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碧藍のプロミネンス  作者: 切由 まう
23/45

【宣戦布告】

<登場人物等>


〇ニグライン・レイテッド……太陽系近衛艦隊および太陽系近郊宙域統括軍総司令官

〇ファル・ラリマール・(オオトリ)……太陽系近衛艦隊総隊長


[近衛艦隊8大将官]

〇ユーレック・カルセドニー中将……特殊能力部隊隊長

〇クルス・ベリル中将……諜報治安部隊隊長

〇デン・ドリテック少将……陸上戦闘部隊隊長

〇リーシア・テラローザ少将……後方支援部隊隊長

〇ラン・マーシュローズ准将……第一宙空艇部隊『バリュウス』隊長

〇アウィン・バーント准将……第二宙空艇部隊『クサントゥス』隊長

(ホタル)・クラーレット准将……IT支援部隊隊長

〇オーランド・スマルト准将……メカニカル・サポート部隊隊長


〇クラック(オウムフィッシュ)……近衛艦隊司令官室長(チーフ・オフィサー)

〇ジュレイス・リトゥプス……太陽系近郊宙域統括軍長官

〇ランディ・リューデス少佐……陸上戦闘部隊・第一中隊隊長

〇ロカ・リトゥプス中尉……凰の新しい副官。ジュレイス・リトゥプスの孫

〇セネシオ大将……太陽系近郊宙域統括軍副長官


(コウ)・グリーゼ……凰の元副官

〇アサギ……元第一宙空艇部隊のパイロット


〇ネリネ・エルーシャ・クラスト……元カフェ・セラフィーナのウェイトレス。Dr.クラストの末裔


〇ツカイ……薬や洗脳によって思考を支配された者

〇モグリ……本人が知らぬ内にツカイにされた者

〇オーナー……ツカイを使役する者


〇アキレウス……宙空艇部隊の戦闘艇

〇キーロン……陸上戦闘部隊の重装甲機

〇ファルコンズ・アイ……凰専用の戦闘艇


※DL:ディビジョン・リーダー

         ◇


 太陽系内の居住区となっている惑星・衛星は、地球に似た環境に調整されている。環境汚染のなくなった地球は美しい四季を取り戻しており、自然災害も起きないようにコントロールされているため、生きて行くには、最も理想的な惑星なのだ。

 エウロパの居住区の四季は、統括軍本部がある区域に合わせられていた。エウロパの住民たちは、時折冬の気配を感じる風が吹くが、心地よい──そんな晩秋の日々を、各々平穏に過ごしている。そんな日常の朝を、家庭や街、至る所にあるモニターから流れる映像が乱した。


「──我が名は、ネリネ・エルーシャ・クラスト。Dr.クラストの末裔である。これより、不当に太陽系を支配しているL /s機関に対し、ETSを正当な持ち主である(われ)に返還させるため、武力によってそれを行使する。危険地帯になるであろうエウロパの全住民に、火星への避難を求む」


 突然の放映に、エウロパの住民は声を失った。本当の事かどうか判断のしようもなく、ただ、今や他の恒星系でしか見られない、〝お姫様〟のような豪奢なドレスを着た、可憐な容姿に不釣り合いな言葉を並べる少女に見入る事しか出来ないでいる。ネリネの口調は、自分を〝王〟として認めさせようとしているものであり、現代の太陽系の民には馴染みのないものであった。


「家財道具の全てを持ち出せるよう、各家庭ごとに圧縮キットを配布する。避難船はβ(ベータ)エリアに用意した。本日午後より、避難用車両も巡回させる。期限は10日。従わぬ者も強制的に連行する」


 βエリアとは、現居住区の隣のエリアで、かつてはそこは大きな軍港として使われていた区域である。そこに避難船を用意すると、ネリネは続けた。


「何言ってんだ……? 家財道具全部だと?」


 エウロパの住民は、それでは避難ではなく、移住(・・)ではないかと口々に吐き出す。しかも、武力によってETSを取り戻すと言っているではないか。L /s機関が長きに渡って、平和のために迎撃以外の戦闘をして来なかったというのに。いくらETSを考案したDr.クラストの子孫だからと言って、千年以上も太陽系を守って来たL /s機関が、そんな脅迫に屈するはずもなく、戦争は避けられない状況になった。


