅から隅まで完璧に調整してあるさ」

 スマルトはマイフィットチェアを揺らし、自信満々に答えた。自信があるのには、もうひとつ理由がある。ニグラインは、工兵に対してもクラスト信仰者がいないかと、戦闘兵以上に入念なチェックを行わせていた。MCFの試作品のモニターも、彼らで行ったのだ。キーロンだけでなく、艦艇に至るまで、工兵の手が入らないところはない。万が一、故意に整備不良を起こされてしまっては、乗組員の腕でどうにかなるものではないのだ。残念な事に、事故を起こそうとしていたクラスト過激派と、モグリだった者がMCFによって数十人暴き出され、拘留しなくてはならなかったが。

 実は先ほど行われたMCFの実演も、スマルトだけは改めて感心をする──という目で見ていたのだった。


「最後に、カルセドニー中将。セラフィスとの艦隊戦において、戦艦レベルであれば何隻くらい制圧可能か?」


 凰に問われたユーレックは、頬をさするのをやめ、立ち上がって暫し考えた。

 セラフィスの艦隊となれば、おそらくモグリなどおらず、艦隊員全員と戦う可能性がある。敵艦を沈めずに制圧しろと言われているのだから、また条件が厳しい。敵艦艇にサイキッカーをテレポートさせ、危険とあらば即時撤退をしなければならないのである。この危険とあらば(・・・・・・)を極力なくしての数字を求められているのだ。

「──オレ抜きで、余裕のある数字が欲しいんスよね? ……うちの戦艦と同レベルと考えると、敵の乗務員が全員武装している兵で350人程度だとして、まぁ一箇所にまとまっているわけじゃないから……1隻に付きサイキッカー70人。テレポーター35人──で、25チームってとこです。各チーム3回くらいなら動けます」

 ニグラインが求めているのは、被害の出ない完全制圧が出来る数字。多少の犠牲を覚悟するなら、倍以上のチームは出せる。しかし、ニグラインはそれを許さないだろう。各自の能力の差もあり、これが今の特殊能力部隊の最大勢力だ。特に、テレポーターの能力が問われる。敵艦艇の近くまで装甲揚陸艦で連れて行ってもらうと言っても、宇宙空間だ。大気圏内でのテレポートより遥かに能力を使う。それが出来るテレポーターの数は限られている。

「戦艦75隻……かなりいい数字だね。ちなみに、ユーレックくんならどう?」

 近衛艦隊は出撃時に半数は地球に残すため、前線に赴くのは戦艦60隻、宙空母40隻、巡洋艦150隻、駆逐艦250隻程度。この太陽系内で近衛艦隊以上の艦隊が編成出来るとも思えない。巡洋艦や駆逐艦に対するならば、もっと多くの艦を制圧できるであろう。ユーレックの出した数字を満足げに受け取ったニグラインが、ユーレック一人ならばどうかと冗談まがいの質問をする。

「オレだけでですか? そうですねぇ、駆逐艦3隻くらいで疲れそうです」

 揚陸艦で敵艦艇の近くまで運んで貰う隊員たちと違い、ユーレック一人で──という事は、敵の艦艇から艦艇までテレポートしなくてはならない。その距離は人類が移動するには遠く、それだけで平均的なテレポーターであれば力を使い果たしてしまうだろう。しかも、その後に全乗員を捕縛するのだ。駆逐艦でも、乗員は150名にのぼる。1隻だけでも、並大抵の事ではない。

「お弁当があれば、もっといけそうだね」

「作っていただけるんですか!? なら頑張ります!!」

 何と壮大な冗談を交わしているのかと他の将官らは思ったが、ユーレックの能力を持ってすれば、事実であるのだろうな……と納得も出来た。彼の能力の異常な高さは、生後まもなくL /s機関に保護されていたくらい、近代でも抜きん出ているのだ。

「聞いておいて申し訳ないけど、艦艇の制圧はやってもらえないんだ」

 だが、ニグラインが残念そうに不実行を告げる。

「火星の第2衛星ダイモスにも月と同じく防衛衛星の機能があるのは知っているよね? もちろん、木星にもある。最悪、敵が木星の防衛衛星の機能を起動する事に成功していたとしたら、ダイモスで対抗しなければならない。今の軌道だとガニメデかな? 惑星間にある小惑星帯(メインベルト)が艦隊戦をするには微妙に厄介だし。必要であればダイモスの主砲で排除しないと。──ただ」

 ニグラインは言いにくそうに、でもそれに反して早く言いたそうな表情で言葉を切った。そしてユーレックの元にゆっくりと歩いて行き、彼の薄い青の瞳を見つめると、見た目の年齢相応の無邪気な笑顔を見せる。ユーレックが「これはヤバい」と思うのと同時にかけられた言葉は、ユーレックの予想を裏切らなかった。

「火星の軌道上からだと、木星圏までちょっと遠いんだよね」

「……それって……」

「うん。火星から借りないと(・・・・・)

 やっぱりそうか──とユーレックが大きく肩を落とすと、身長的に届くようになったその肩をニグラインは軽く叩きながら明るく述べる。

「2回目だから余裕でしょ! 大丈夫! ユーレックくん優秀だから!!」

「よかったな、ユーレック。レイテッド司令から最上級のお褒めの言葉だ」

 ユーレックを称賛するニグラインに便乗して、凰も言葉を崩して笑顔で続く。もはや、ユーレックに選択の余地はない。自分がやらねばならないのは、前回でわかっている。引力を切り離す装置も、MCFを優先させて造ったため、開発に至っていないのだろう。

「あーーーっ! もう、わかりました!! またご馳走頼みますよ!?」

「了解! お願いね」

 ユーレックの覚悟は決まり、ニグラインは報酬を快く了承した。

「安心しろ。俺がまた見張っていてやる」

「当たり前だ!!」

 凰が笑いを堪えながら言うと、ユーレックは声を大にして叫んだ。


 これをもって、課題が山積みだったセラフィス迎撃の会議は滞りなく終了し、それぞれ自分に課された任務に向かうのであった──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の主役はユーレックでしたね! 殴られ役から大役を期待されて。物語の中でも、物語をつづる作者としても有能なキャラですね。 [気になる点] ペンライト、記憶制御…メンインブラックみたいはヤ…
[一言] どうもツイッターより拝見しに来ました。 最新話まで一気読みさせていただきましたが、やはりSFものは壮大でいいですね。 広大な宇宙を舞台に人間の営みを感じさせる、練られた設定と状況描写が良…
[良い点] セラフィスへの対抗手段まで用意周到に準備する近衛艦隊。記憶制御にどうやらダイモス衛星をも月と同じように引っ張り出す作戦とは! ここまでやればセラフィスも脅威とは言い難いのではないかと思って…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