「ただし、我が方に協力をする者は名乗り出よ。(われ)が王となった暁には、それ相応の土地と権力を与える」


 その言葉は、王政が当たり前である星系ならば甘い誘惑になるだろうが、今の太陽系では理解しがたい話であった。それよりも、武力行使をしようとしているような者に太陽系を任せたらどうなってしまうのか──と、多くの住民が困惑している。そこへ、ネリネのお言葉(・・・)を聞いて歓喜に叫び出す者たちが現れた。


「クラスト様だ! クラスト様がお出でになった! さぁ、皆の衆。クラスト様に従うのだ!」


 多数のクラスト信仰者である。今までは、ただDr.クラストを神のように崇めていただけであったが、現実に〝クラスト〟が姿を見せた事によって、狂信者へと変貌した。先程まで大人しい隣人だった者が狂ったかのように叫ぶ。「ETSを返せ!」と、L /s機関を罵倒する。ほんの数分前まで、L /s機関が作り上げて来た平和に、身を委ねていたというのに。

 穏健派のクラスト信仰者は戸惑っていた。Dr.クラストは平和を望んでETSを考案したはずだ。その想いを受け継ぎ、L /s機関は平和の維持に努めてきた。武力行使をすると脅すクラストを名乗る勢力と、どちらに付けばいいのかと。そして、狂信者と化した同胞を目の当たりにして、恐怖を覚える。クラストへの信仰が薄れるほどに。


         ◇


「ビローサ。平民の反応はどうなっているかしら?」

 宣戦布告が済んだ後、ネリネは空間投影したETSを眺めながら、側近であり参謀を務めているビローサ・ルビアに民衆の様子を尋ねる。ビローサは、かつてニグラインが着任して最初の会議を開いた折り、近衛艦隊本部にドリンクのデリバリーをしに来た女性であった。今の彼女は、参謀らしく鋭い目つきと自信のある風体が、若く美しい女性だと言う事を忘れさせそうなくらいである。ビローサの纏う、王に仕える貴族が着るような華美な軍服は、西暦の時代に太陽系からマンデルリに伝わったものに相違なかった。あの日、ウエイトレスの姿でニグラインに向けた優しい笑顔も、控えめな態度も、もはや幻と化している。

「女性や子どもを優先に、ペットに至るまで出立の準備を始めています。信仰者たちの中には、エウロパに残って我らと共に戦うと、ネリネ様のお言葉を待っている者たちも見られます」

 ネリネとビローサは、マンデルリでは近所に住まい、幼い頃から姉妹のように育った。ネリネはビローサを姉のように慕い、ビローサもネリネを妹のように可愛がっていたのだ。それが、今では王と腹心という間柄となっていた。それでもネリネはビローサにだけは気を許し、常に側に置いている。口調も、普段の彼女のものだ。

「そう。モグリにした男どもと合わせれば、多少の戦力にはなりそうね。雑兵であろうとも数が物言うときもあるわ。近衛艦隊の奴らにしても、民衆が相手では手こずるでしょうし」

 ネリネは、近衛艦隊が民衆相手には手荒な攻撃が出来ないのを逆手に取る事で、有利に事を運ぶ気であった。何しろ、司令官はあの甘ったるい笑顔を絶やさない子ども(・・・)である。(さき)の戦いでも、無様に生き残った敵兵たちを、ご丁寧に仕事や家の世話までして他星に送り届けてやったというではないか。更に、噂ではモグリにして近衛艦隊本部で大量虐殺をさせた、虹・グリーゼたちにも温情措置を執ったと聞く。そんな考えの甘い子どもに二度も負けるわけがない。

 思い出したくもないが、前回はしてやられた。ツカイどもにニグライン・レイテッドを拉致させるのにも失敗した。近衛艦隊本部への攻撃もだ。系外から来た小惑星型要塞の襲撃に乗じて、近衛艦隊内に仕込んでおいたモグリたちを覚醒させたが、小惑星型要塞の連中とモグリが不甲斐なかったばかりに、あの(・・)ユーレック・カルセドニーに阻まれたのだ。

 支援者である顔を見せない男は気に入らないが、奴が「準備は出来た」と言ったのだから、もう隠れて動く必要はなくなった。太陽系はクラストのものだ。他の誰にも太陽系を統べる権利などない──と、ネリネは奥歯を噛みしめた。

「ねぇ、ビローサ。マンデルリで王族たちを見たことはある?」

 ネリネは遠く離れた故郷で、幼い頃に見たマンデルリ王とその一族のパレードを思い出す。

 煌びやかな衣装には宝石がふんだんなく散りばめられ、民衆の羨望の眼差しを受けながら威風堂々としている王。凜としてその後ろに座している、次期王である王子。そして、華やかなドレスを着て何の悩みもなさそうな幸せな笑みを浮かべている王女たち。

 母と一緒に見たそれを、家に帰って父に報告したら、「こんな惑星ひとつだけを統べる王など、大したことはない! 俺は太陽系全てをこの手にしているはずだったんだ! ネリネ、おまえも本当なら素晴らしいドレスを着て、王女として太陽系中の娘から羨まれる存在なのだ!」と憤慨された。今までも、夜中に酒を飲みながら、何か独り言を言っていたのは知っていた。幼すぎて、何を言っているのかわからなかったが、この日、初めて理解したのであった。

「太陽系を取り戻したら、あなたにもそんな軍服ではなく、貴族の娘として綺麗なドレスを着て、幸せになって欲しい」

「……ありがたきお言葉」

 ネリネもビローサも、平民の貧乏な家庭の生まれである。高貴な王族・貴族など、手に届かぬ遠い存在であった。しかし、父から自分の血筋を聞いたその時から、ネリネにとってそれは羨望ではなくなったのだ。姉のように慕っていたビローサにも、その幸福を分け与えたい。ネリネは本気でそう思っている。

「待ってて、Eternal(エターナル) The() Sun(サン)……。まもなく、正当な所有者のもとへ帰れるから」

 ネリネは空間投影されたETSを抱きしめるように、呟いた。

 

         ◇


 ネリネ・エルーシャ・クラストの宣戦布告は、当然、地球・火星へも届いていた。民営放送局をジャックして放映されたそれは、エウロパだけでなく全太陽系に流されたのだ。夜の時間帯に住まう者たちは数時間後に知る事になるかもしれないが、間違いなく戦争が始まる合図であり、多くの系民たちが「また多くの命が奪われるのか」と戦慄する。そしてエウロパと同じく、過激派のクラスト信仰者たちがうごめき始めた。


「古典的な宣戦布告だなぁ」


 近衛艦隊の司令官室でニグラインはこれを聞き、司令官席の改良型マイフィットチェアを180度後ろへ回転させると、壁を占めるモニターに映し出されているETSを仰ぎ、白金(プラチナ)のゆるくウェーブのかかった髪を指先でいじりながら、困ったとばかり息を吐く。この宣戦布告に、古き時代の宗教戦争を思い出す。異教徒は悪魔として虐殺する、非情な戦い。今までのテロリストのような襲撃とは意味合いがまるで違って来る。

 今更5年前の戦争と(さき)の戦争がセラフィス先導によるクラスト派によるものだと言っても、セラフィス側に「L /s機関の陰謀だ」と言われれば、クラスト過激派はセラフィスの言葉を信じるであろう。温厚なクラスト信仰者が迫害を受けぬよう、穏便に終息を図って来たニグラインだが、今回ばかりは「失敗した……」とごちるしかなかった。

 諜報部隊と後方支援部隊の隠密部隊が暗躍してくれているため、かなり犠牲は減らせるだろうが、クラストに手を貸していると思われる自分の臓器が、どれ程の軍勢を用意しているのか──。少なくとも、近衛艦隊に対抗出来ると踏んでの所業だろうが、測り切れない敵勢力を最大限に予測しながら、ニグラインは戦略を練らねばならなかった。


 ニグラインとは別の件で、特に大きく慌てたのは統括軍火星本部である。戦争が起こる前に、3000万人もの移住を受け入れなければならない異常事態に対応を追われる羽目になった。皮肉にも、セラフィスの手によって、ユーレックの「エウロパの居住区域をなくした方がいい」という言葉が実現される事になったのだ。セラフィス率いるクラスト派が何度も内乱を起こしているのを、軍内部の者たちは知っている。多くの太陽系民を無残にも殺めてきた者たちに、太陽系を渡すわけにはいかないと、気を高ぶらせていた。


「リトゥプス長官、どうなされますか」

 火星に訪れている太陽系近郊宙域統括軍の長官であるリトゥプスに、統括軍火星本部を任されているセネシオ副長官が申し出る。エウロパの噂の真相を突き止める前に、噂の方から本性を現して来ようとは、二人共に思っていなかった。

「火星のことだ。セネシオが指揮を執ればよいが、まずは空いている旧居住区を使えるようにせねばなるまい」

 リトゥプスの言う通り、押し寄せて来る3000万人の人々を受け入れるのが先だ。だが、今の宣言で統括軍内部にも存在するクラスト信仰者が、何をしでかすかも問題である。過激派とわかっている者たちに対しては、すでに拘束命令を出した。秘密裏にされているが、近衛艦隊の部隊も動くであろう。それでも完全ではない。一番厄介なのは、一般系民の過激派だ。街中で暴動が起きるのも、そう遠くないだろう。リトゥプスは腕のバングルをひと摩りし、改めて直属の部下たちにも付けさせてよかったと思う。今、身の回りでクラスト信仰者が暴れるような事になっては、セラフィスとの戦いにも支障が出る。

「怖いのは、軍内部で沈黙している信仰者だ。戦争が始まってから正体がわかっても、後手に回る。権限もない一兵士ならどうということもないが……」

 佐官以上の者がそうであった場合、モグリにされている者が相当数いると想定される。自ら望んでツカイになった者に関しては敵として扱えるが、自分の意思で敵となったわけではないモグリ相手では、そうはいかない。艦艇が丸ごと敵となれば、数百人単位で艦艇ごと沈めなければならないのだ。

 リトゥプスとセネシオが頭を捻っているとき、近衛艦隊地球本部から通電が入った。


「レイテッドです。いよいよ始まりそうなので、地球・火星共に艦艇および兵器類のエネルギー電導を切らせて貰いました」


 ニグラインからの通達に、リトゥプスとセネシオは大いに納得する。エネルギー電導さえ切ってしまえば、武器は殆ど使えなくなるからだ。ブラスターなどのエネルギーは、それぞれの母星に蓄電されているエネルギーから供給されている。それを切られてしまえば、ただの鈍器にしかならない。艦艇に関しては二週間分ほどの充電はあるとは言え、バリアや主砲を使えば消費は激しくなり、行動不能になるまでの時間が短くなる。統括軍の味方艦も動けなくはなるが、同士討ちをするよりはいい。

 ニグラインは、艦艇のエネルギー凍結をして完全に動けなくする事は避けた。そうしてしまうと、艦艇から出る事が出来なくなり、艦内で惨劇が起こる懸念もある上に、酸素も作れないため数日と人命が保たないからだ。

 だが、改良された近衛艦隊の艦艇は違う。母星である地球から遠く離れても行動が続けられるよう、ETSから直接エネルギーが供給される。つまりエネルギーの枯渇はなく、敵が沈黙するまでバリアだけ張り続けていれば勝てる。ただし、それは裏切った統括軍との艦隊戦のみに限った事であるが。

「多くの場所で暴動が起きるだろうけど、麻酔銃のみ使用可とする。民間人に対してはもちろん、軍内部でも」

 ニグラインは、更に殺傷能力のある武器の使用も禁じた。相手がどんな武器を持っていたとしても、眠らせてしまえば関係ない。だが、麻酔銃の効かない部隊がある。統括軍、近衛艦隊共に、陸上戦闘部隊だ。エネルギーが使えないため、統括軍側のアーマードスーツはシールドが張れないが、スーツそのものの装甲が厚い。麻酔銃では貫通しないのだ。彼らの主要武器であるハンマーアックスも使えないとなれば、素手で応戦するしかないのである。

「陸戦部には申し訳ないけど、部隊にモグリがいても数で負けることはないと思うし、頑張って貰うしかないよね……」

 ニグラインの言葉が、いつもの明るさを伴う物言いではなく、影を帯びる。陸戦部内にモグリ、もしくはクラスト派がいて攻撃をして来た場合、数人がかりで取り押さえるにしても、無傷で──とはいかないだろう。ニグラインが心の底から戦闘を望んでいないとわかる。これだけ人の命を重んじる司令官に、リトゥプスとセネシオは、L /s機関が本当に太陽系の平和のためにある組織なのだと改めて思う他なかった。

 この指令は、火星に潜り込んでいる近衛艦隊の諜報部隊と後方部・隠密部隊にも知らされた。それぞれの隊長であるベリルとリーシアは、麻酔弾は限りがあるため、民間人に優先して使用するようにと指示を出す。兵士に対しては、多少乱暴でも構わない。と。


         ◇


 地球・火星それぞれの統括軍最高指揮官であるリトゥプスとセネシオが、総司令官ニグライン・レイテッドの計らいでエネルギー電導が絶たれた事、及び麻酔銃での応戦だけを是とする旨を全隊員に伝えたが、隊員たちの中には反発する者も多く、軍内部は混乱し始めた。統括軍には、ニグラインの意思は浸透しきっていないのである。例えそれが敵であっても、一人でも犠牲者を少なくしたい──。戦争をしているというのに、その考えは理解しがたいのだろう。


「エネルギー電導を切っただと?! 麻酔銃など甘い! モグリでも敵は敵だ! 司令官は何を考えておられるのか!?」

 今や前線となっている火星の、統括軍艦隊の各艦長が口々に怒鳴る。しかし、数名の者が、この言葉を吐いてから、もし自分がモグリだったとしたら……と、汗を滲ませた。その場合、艦隊員のほぼ全員を自分の手でモグリにしてしまっている可能性もあるのだ。テロリストまがいのセラフィスに手を貸し、僚艦に牙を剥くかもしれないのである。地球と違い、火星の平和は長かった。長かった故に、ゆっくりと時間をかけ、多くの人間をモグリにする機会があったという事だ。その時、全艦艇に向けて通信が入った。


「セキガ・フェロックス中将である。各艦、総員に告ぐ。レイテッド司令官の策に異議なし。もし僚艦が攻撃して来ても、迎撃せずバリアで防ぎ続けるのみとする」


 そう気付いた者のうち、火星第一艦隊旗艦・戦艦(くれない)号の艦長であるフェロックス中将が、各艦艇の乗組員たちに事の重大さを的確に伝えた。

 その言葉は当然リトゥプスとセネシオの耳にも入り、統括軍長官、副長官の名の下、地球・火星の両統括軍艦隊は、地上に被害を出さないため、速やかに出撃(・・)──ではなく、出航(・・)の準備を始めた。間違って地上戦にでもなれば、それこそ大惨事である。宙空艦艇のエネルギー砲の威力は、駆逐艦であっても凄まじい。戦艦ともなれば、一撃で都市ひとつを消滅させられる程の威力を持っている。それが横行すれば、地図から大陸がなくなってもおかしくないのだ。

 フェロックスの言葉は、兵士たちに冷静な判断力を取り戻させた。悩んでいる暇も苦言を言っている暇もないと、兵士たちは自分の持ち場に就く。

「紅艦隊に遅れを取るな! 各人覚悟を決めよ!!」

 そう叫んだのは、火星第二艦隊・宙空母(らい)号艦長、キツシヨ・パリー少将であった。続いて、第三艦隊から火星本部の裏側に位置する第五艦隊まで、全ての艦隊が動き出した。地球でも同じように統括軍の艦隊が出航の準備を早急に始める。


「急げ! モグリが覚醒する前に出るぞ!! 準備が整った艦から抜錨(ばつびょう)せよ!!」

「陣形? そんなもの役に立つか! お互いの主砲が届かない距離を取れ!!」

「シェフには悪いが、今作戦中は戦闘糧食のみ! 毒でも盛られたら堪らんからな!」


 統括軍艦隊が慌ただしく出航準備を進める中、地上兵も同じく警戒を強めていた矢先、火星に送り込まれていた近衛艦隊の諜報部隊及び後方部・隠密部隊が、統括軍火星本部内の〝クラスト過激派〟と断定した者たちを拘束し始めた。その中には素知らぬ顔で艦艇に乗り込もうとしていた者たちもいる。彼らを最優先として、容赦なく拘束具で縛り上げてゆく。


「貴様ら、近衛か! L /s機関の犬め!!」


 内密で動いているため、近衛艦隊の隊員たちは私服であった。軍服を着込んでもいない見覚えのない体格のいい男たちに突然拘束され、口しか動かない輩たちが、近衛艦隊の者だと察して喚き散らす。あまりにうるさいので、諜報部隊の面々はニグラインの指示通り麻酔銃を使おうかとも思ったが、「無駄遣いはするなって、ベリル隊長にも言われているからな」と、一発殴って黙らせる事で合意した。

「それよりも大丈夫なのか? 俺たちはバングルなしで」

 過激派の一人を黙らせた諜報部の隊員が、殴った拳を眺めながら言うと、周りの隊員たちも一様に同意の溜め息を吐く。今隣にいる僚友が、いつモグリとして覚醒するかもわからない。信頼すべき僚友を常に疑いながら行動する事に、皆かなり神経をすり減らしている。

「まぁ、後方部の隠密部隊も目を光らせているから、誰がモグリであっても、すぐ拘束してくれるさ」

 横にいた僚友が肩を叩きながら、我が身の事でもあると苦い口調で言った。

 後方部の隠密部隊は決して洗脳されない(・・・・・・・・・)特別な部隊でもあるのだ。凰やユーレック、リーシアなどは先天的に、もしくは生きて来た課程で洗脳されない強靱な精神を持っているが、隠密部隊は訓練によってそれを培った。通常では考えられない、苦行とも言える精神を鍛える訓練を受けて来たのだ。その訓練で廃人になった者も少なくない。それでも、そうありたいと志願し、耐え抜いた精鋭たちが後方部・隠密部隊である。遥か昔の、補給や輸送支援などを行っていた同じ後方支援部隊の名を持つ隊員が聞いたら、どれほど驚くであろう。

「あの連中とは関わり合いたくないが、テラローザ少将とはお近づきになりてぇよな~」

「おまえ、それ聞かれたら、拘束じゃなく抹殺されるぞ?」

 諜報部の若い隊員は、50歳を越えた右目の傷が風格を表す自隊長のベリルの事を尊敬しているが、どうしても艦隊一と言われる美貌とプロポーションの持ち主であるリーシアと比べてしまう。そして、後方部の隊員たちは、リーシアに尊敬以上の感情を持ち合わせているため、他の隊の者がリーシアに近づこうものなら、行動には移さないものの、殺意は隠さない。

 今回のように処罰する機会があるときは、行動に出るやも知れぬ──と、警戒をする必要性を感じ、軽はずみな言動をした隊員は、口をつぐんだ。


         ◇


 火星が3000万人もの移住と戦争の危機に見舞われているのを、マイスター・コンピュータを通じて監視しながら、ニグラインは大きな決断をしなければならない状況にあった。

 敵の勢力がモグリを含めて押さえ込めない状況になった際、どう迎撃に出るか。迎撃に出るとなると、自らの意思ではなく敵となった者たちの命を奪う事となる。それでも防御のみに徹したならば、戦わずして味方側に被害が出る。艦隊戦となるであろう戦闘において、艦艇一隻の被害ともなれば数百人に及ぶ。それはモグリが指揮する艦艇も同様だ。

 危惧しているのは、敵となった統括軍の艦艇が母星以外からエネルギーの供給を受ける事。味方艦が充電のみで防戦するとなれば、先に行動不能となるのは味方艦の方である。そうなる前に、エネルギー枯渇のない近衛艦隊が会敵する必要があるのだが、統括軍以外の艦隊が存在するとなれば、かなり厳しい戦いとなるだろう。


「……今回は、犠牲者多くなっちゃうなぁ」

「ナッチャウな・ぁ? ナッチャウな・ぁ?」

 ニグラインの藍碧(あお)い瞳を、クラックが赤虎目石のような瞳で覗き込みながら、呟きを繰り返す。ニグラインは腕に停まったクラックのやわらかい金色の冠羽根に頬を寄せながら、悲しげに目を伏せた。その瞼を上げさせるように、マイスター・コンピュータ・ルームのドアが訪問者を認証して静かに開く。

「戦争なんか、なければいいのにね? 凰くん」

 入室した凰が口を開く前に、ニグラインが苦しげに話しかける。ニグラインは己の無力さを思い知らされて、壁面モニターに映るETSを、その小さな拳で強く叩く。

「イイノニね・ぇ? イイノニね・ぇ! ファル・ぅ!」

 クラックは緋色の羽根を羽ばたかせ、ニグラインと同じく戦争に反対だとピチピチと飛び回り、凰の敬礼した腕に停まった。

「同感ではありますが、レイテッド司令が戦争を起こしているわけではありませんので、あまり気に病みませぬよう……」

 入室の挨拶をしそびれた凰だが、話しかけられた言葉に対し、ニグラインを気遣う言葉を述べる。

「あ~! ダメダメ。そんな固い言葉じゃ、慰めにもならないよ」

 ニグラインは、相変わらず言葉を崩さない凰に、言い直しを求めて詰め寄った。40cm近くも下から見上げるニグラインの藍碧い瞳は、冗談ではなく本気だと告げている。

 凰は暫し悩み、形のいい唇を一度きつく結ぶと、降参したとばかり青みがかった黒い髪をかき上げた。そして、優しさを含めた青虎目石さながらの瞳でニグラインを見つめ、軽く微笑む。

「司令のせいではありません。少しでも犠牲を減らせるよう、お手伝い致します」

「うん! お願い!!」

 満点にはほど遠いが、それでも口調の和らいだ事に満足したニグラインは、クラックの停まっていない凰の左手を両手で握って、嬉しそうに上下に振った。凰は、自分の片手を、両の手でようやく包み込めるほどの小さな手で太陽系の命運を握っているニグラインに、幾度目となく忠誠を誓う。どれだけ厳しくとも、少しでも早く戦争を終わらせ、また平和な太陽系に戻すために。

「でも、本当に困ってるんだ……。今回はきっと民間人も内乱を起こすだろうし、艦隊レベルでモグリがいる危険性がある。艦艇を撃沈させるのは簡単だけど──」

 モグリに犠牲者を出したくない。そう、言葉にしなかったニグラインの想いは、深い息となって吐き出された。

 内乱の方もニグラインの言う通り、前の戦争時、民間でも統括軍でも何も起こらなかった。狙いはマイスター・コンピュータであったとはいえ、統括軍・地球本部付近でもセラフィスは活動していたのだ。地球・火星全土で内乱を起こしていれば、セラフィスに勝ち目がなかったとしても、太陽系にもっと大きな損害を与えられたはずだ。それを敢えてせず、マイスター・コンピュータだけに(まと)を絞った作戦は、敵ながら見事であったが。

「それと、今までクラストの存在を隠してきたのも気になる。今日、初めてその姿を現したということは……」

「何らかの準備が整った、と言うことでしょうか?」

「そういうことになるね」

 ニグラインは凰の意見を肯定して肩をすぼめ、本日何度目かにもなる溜め息を吐いた。

「例えば……ですが、司令が人命を問わず太陽系に攻め入るとしたら、どうなさいますか?」

 凰は、不敬を承知でニグラインに問う。もし、ニグラインの言う通り、残りの臓器から生成されたニグライン・レイテッドがセラフィスに手を貸しているとするならば、どう責めてくるのか──。一番近い考えを導き出せるのは、同じ(・・)ニグライン・レイテッドであろうと。

 ニグラインは双眸を閉じ、一呼吸分考えた。そして、絶対光度を放つ碧藍(へきらん)の瞳を開くと、まるで自分が悪い事をしたかのように顔を顰めた。

「……すまない、ラリマール。ボクは考えないようにしていたようだ。この太陽系内で敵が戦力を得るためには、非道の行い(・・・・・)も辞さないということを」

 すべてを見通すような知能を持つニグラインだが、自身が何よりも重んじる太陽系で育まれた命を、()として使う方法は、考える事すら拒否していたと反省を見せる。

「クラスト派以外にも、エウロパの民がモグリにされているに違いない。彼らが、おそらくボクの臓器が用意している艦隊に乗り込んでいるとしたら、ボクたちは、セラフィスの艦艇をも沈めることなく勝たなくてはならない枷を付けられた!」

 ニグラインは、最も守るべき民間人の命が敵の手に落ちている確立が高い事に気付くと、語尾を強めて言葉を吐き捨て、唇を噛む。

「しかし、艦隊といっても統括軍の艦隊はもはや戦力にならないでしょうし、一体どこから?」

 凰はニグラインに敵側の戦力の出所を訊く。ニグラインは統括軍艦隊のエネルギー電導を切った。それにより、例え地球・火星の統括軍が連合艦隊を組んだとしても、すでに近衛艦隊の敵ではない──と凰は考えていた。

「それについては、200年前に戦闘なしで臓器を差し出して来た『脾臓』と伴に、『腎臓』が太陽系に侵入していたと仮定している。脾臓が近づいて来たときにも疼きがあったが、漠然とした疼き故に、脾臓と腎臓が両方同時に来ていても位置的に気付けなかったのだと思う。腎臓が長い年月をかけて内側から太陽系を奪おうと策を練ったのであれば、当時駐屯していた統括軍の目にも届かない、エウロパの居住区以外の場所に拠点を置いて地道に準備を進めていたとすれば、ちょうど準備が整ういい頃合いだ。宇宙空間から直接粒子を集めて膨大な地下施設を造る技術力くらい、持っているはずだからな。ETSの干渉を受けてボクに存在が知られないよう、決して外に漏れさせずにエネルギーを溜めておき、近衛艦隊に匹敵する数の艦隊を造り上げ、セラフィスを利用して挑んで来る──と考えれば、説明が付く。モグリを送り込んだ統括軍の艦艇にエネルギーを送る装置を組み込んでいたら、味方艦の方が先に沈黙してしまう。おおかた、マンデルリでくすぶっていたクラストの子孫を誘惑し、地球へ迎えたのだろうな。5年前も、前回も、今回も……クラストの子孫に、申し訳ないことをした……」

 自分たちの戦いに、クラストの子孫を巻き込んでしまったと、ニグラインは敵であるセラフィスにも謝意を込めて俯いた。人類の犯した罪が、また更なる罪を重ねていく。碧藍の瞳が苦悶に揺れるのを隠すように、ニグラインは瞼を閉じた。

「レイテッド司令……それでも、まさか何も用意していない──などと言うことはないのでは?」

 凰は慰めようとはせず、敢えて不敵な笑みを添えて声をかける。そう、ニグラインがいつまでも同じ手にやられるのを放っておくはずがないと。

「──流石だね、凰くん。ただ、今回は規模が大き過ぎて、どこまで通用するかはわからないけど」

 わかってくれていて嬉しいと、ニグラインの藍碧い瞳はやわらかい輝きを取り戻し、それに相応しい微笑みを見せた。


「では、凰総隊長。8大将官を、至急、最高会議室へ呼んでくれるかい?」

「ヨンデクレルカい・ぃ? ヨンデクレルカい・ぃ!」

 ニグラインは一通りの説明を凰にし終えると、真剣な面持ちで将官たちの招集指示を出す。そして、それに司令官室長(チーフ・オフィサー)であるクラックも続く。

「は! 直ちに」

 相変わらず命令(・・)ではなくお願い(・・・)レベルの指令に、凰は口の端を緩めそうになったが、ニグラインに合わせて真面目な表情を作り、敬礼を持って従った。

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― 新着の感想 ―
セラフィスとの対決が本格的に始まり、策略や計画がみっちりでとても楽しい。 ネリネさんがとってもいいキャラをしている!!新たな推しが……ネリネさんのようなキャラクターが大好きでたまりません。彼女が王政を…
2026/01/29 19:19 雨菊すわぴ
[良い点] 「あ~! ダメダメ。そんな固い言葉じゃ、慰めにもならないよ」 この流れのシーン、うまく言葉にできないですがグッときました。人間離れしたはずのニグラインが、不安や悲しみを凰なら受け止めてく…
[良い点] いよいよセラフィスの宣戦布告により内包していた危機が現実になってきましたね。しかしモグリにツカイは厄介ですわ!このために統括軍艦隊はそれぞれ防御戦闘に徹する他なく、また連携行動が不可能に。…
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